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インスタントレインボー  作者: 神ヶ月雨音
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五話・夢と依頼と旅立ちと

『ねえ、雨音の作ったお話聞かせて!』

 まぶしい笑顔で、可愛らしい少女は言う。

『他には!? えー、今日はお預け? けちー』

 頬を膨らませ、少女は拗ねたようなそぶりを見せる。

『むー。わかったよ。明日聞かせてね? 絶対だよ?』

 期待に満ちたまなざしで、少女は指切りをせがむ。

『えへへ。明日が楽しみだなぁ。雨音の作ったお話面白いもん!』

 最初と同じように、にっこりと笑って少女は言う。

『私、雨音の作ったお話大好き!』



 そこで、目が覚めた。ふと、時計を見やる。まだ午前四時過ぎだ。二度にする気も起きなかった雨音は、とりあえずソファから降り、机に置いてあった水を飲んだ。

「またか……。最近見てなかったのに、ニックさんが要らんこと言ってからずっとこれだ……」

 先ほどまで見ていた夢。それは、雨音の幼少期の記憶だった。先日のニックの話にあった、幼馴染との記憶である。別段辛い記憶というわけではないどころか、雨音にとってはむしろ宝物のような輝かしい思い出だ。にもかかわらず、雨音はあまりこの夢を見たくなかった。

 とりあえず先ほどまでの記憶を振り払おうと、雨音は部屋を見渡す。すると、ベッドの上で気持ちよさそうに眠っているエルナが目に入った。数日前に雨音の書いた小説を読んでからというもの、雨音の作品にすっかりハマってしまったらしい。毎日欠かさず一作品づつ読んでいる。

「なんか、エルナってあいつに……いや、考えるのはよそう。少し散歩にでも行くか」

 エルナと重ねかけた記憶の少女の顔を振り払い、雨音は物音を立てないように部屋から出て、宿を出た。

 あてもないまま、まだ薄暗いミラの街を歩く。

「やっぱ人いないよなぁ……」

 散歩に来たとはいえ、特にやることも無いので干し芋をかじる。これがルーティーンとなりつつある自分に、雨音は悲しさを覚えた。

「まあでも、それなりに金は貯まってきたし、そろそろ街移るか?」

 移るとはいっても、一時的なものだ。エルナの手助けが終わったら、もう一度ミラに戻ってくるつもりでいる。雨音にとって、この街は故郷のようなものなのだ。

「ここに来てから五年、か」

 家を飛び出して五年。本業の作家が上手く行かず、冒険家になってもう三年半も経った。なぜ飛び出したかは、もう雨音自身も覚えていない。

「そういえば、冒険家になってから、依頼以外でミラを出るの初めてだな」

 などと感傷に浸っている雨音だが、今すぐ発つと決まったわけでもないし、まずまだお金が足りない。取らぬ狸の皮算用というやつだ。

「あーあ、まとまった金が入る依頼こねえかぁ」

 と、朝焼け空にぼやく雨音。その数時間後。

「ニックさん、この依頼、マジですか!?」

 ギルドに来た雨音は、ニックの見せた依頼書に目を通すなり、大声を上げた。見事なフラグ回収である。

「おう、マジだぜ。娘が大好きだけど事情でついていけない親父さんが、新婦の式場までの護衛を頼んできた。しかも隣街まで着いていくだけでその額だ。決して高くはねえが、コスパは最高。何より、兄ちゃんには結構な額だろ?」

「最高ですよ……。ここまでいい条件ないです!」

「よし、じゃあ決まりだな! 連絡しとくぜ。でも、ちゃんと護衛しろよ?」

「わかってますよ! 行くぞエルナ!」

「うん!」

 雨音はエルナを連れてギルドを飛び出し、待ち合わせ場所へ向かった。

「君が護衛かい?」

 依頼主の男性が問う。新婦の父親だそうだ。

「はい!」

「ずいぶん若いじゃないか」

 雨音は一瞬思った。これは、面倒くさいタイプかもしれないと。

「はい、十八です」

「十八か……」

(あ、これは「こんな若造に娘を預けられるか!」とか言われるやつだ)

「まだ若いのに良く頑張るな。娘のことを頼んだぞ」

 そういって男性は雨音の肩を叩いた。予想と間逆の反応に、雨音は思わず「へ?」と声を上げてしまった。

「どうしたんだい?」

「い、いえ、何でもありません。誠心誠意、お嬢様を護衛させていただきます!」

「うむ。よろしく頼むよ」

 移動は馬車で行うようだった。リビドにも電気自動車はあるのはある。もっと大きな都市に行けば、当たり前に使われているが、ミラくらいの街にはあまり普及していない。よって、馬車での移動が普通なのである。エルナを新婦と同じ車体に乗せ、雨音は運転手の隣に座った。全員の乗車を確認して、馬車が進みだす。目的の街へは三時間ほどだ。

 一時間ほど経った頃、突然車内から声が聞こえた。

「雨音さん、中に入ってきてくれませんか?」

 新婦の声だった。

「どうかしましたか?」

「いえ、緊急と言うわけではないんです。ただ少し、お話を聞いてみたくて」

 雨音は運転手の了承を得、車内に入った。運転手には、以上が起きたら呼ぶように伝えた。

「お話、ですか?」

「はい。エルナちゃんが雨音さんのお話は面白いと仰っていたので」

「そうそう! それで聞きたいんだってさ」

 どうやら、すっかり二人は仲良くなっていたようだ。

「そういうことでしたか。僕の拙い話でよければ、長旅のお供にでもさせていただきましょう。エルナにもまだ話していない、丁度ぴったりなお話がありますので」

「まあ、どんなお話?」

「幸せな新郎新婦のラブストーリー、です」

「雨音そんなのも書くの!?」

「普段は書かないけどな、前に一回書いてみたことがあって」

 雨音は本を取出し、席に座りなおした。そして、ゆっくりと語り始めた。

 雨音が話し始めた最初のうちは、二人は黙って聞き入っていた。しかし物語が進むと、二人はことあるごとに感嘆の声漏らし、相槌を打ったり短く感想を零すようになった。

 物語りも架橋に差し迫った頃のこと。

「冒険家さん! ゴブリン、ゴブリンの群れです!」

「えっ?」

「う、うそ」

「止まれますか?」

「はい、まだ囲まれてはいません!」

「じゃあ止めて下さい! 出ます!」

 馬車が急ブレーキをかけて止まると同時に、雨音は車外へ飛び出した。運転手の報告どおり、馬車の右方向から、ゴブリンの群れがやってきていた。間違いなく、馬車を狙っている。

「囲むんじゃなくて一方向から襲い掛かってくるなら楽だ。すぐ終わらせます!」

    魔法発動:創造造形

 雨音はいつものごとく剣を召喚し、一人ゴブリンの群れと対峙した。ゴブリンたちも、雨音が敵対意識を持っていると認識したようで、一斉に雨音に向かって進軍してきた。

「ったく、人が語ってるのを遮るとは、いい度胸してんなぁ!」

 飛び交ってきた二匹に対し剣を横に薙ぎ、首を刎ねる。続けて襲い掛かってきた三匹のうち一匹の体を貫き、そのままその遺体で残りの二匹を殴る。怯んだところで首を刎ね、貫いた一匹の体を後に続く奴らの足もと目掛けて投げつける。反応が遅れたゴブリンが躓き、後ろに続いていたゴブリンたちもそれに躓き転ぶ。雨音は詰めよると、一匹一匹確実に首を刎ねていった。転ぶのを免れた一匹が棍棒を持って雨音に飛び掛った。雨音は咄嗟にかわし、脳天を叩き斬った。ゴブリンの手から離れた棍棒を左手に握り、振り向きざまに背後から襲い掛かってきていた一匹の脳天を叩き砕いた。

 ゴブリンの全てが息絶えたところで、ひときわ体の大きな固体が姿を現した。ゴブリンたちを使役する上位種だ。右手に大きな棍棒を手にしている。雨音は怯まず斬りかかったが、斬撃全てをゴブリンは棍棒で受けきる。すさまじい反応速度だ。雨音は何とかゴブリンの防御を崩し、胸に斬撃を加えたが、皮膚を裂く感触はあるものの、ダメージは通っていないようだった。驚いた一瞬の隙に、ゴブリンが棍棒で雨音を殴打する。後方に吹き飛んだ雨音は着地することなく、そのまま地面に叩きつけられた。

「やるじゃねえかよ……」

 雨音は立ち上がりながら、左手で少し大きめの石を拾い、体の後ろに隠した。ゆっくりと歩み寄ってくるゴブリンに、雨音は再度斬りかかった。先ほどまでと同じように、ゴブリンは棍棒で受け止める。その瞬間、雨音は左手でゴブリンの眼球目掛けて石を投げつけた。石が直撃したゴブリンは、痛みのあまり防御の手を緩めた。その瞬間を、雨音は見逃さない。

    魔法発動:フレイムエンチャント

 雨音が魔法を発動すると共に、雨音の手に握られた剣の刀身に、炎が灯る。斬撃が通らないのなら、焼き斬るという作戦だ。雨音はゴブリンの両腕を叩き斬った。作戦通り、炎のおかげで上手く刃が通る。突然両腕を失ったゴブリンにはもう防御する術はない。

「終わりだ」

 雨音は剣を勢いよく突き出し、ゴブリンの首を貫いた。肉が裂ける音と共に、焼ける音がする。雨音が剣を引き抜くと、ゴブリンの死体は地を吹き出しながらその場に倒れた。リビドの魔物は都合のいいもので、死後ある程度経つと自然と消えてなくなる。無論血も同じで、雨音の衣服に付着した血も蒸発し始めていた。

「終わりました。急ぎましょうか」

「はい」

 雨音が馬車に乗ると、再度馬車が動き始めた。エルナと新婦が心配そうなまなざしを雨音に送る。

「大丈夫ですか?」

「派手にやられてたけど……」

「大丈夫、問題ないです。さあ、話の続きをしましょう」

 二人は顔を見合わせると、同時に笑顔になって答えた。

「はい!」

「うん!」

 それを合図に、雨音は再度語り始めた。



 それから特にトラブルも無く、無事目的の街までたどり着いた。雨音の物語は大好評で、新婦も「とても楽しかった」と感想を残し式場へ向かった。その後二人はミラへ戻り、こうして雨音は充分な資金を手に入れることが出来た。

 荷物をまとめ、すっからかんになった部屋を雨音は眺める。

「本当にいいの? わざわざ拠点動かなくてもいいんじゃ……」

「いや、いいんだ。そろそろ発つ時期だしな。エルナのためでもあるしな」

「雨音……」

「さ、行くぞ」

 雨音はフロントに下り、女将さんに部屋の鍵を渡す。

「長い間お世話になりました」

「いえいえ。また戻ってくるのかい?」

「はい。ひと段落着いたらまた、帰ってきます」

「そうかい。いつでも待ってるからね。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 二人は宿を出て、ミラの西門へ向かう。その途中で、後ろから声がした。

「おーい、神ヶ月の兄ちゃん!」

「ニックさん、どうしたんですか」

 ギルドの仕事をすっぽかしたのか、ニックが追いかけてきた。

「見送りにきたのさ。それに、忘れもんだ」

 ニックはそう言うと雨音に干し芋を手渡した。

「今から買おうと思ってたところですよ。っていうか、嫌味ですか?」

「なわけねえさ。頑張って来いよ」

 バシバシを雨音の背中を叩くニック。雨音はその手を払いながら笑った。

「じゃ、行ってきますね」

「おうよ。ちゃんと帰って来いよ」

「もちろんです」

「嬢ちゃんも、雨音を頼むぜ?」

「任せて下さい!」

「お前なぁ……」

 そんなやり取りを経て、二人はミラを発った。二人の姿が見えなくなるまで、ニックは見送ってくれた。

 ある程度歩いたところで、ニックから受け取った干し芋を雨音は齧った。別の一切れをエルナに手渡す。

「どこ行くの?」

「そうだな。とりあえずは……ここかな」

 雨音は携帯端末に表示された地図を指差して言った。

「都市アルカ。ここらじゃ少し大きめの街だ。まあ歩いて四日もあれば着くさ」

「四日も!?」

 資金を集めたとはいえ貧乏は貧乏。馬車も馬も借りていないので、もちろん移動手段は徒歩だ。

「そのために寝袋買ったんだろ? とりあえず、数日は我慢しろ」

「はーい」

 少し陽が傾き始めた空に向けて、二人は歩いていった。


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