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インスタントレインボー  作者: 神ヶ月雨音
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七話・勇気の果て

 少女、荒崎勇姫には何も無かった。記憶に残らぬような年齢から親に見離され、物心つくころに孤児院へ捨てられた。幼いながらも物分りの良かった勇姫は、自分がどういう境遇にあるかをよく理解していた。

 二度と同じような経験はしたくないと、幼き日の勇姫が考えた末に出した答えは、強くなること。男よりも、大人よりも強くなって、誰からも見放されない自分になる。果たして勇姫は強くなった。精神的にも、肉体的にも。しかし、そんな彼女を他の孤児たちは気味悪がり、避けた。彼女が助けた苛められっ子ですら、彼女を恐れた。無論、大人たちからの対応など変わるはずも無かった。勇姫は、数多くいる孤児の内のの一人でしかなかったのだ。

 そうして勇姫は、何も無いまま歳を重ねた。ただいたずらに時を過ごしたわけでなく、鍛錬を怠らず、より強さを求めて生きた。どれだけ蔑まれようと、孤立しようと、大勢のうちの一人でしかなくても、彼女は戦い続けた。己の境遇と、己の弱さと。立ち向かう勇気だけが、彼女にはあった。いや、勇気しかなった。

 だからこそ、彼女の前に現れ、彼女の力を欲したエイジのために、勇姫は闘うのだ。何もなかった自分にできた唯一の「何か」。自分のことを必要としてくれるたった一人の存在に、勇姫は狂信的なまでの執着をするのだ。利用されているだけでも、自分を頼ってくれたエイジのために、勇姫は勝たねばならない。それが勇姫なりの感謝の証であり、彼女が戦う意味だから。

エイジの持つ燈灯の加護の力の源は、勇気。ただ一人現実に立ち向かい続けた勇姫の持つ勇気が、彼女らにとっての唯一で最大の武器だ。



 勇姫たちの奥義をもろにくらい、雨音は地面に倒れ込んでいた。攻撃をあたえた位置から一歩も動かず、勇姫が雨音を見下ろす。

「これでどうや。まだ、立つか?」

「ああ、まだまだ……さ」

 雨音はフラフラと立ち上がる。二人分の魔力の籠った一撃は相当効いたようで、かなりのダメージを負っている。

「懲りんやつやな……。そんなにやられたいならもう一回やったるわ!」

 勇姫が再度雨音目掛けて飛び込む。左拳に灯っていた魔力は、まだ消えていない。

「っ!?」

「はぁぁぁっ!」

 一撃限りの大技だと思っていた雨音は、二発目が来ることは予想していなかった。そのため反応が追いつかず、二撃目も雨音に命中する。先ほどと同じように吹き飛び、岩肌に叩きつけられた。

「ハァ、ハァ……。これで、どうや」

「まだまだ、負けてないぜ……」

「まだ立ち上がるんか……? バケモンやないか……」

「てっきり一撃必殺系だと思ってたんだがな。違ったか」

「三発限りの威力超強化。それがウチらの奥義や」

 そう語る勇姫もかなり消耗しているようで、肩で息をしている。どうやら、相当な体力を消費するようだ。

「でももうアンタも次で終わりやろ……。これで、決める……!」

「次くらえば終わり……か」

 勇姫が右拳に魔力を集中させる。文字通り全身全霊を賭けた最後の一撃のつもりのようだ。

「もう後が無いな……。エルナ!」

「ど、どうしたの?」

「もう方法が無い。ぶっつけ本番で行くぞ」

「え?」

「奥義だ。やるしかない」

 雨音の言葉にエルナは驚いた。ぶっつけ本番でできるほど、奥義は簡単な技ではない。

「ど、どうやって!? 私たちまだ一回も……」

「それしか策がない。大丈夫だ。俺たちならやれる」

「でも、やり方なんて……」

「フィーリングだ。想像力を働かせろ!」

「……わかった。やってみよう」

「やれるもんなら、やってみいや!」

 勇姫が雨音に向かって跳躍する。雨音の目前に迫るまで、あと数秒。

「「白夢の名の下、汝に夢の終わりを賜る」」

 迷うことなく、雨音とエルナが詠唱を唱える。もちろん、二人とも最初からこの言葉を知っていたわけではない。直感で、「そう」だと確信した文字列を言葉に発しただけ。それでも二人の魔力は、ちゃんと共鳴した。二つの魔力が一つとなって、雨音に宿る。

「付け焼刃の奥義じゃ、ウチらの奥義は倒せん!」

「わからねえさ」

 雨音も勇姫目掛けて飛び込む。剣を捨て、右手に魔力を集中させる。

「穿て!」

    『ホロウアリエス』

 勇姫の拳が雨音を捉える。魔力が一気に弾け、雨音の体を突き抜ける。それとほぼ同時に、雨音の掌底打ちが、勇姫の鳩尾に入った。束ねられた二人分の魔力が、勇姫を穿つ。いわゆる相打ち。互いの攻撃による威力で二人は、そのまま後ろに倒れた。

「雨音!」

「勇姫!」

 二人の使徒は自分たちの契約者に駆け寄る。エルナの声を聞いてか、雨音はなんとか立ち上がった。ボロボロだが、まだほんの少し気力は残っているようだ。

「ハァ、ハァ……。お前が体力を消耗してなきゃ、死んでたな……」

 勇姫は意識はあるようだが、立ち上がる気力は残っていないのか、倒れたままだ。

「どうだ……。これで俺たちの勝利だろ」

 雨音がエイジに言う。

「ああ、そうだ……」

「いいや……まだや」

 エイジの言葉を遮り、勇姫が立ち上がる。その目は、まだ闘志が宿っていた。

「まだ負けてへん……ウチは勝たなあかんのや……エイジのために……!」

 もはや勇姫の体は限界だった。そんな勇姫の体を動かしているのは、エイジに勝利を贈るという思いだけだった。

「やめろ。どうしてそこまでして闘う?」

「そうだよ! そんなにボロボロじゃ、死んじゃうよ!」

 勇姫の異常なまでの勝利への固執に、雨音とエルナは焦った。いくら敵とはいえ、死んで欲しくはない。

「エイジは、ウチの全てなんや……何も無かったウチを唯一必要としてくれた、大切な人なんや……」

「勇姫……」

 勇姫はふらふらと雨音に歩み寄る。ゆっくりと拳を握り締め、振りかぶる。

「だからウチは、エイジのために勝たなあかんのや……!」

 勇姫が拳を振りぬく。そして雨音に直撃する寸前で、その動きが止まった。

「もういい、勇姫」

 エイジが勇姫の腕を握って引き止めていた。勇姫はわけがわからず、その手を振りほどこうとするが、もう余力は残っていない。

「なんでやエイジ! ウチはアンタのために……!」

「もういいんだ、勇姫。勝敗はもうどうでもいい」

「は……?」

 エイジは勇姫の手を離すと、雨音たちに歩み寄った。

「雨音、エルナ。俺たちの負けだ」

「エイジ! 何言って……」

「いいの?」

「ああ。どうやら俺は、統率者と言う座に、目が眩んでいただけらしい。今思えば、そこまで統率者の座は欲しくはないし、リビドの主権も俺の手には余るものだ」

「エイジ……?」

 エイジは振り返って、勇姫の目を見つめる。

「統率や主権よりも、大事なものがあるからな」

「へ……?」

「俺のことをここまで思ってくれるやつを失うわけにはいかない。勇姫、お前を死なせるくらいなら勝利など必要ない」

「エイジ……」

 闘う理由が無くなり、力が抜けたのか勇姫が倒れ込む。エイジはそれを支える。

「これからどうするんだ? エルナに聞いた話じゃ、負けた奴らは自由らしいけど」

「その通りだ。何処かの街で、勇姫のしたいように暮らすさ」

「ふぅん。なあエルナ」

「うん?」

 雨音はエイジに聞こえない声で、エルナに何かを言った。エルナは一瞬驚いたようだが、すぐに明るい顔になって頷いた。

「どうしたんだ?」

「アテは無いんだろ? 俺たちと一緒に来ないか?」

「は?」

 突然の申し出に、エイジは理解が追いつかなかった。しかし二人は本気のようだ。

「二人より四人のほうが心強いし、楽しいし!」

「俺としても、一人でも他の敵のことを知ってるやつがいると助かる。それに勇姫が一緒に闘ってくれたら、これ以上ない助っ人だ」

「うーん……勇姫が何と言うかによるな。俺一人の意思では決められん」

「ウチはええよ。着いていっても」

「勇姫!?」

 勇姫がエイジの手の中から抜け、一人で立つ。どうやら話は聞いていたようだ。

「大丈夫なのか?」

「ウチを馬鹿にせんといて。これくらいなんともな……くはないけど」

「無理はするなよ」

「で、着いてくるってか?」

「お前なぁ……」

「まあまあ。ええよ、着いていっても。アンタらの言うとおり行くアテもないし、何よりその方が楽しそうや」

「やったぁ!」

「じゃあ決まりだな」

 雨音が右手を差し出す。勇姫はそれを力なく握り返した。

「それじゃあよろしく、勇姫」

「こちらこそよろしくな、雨音」

 こうして、雨音は心強い味方を手に入れた。

「エイジってそんなキャラだったっけ?」

「どうだったかな。勇姫と会って変わったのかも知れん。それにしても、お前は変わらんな」

「私は私だからね」

「さてと、危なっかしいからとりあえず勇姫はエイジにおぶられてくれ」

「え、えぇ!? ウチは大丈夫やって」

「エルナははぐれるなよ?」

「はぐれないよ!」

「ウチの話聞いて!?」

「やれやれ……」

 そういいながらも、エイジは勇姫を背負った。恥ずかしいと抵抗する勇姫だったが、エイジは聞く耳を持たない。

「エイジ! ウチはええって!」

「いいから大人しくしてろ。落ちる」

「エイジぃ!」

 先に歩いていた雨音とエルナが振り向いて言う。

「はやくー! 置いていくよ!」

「おいおい、イチャついてねえで早くしろー。夜になる前に街に着きたいんだよ」

「ちょ、そういうんじゃないで!?」

「本当、デタラメ言うなよな……」

 エイジが勇姫を背負ったまま駆け足で追いかける。勇姫は少し恥ずかしがりながらも、少し嬉しそうだった。

「適当なこと言うなよお前ら……って何食ってるんだ?」

「干し芋!」

「俺らの主食だ」

「干し芋が主食って、雨音たち貧乏なんか?」

「財政難と言ってくれ」

「変わらんやんか」

「いや勇姫、俺たちも馬鹿にできるほど金ないぞ?」

「とりあえず街に着いたら宿を取る。それからは……」

「お金集めるためにギルドに行って依頼、でしょ?」

「そうだな。数日その生活が続きそうだ」

「そういえば冒険家だったか」

「ええなぁ冒険家。楽しそうやん」

「勇姫も冒険家登録すれば? すぐできるぞ」

「ホンマか? やってみよかな……」

「食べていけるかはわからないけどね。現に厳しい人がいるし」

「おいエルナ、微妙に毒吐くのやめてくれ。っていうか俺は本業が上手くいってないだけだからな?」

「サボってるだけでしょ」

「うるせえ」

「お前らもそこそこいいコンビじゃねえか」

「ホンマに。ウチのこと言えんやんか」

「はぁ?」

「そんなことないし!」

 笑い声を残し、四人の姿は西に消えていった。


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