二話・冒険家、神ヶ月雨音
二話に来て注意です。この作品は、ひとつなぎで書いた作品を分割して投稿しているので、唐突に始まり唐突に終わります。前話から続けて読むことをおススメします。
「は? 契約?」
リビドは異世界だが、勇者がどうこうだとか、魔王がどうちゃらなんて世界ではない。よって、契約なんてものも、普段聞かない言葉である。何処かにはそういうことをしている輩もいるようだが。無論、雨音にもそのような経験はなく、少女の言うことがいまいち飲み込めていなかった。
「お願い! 今私、私と相性のいい人間を探してるんだけど、中々見つからなくて! それでたまたま君に会ったから、もう君しか居ないの!」
「ちょ、ちょっと待て、一回落ち着け。今人間を探してるって言ったな? ってことは君は人間じゃないのか?」
「あ、ええと、そうだね。ちょっと違うかな? 私は異空の十二使途って言うの!」
「異空の十二使途……ってあの!?」
異空の十二使途。リビドを外から操っているといわれている、十二人の神さまのようなものだ。すくなくとも、リビドの中ではそう言い伝えられている。
「そう。異空の十二使途、白夢のエルナが私の名前。お願い、力を貸して! 使途たちのリーダーを決める戦いで、人間と契約しなきゃいけないの!」
「い、一回待ってくれ」
一編に入ってきた情報量が多すぎて、雨音の思考はパンクしかけていた。そこで雨音は一つ深呼吸をして、一回落ち着いてから情報を纏め始めた。
「ええと、君は異空の十二使途のうちの一人で、リーダーを決めるための戦いで人の力が必要で、協力してくれる人が見つからないから俺に頼んでるってことでいいんだな?」
「うん!」
雨音は少し思考を巡らせた。と言うか、巡らせなくてもわかる。
「それ、俺にメリットある?」
「な、ないことはないよ! 私たち使途と契約すれば、私たちの持つ力の一部を使えるようになるし、潜在能力? とかも引き出せるし!」
「でも、完全に俺ら巻き込まれてるだけだよな?」
「う、うぅ、その通りです……」
雨音に指摘され、エルナは小さくなった。どうやら雨音の推測で間違っていなかったらしい。雨音は少し考えたが、はやり協力することへのメリットは見つからない。
「で、でも、どうかお願いしますぅ……」
「うーん……」
ここまで言われると、特に悪くも無いのに雨音は何故か申し訳なさを感じた。実のところ、雨音も本心は協力してもいいかもしれないとは思っているのだが、生活と言う深刻な問題があるために、渋っているのだ。なお、エルナの話を雨音は完全に信じきっている。そんなことがあってもおかしくなさそうな世界が、リビドなのだ。
「うーん、まあ、そうだな……いいよ。契約しても」
結果、好奇心と良心に負けた。
「ほんと!?」
「おう。ここまで言われたら断れないしな」
「良かった! ありがとう! で、名前なんだっけ? 聞いてなかったよね?」
「雨音。神ヶ月雨音だ。冒険家としがない物書きをやってる」
「物書きって、小説とか書くの?」
「まさにその通りだよ」
「すごい! やったぁ!」
何がやったぁなのかはわからないが、エルナが喜んでいるので雨音はよしとした。
「じゃなかった。契約しなきゃ」
「うん、だよな」
「じゃあ、ちょっと待ってね。今契約するから」
そう言うと、エルナは目をつぶって手を伸ばし、雨音の顔の前に手のひらを向けた。それにつられるように雨音も目を瞑る。普通ならかっこよく見えるシーンなのだろうが、エルナのほうが二十センチほど身長が低いので少しシュールな光景になっている。
「神ヶ月雨音。白夢の名の下、汝を我が契約者とする」
そう唱えるエルナ髪や衣服の裾がふわふわと宙に舞い、エルナから、リビドのものとは少し質の違う魔力が漂う。質が違うとは言っても、雨音がなんとなくそう感じただけであって、実際にそうかは定かではない。
数秒経って雨音が目を開けると、手と頭に少し違和感があった。確認すると、白い手袋とフード付きのローブを身に纏っていた。ところどころに金色の装飾が施されている。
「これは?」
「私たち使途と契約した証みたいな? 契約した使途と連動した色のローブが与えられるの」
「ふぅん。まあ、悪くは無いな」
「似合ってるよ!」
「ん、さんきゅ」
なんてやり取りをしながら、雨音は何かを忘れているような気がしていた。ひと段落着いたことで、落ち着いた雨音の思考回路に忘れていた記憶が舞い戻る。
「そういえば俺、依頼の途中だった!」
「依頼って、ギルドの?」
「そうそう。盗賊退治の依頼。アジトに向かう途中だったんだ」
「急がなきゃじゃん!」
「お前のせいだけどな!?」
雨音は慌てて目的地向けて走り出す。その後を、エルナも走って追いかけた。
目的地のアジト近く。わかりやすいくらい“それっぽい”洞穴の入り口から、雨音は中を覗いていた。
「いいかエルナ。絶対に変なことするなよ?」
「し、しないよ……」
少なくとも、今誰かが出入りする気配は無い。雨音はそう判断し、エルナを連れて洞穴の中に入っていった。
できる限り物音を立てないように、二人は奥へ奥へ進んでいく。時折足音がすると、近くにある岩陰に身を潜めてやり過ごした。通り道らしき通路を抜け、盗賊たちが集まっている広間の前までやって来た。雨音は中の様子を確認しながら、小声でエルナに言う。
(間違っても声を上げるなよ?)
(わかってるよ。大丈夫だって)
エルナがそう言った途端、天井から染み出した水滴がエルナの鼻先に落下した。
「ひゃっ!?」
(あ、馬鹿!)
驚いたエルナが声を上げたことで、盗賊たちの会話が一瞬にして病んだ。皆入り口を不審げに見つめている。
「誰だ、そこにいるのは」
一人が問いかけた。もちろん、返事が返ってくるハズも無い。入り口に向かって歩いてくる足音がする。
(ごめんなさい……)
(ったく……。仕方ない。一気に終わらせるぞ。絶対手離すなよ)
(へ?)
雨音はエルナの手を掴むと、入り口から顔を覗かせた盗賊の腹に一撃をお見舞いした。盗賊が気絶してその場に倒れる。それと同時に、雨音はエルナの手を引いて広間に飛び込んだ。
「なんだ貴様!」
「侵入者だ!」
口々に叫ぶ盗賊たちを他所に、雨音は一気に広間の壁際まで走った。エルナの手を離し、壁際に行かせると、エルナを守るように立ちはだかった。盗賊たちが各々の武器を持って雨音に注目する。
「なんだ、ギルドのまわしもんか」
「俺たちのアジトに女と二人だけで乗り込んでくるとは、よほどの命知らずらしいな」
「俺たちを馬鹿にしたこと、後悔させてやるよ」
盗賊たちが一斉に雨音に襲い掛かる。
「ったく、これだから盗賊退治は嫌いなんだよ」
雨音はそう呟くと、目前に迫ってきていた一人の攻撃をかわし、鳩尾を殴って気絶させた。次に襲い掛かってきたもう一人に、今倒した奴を投げつけて足止めする。それに躓いて後ろに居た連中がその場に積みあがった。
「悪いけど、負けるつもりはないからな」
雨音はおもむろに、腰につけている本、インフィニティノートを開いた。
魔法発動:創造造形
すると、開いた本のページに魔法陣が現れ、その中から剣が飛び出した。雨音は本を閉じると、剣を手に取る。これが雨音の得意とする魔法、創造造形だ。雨音は自分の書いた物語に登場する様々なものを具現化させることが出来る。雨音が日々日記をつけているのは、このためでもある。「自らの物語」というくくりにすれば、日記の内容も魔法の対称にできると言う屁理屈だ。ちなみに、魔法の名前は雨音がノリで決めたものである。
「さあ、始めようか」
立ち上がった盗賊たちを雨音は次々と斬り付けていく。斬り付けると言っても、傷をつける程度のもので、体を真っ二つにしているわけではない。とにかく数で押し切るタイプの集団なのか、動きに全く協調性が無い。ところどころでぶつかって互いの動きを阻害している。屋外ではなく、狭い室内なのだからなおさらだ。
雨音は盗賊たちをあらかた切り伏せると、残ったリーダーらしき人物と退治した。ゴリラのような体格に、身の丈ほどの大きな大剣を背負っている。いかにもボスっぽい風格の男だ。
「おめえ、やるじゃねえか」
「お前らが雑魚なだけだろ。こちとらただの冒険家の端くれだよ」
「にしては、戦闘馴れしてるみたいだが?」
「端くれなりにも依頼はそこそここなしてるんでね」
「へっ、やりがいがありそうだ」
男の降格がにやりと釣りあがる。見た目どおりの戦闘好きなようだ。雨音も剣を構えて、敵の目を見据える。雨音が一歩目を踏み出す瞬間、男は地面を強く蹴って跳躍した。その体躯なだけあって、速度は中々のものだ。男は大剣を大きく振り上げて、雨音目掛けて振りおろした。雨音は刀身でそれを受け止める。すさまじいパワーだ。雨音は何とか押し返すと、懐に入り剣を振りぬいた。男の胴につけられた装具が斬撃を弾いたが、それなりの衝撃はあったようで、男がよろめく。
「でやぁっ!」
雨音はすかさず男の胸元に突きを繰り出した。体制を崩した男に体当たりを加え、渾身の力を込めて斬り付けた。後方に倒れた男に覆いかぶさるように飛び掛った雨音を、男は大剣で薙ぎ払った。雨音は何とか受け止めつつも後方へ吹き飛ぶ。雨音が体勢を立て直すのと同時に、男も立ち上がった。
「思ったよりやるじゃねえか」
「まだまだこんなもんじゃないぜぇ!」
男が雨音に駆け寄り、大剣を叩きつけた。そこら中にあったテーブルや椅子がバラバラに砕け散る。雨音はサイドステップでかわすが、男が大剣を横に薙ぐ。雨音はもろに食らってしまい、そのまま吹き飛んだ。幸い刃ではなく平地だったため、深い傷を負わずにすんだ。
「がっ……!」
「雨音!」
壁に叩きつけられ、倒れこむ雨音を見てエルナが声を上げた。すると男は思い出したようにエルナの方を向く。
「そういや、お前も居たな」
「ひっ!」
男はエルナに詰め寄り、エルナの首元を掴んで持ち上げた。
「ちょっ、やめてよ!」
「ガハハ、愉快だな」
男はそのまま雨音に向き直る。どうやら、エルナを人質にとるつもりのようだ。
「おおっとそこから動くなよ? お前が動くとこの小娘の首が千切れちまうぜ」
「チッ、よくあるやつだな……」
「離して!」
エルナが必死に抵抗するが、男の手は全く離れない。本来エルナにはこの程度の男なら倒せるくらいの力が備わっているはずなのだが、初めてのことで思考が回っていないのか、それとも本人がそれを忘れてしまっているのか、全く力を発揮しようとしない。
「さあどうする? 小娘を見捨てるかじわじわ殴り殺されるか」
「……どっちもごめんだな」
男がニヤリと笑う。そうこなくては。とでも言いたげだ。
「このやり方はあんまりしたくないんだが、状況が状況だ。仕方ない」
「お? 次は何を見せてくれるんだ?」
雨音は腰につけた本を開く。どうやらまた何かを召喚するようだ。
魔法発動:創造造形
「さあそれでどうする? 動いたら小娘が死ぬぞ?」
しかし、いつまで経っても何も召喚されないどころか、本の上に魔法陣すら浮かばない。
「何だ?」
「後ろだよバーカ」
男が後ろを向くのが早いか、男の腹を一本の槍が貫いた。槍の尻の部分には、魔法陣が浮かんでいる。
「なっ……」
男がよろめき、手からエルナが離れる。雨音はダッシュで駆け寄り、エルナをキャッチする。
「本からしか出て来ねえと思ったお前の負けだ。想像力が足りないな」
そう言うと雨音は男の背中を三、四回連続で斬りつけた。男の背中から鮮血が吹き出し、男はその場に倒れ、動かなくなった。
「死んだ……の?」
「んや、気を失ってるだけだ。腹は貫通したけど、致命傷じゃないさ」
ギルドの依頼とはいえ、人を殺すことは好ましくない。雨音はその上必要以上に傷つけるのが嫌なので、傷跡が残るか残らないかくらいの攻撃しかしない。しかしたまに、どうしようもないときに限って重傷を負わせることもある。それでも致命傷にすることは無いが。
「まず、死んじまうと運ぶのが面倒だからな。俺もギルドも」
「そ、そうなんだ。って、傷は大丈夫?」
「気にすんな。このくらいどうってことない」
雨音は回復魔法を使って軽く傷口を治し、パンパンとローブについた土や埃を払った。
「さーて、依頼も終わったし帰るか」
「そうだね」
雨音は電子端末でギルドに依頼終了の報告をし、洞穴を出た。
「そういえばさ、俺が巻き込まれてるお前たちの戦いについて何も聞いてないんだけど」
「確かに、説明してなかったね」
「帰りながらでいいから教えてくれ」
「おっけー。ええとね、さっきも話したとおり、リーダを決める戦いなんだけど、私たち長い間リーダーがいなくってさ、バラバラだったんだよね。それで、そろそろ決めないとリビドもまずいだろうしってことで、決めることになったの」
「リビドがまずい?」
「うん。だって、複数人で物語を作ってるのに、そのメンバーに統率が無かったら大変でしょ?」
「ああ、確かに」
「それで、私たちは互角になるようになってるから、代わりにリビドの人間に戦わせようってなったの。人間なら私たちの加護があるから、私たちとの相性で決まるし、強くなれるからね」
「おい、加護ってなんだ?」
「ああ、私たちが持つそれぞれの力のことだよ。私のは白夢の加護。持つ人の想像力が力の源になるの。私たちと契約した人間は、私たちの加護を与えて、その力を使えるようになるんだよ」
「最初に言ってたやつか。想像力ってことは……」
「そう! 物書きの雨音とは相性がいいの!」
「俺が物書きって知った時の「やったぁ!」はそのことか」
「そういうこと!」
偶然にも、雨音とエルナの相性はバッチリだったようだ。
「それで、闘うのは契約者同士のみ。私たち使徒の介入は許されない。負けたペアは基本的に自由かな。勝った方に服従してもいいし、戦いが終わるまでのんびり過ごしてもいい。でも、勝者同士の戦闘で、勝敗を決するような関わり方は禁止。とは言っても、好き好んで誰かに肩入れするような人はほとんどいないけどね」
「ふむふむ。勝敗の決し方は?」
「契約者か使徒の敗北宣言か、契約者の戦闘不能かな。殺してもいいけど、流石にそこまでする人は……いないとは言い切れないか」
「おいおいマジかよ……」
「あとは、最後に勝利した人は使徒の統率者になって、使徒を自分の命令に従わせることが出来るようになるのと、リビドの所有権が手に入るの」
「で、やばい奴の手にそれが渡らないように闘えってことか」
「うん! そういうこと!」
概要はあらかた把握できた雨音は、疑問に思った点を質問した。
「戦いが終わったら、俺たちの契約はどうなるんだ?」
「うーん、統率者になった人によるかな? 契約を切らなきゃいけないような命令を出されたらそうしなきゃいけないし、別に大丈夫って言う人だったら大丈夫だと思うよ。あ、でも、契約が切れても私たちの与えた加護は消えないから、そこは安心して!」
「ふうん。じゃあ、他の契約者との戦闘がないときはどうしてればいい?」
「普段どおりの生活でいいと思うよ。早く終わらせたい人は契約者を探し出して襲い掛かってくるかもしれないけど、結果を急いでない人たちはのんびり日常生活を謳歌してるんじゃないかな?」
雨音は意外に思った。特に期限などは設けられていないようだ。最後に雨音は、一番気になっていたことを尋ねた。
「じゃあ、エルナが勝ったらどうするんだ?」
「私? 私はね、戦闘の結果で物事を決めるのを禁止して、話し合いで決めるようにしたい。それで、リビドはこのまま何も変えたくないな」
とりあえず、エルナにリビドの未来を委ねても問題はなさそうだ。雨音はそう思った。
「よし、それを聞いて安心した。ちゃんと力を貸すよ」
「ありがとう雨音!」
にっこりと笑うエルナ。つられて雨音も、少し頬を緩めた。