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私の不毛な運命論

作者: み〜さん

初めての短編です。





 




 私の高校には《 アイドル 》がいる。







 私、「 渡辺 まり 」が始めて《 アイドル 》に会ったのは中学生のとき。


 受験のための願書を提出するために県立隼峰はやみね高校に行ったときだった。


 本当は私じゃなくて違う人が行くはずだったのだけど、この日の朝、急遽私が行くことになった。


 寒いから嫌だったけど、でも仕方がないよね。行くはずだった人が熱でお休みしちゃったから。


 その日は北風が強くて、校舎の入口で吹き上がった砂埃が両眼に入って、あまりの痛さに手で擦っていたらやんわりと両手首を掴まれて、


『 擦ってはダメだよ。目にキズがつくから。暫く目を閉じて涙で流すんだ。痛いけど我慢して。』


 そう言いながら私は生まれて初めてお父さん以外の異性に抱き込まれた。


 ……抱き込まれたと言う表現が一番近いと思う。


 だって、「 抱きしめた 」だったらギュッて感じでしょ?


 あのときは私の頭を胸に押しあてて、フワッと包み込むみたいだったから。


『目を閉じたまま歩ける?』


 目どころじゃなかった。だって自分の心臓の音が頭に響いて何にも考えられないの。真っ白で。だから言われるがままただ頷いてた。


 ゆっくり、ゆっくりと数歩進むとさっきまで吹いていた風が止んだ。


『目は大丈夫?』


 緊張ですっかり忘れていた目の痛み。


 少し目を開けてパチパチと瞬いてみる。


『 あっ!痛くない。』


 そう言って前を見た途端、抱き込まれたとき以上の衝撃が私を襲った。もう目が飛び出て顎が外れるぐらいの衝撃が!


『 良かった。願書持ってきたんでしょ?ここを少し行くと事務室があるから。帰るときはその首に巻いてる物で顔を隠しながら帰ると良いよ。』


 肩までの茶色い髪はサラサラツヤツヤで、私に向ける瞳の色は深い緑色。睫毛が長くて、肌が白くて……。


『目、真っ赤。ウサギみたい。』


 爽やかな笑顔で去って行く後ろ姿がとってもセクシーで、暫くそこでボーッと立ってた私。



 漫画やアニメやゲームの中のだけだと思ってた。


 実際に現実にあんな人がいたなんて、その日一日は受け入れられなかった。



 で、私は無事に隼峰高校へ入学した。





 そして冒頭へと話は戻る。





 私の高校には《 アイドル 》がいる。


 ファンクラブと親衛隊を兼ね備えた《 アイドル 》がいる。


 強いて言うなら、古き良き時代の頃の《 アイドル 》だ。


 普通の人なら恥ずかしくて言えないセリフを言い、颯爽と現れ紳士然と去って行く。



 漫画だと瞳に星が入っちゃうみたいな。



 《 アイドル 》にはいつも女の子達 ( 親衛隊 ) がガッチリ取り囲んで、他の子を寄せ付けないように睨みを利かせている。


 朝登校するときも、お昼も、教室の移動も、体育の時間も、図書室で勉強をしているときも。


「あれって嫌じゃないのかなぁ。」


 今、目の前を歩いて行く一個小隊の中心で《 アイドル 》が微笑んでいる。


「嫌じゃないからいつも一緒なんでしょ。」


 同じクラスで小学校五年生からの付き合いの「山口 マヤ 」が、そう言いながら鼻で笑った。


「でもさぁ、時には一人になりたいって、あるでしょう?いくら《 アイドル 》でも。まぁね、周りに居る子達は親衛隊から選抜された選りすぐりの美姫ばかりだから。」


「そっ!よりどりみどりのハーレムなのよ。ウハウハでしょ?」


「山口 マヤ 」……いつもミヤビと呼んでるけどね。


 ミヤビが「うひゃひゃっ」と変な笑いかたをする。


「ナベりんだってそう思うでしょう?」


「まぁ……ねぇ。」


 ナベりんとは私「 渡辺 まり 」のこと。


「高科先輩は嫌がって無いんだから、アンタが気を揉むこと無いって。」


 県立隼峰高校の《 アイドル 》こと、高科 祐志ゆうじ先輩は私の一つ上で二年生。


 ミヤビの情報によると、お父さんがハーフで先輩はクウォーターになるんだって。イギリス人の。


 《 アイドル 》高科先輩のことは入学して直ぐにわかった。


 だってね、入学式後に親衛隊の方のお話があったから。


 そのとき配られた五枚綴りのプリントに、高科先輩の取扱いについてびっしりと書かれてた。両面にね。


 入学して三ヶ月。


 私と高科先輩が接触することは全く無い。親衛隊に何時もガードされてるからまず皆無。


 一方的に離れた場所から高科先輩を見てるだけ。


 さっき購買で買った野菜ジュースに、ストローを挿して口に含むミヤビが満足気に言う。


「高科先輩がこの高校の 《 アイドル 》で、入学希望者数の底上げに貢献したのは間違いないんだから。」


 そうなのだ。


 駅から歩いて三十分、自転車で十分かかるこの高校は小高い丘の上に建てられている。ゆる〜く坂道になった道は地味に足にくる。雨の日も風の日も雪の日も。このゆる〜い坂道を歩く。だから人気が無い。いや、無かった。


 それが高科先輩の出現で希望者大幅アップ。



 主に女の子だけど。



 過ぎ去っていく一個小隊を目で追いながら思う。



 あの時………一人だった高科先輩と出逢ったのは奇跡だったんだと。


 その時感じた運命は………日が経つにつれて曖昧になって。


 だって、高科先輩の姿を一日に一回見ることができるかどうか。それも遠巻きに。


 高科先輩の取り扱い説明書にも、【 不用意に近づかない。声をかけない。触らない。】って書いてあったしね。



 みんなが守っているルール。高科先輩を守ると言うルール。



 ……でも、ふと思い出す。優しく微笑む深い緑色の目を。


 抱き込まれたときに先輩から香った甘く優しい匂いを。


「私って、もしかして危ない?」


「何が?」


 少し前を歩いていたミヤビが振り返った。


 私は頭を振って何でもないと言った。





 それからやっぱり高科先輩は親衛隊の向こう側の人で、少し期待していた夏休みも姿すら見ることはなかった。



 でも、学園祭では運動場の特設会場や体育館の舞台で、高科先輩を見ることができた。


 そう、学園祭はハプニングの連続だった。


 運動場の特設会場で、高科先輩の司会で行われていた人気投票中 ( 高科先輩は永久欠番なのだ。) 人が集中した会場中央辺りで、女の子が倒れたのを舞台に立っていた高科先輩が気付いて華麗に飛び降り、モーゼのごとき人の波が左右に分かれ出来た道を颯爽と駆けて行き、倒れた女の子をお姫様抱っこすると、校舎に向かって行ったのだ。


 私は離れた場所でミヤビと焼きそばを食べながらそれを見ていた。


 後日、詳細を他の子から聞いたところによると、倒れた女の子はどうも他校の子でかなり可愛い子だったと言うこと。そして高科先輩がその女の子の頬に手を添えて優しく声をかけると、壊れ物を扱うように抱き上げたらしい。


 何故か恍惚とした表情で話す友達に少し引いたのは言うまでもない。


 でも、抱き上げられたその女の子の気持ちはわかる。


 自分を見る深い緑色に何もかも持っていかれるような気持ちが。



 その後、体育館で行われた高科先輩ナレーションの演劇で、観覧中に倒れる女の子が続出。


 あわよくばと思う女子の出現に、親衛隊が素早く対応して何とか場を収めたようだ。


 他にも、親衛隊にガードされて移動する高科先輩に果敢にアタックする他校の女子だったりとか、喧嘩をふっかける他校の男子だったりとか、押しかけるおばさま方に連れ去られそうになったりだとか。


「ウチの《 アイドル 》は凄まじいですなぁ。」


 ミヤビがたこ焼き片手に「うひゃひゃひゃ」と笑った。


「高科先輩、彼女をつくるなんて無理じゃない ? 」


「どうして ? 」


「だって、あれじゃ彼女が周りから攻撃される。先輩がみんなにいい顔し続けるなら絶対に無理。」


 ミヤビの言葉に、心臓にチクリと痛みが走った。


 確かに高科先輩の隣を狙う女の子は多い。


 でもそれは無理なんだと思う。


 だって高科先輩にその気が無いように見えるから。


 あんなにレベルの高い女の子達に囲まれていても高科先輩は変わらない。


 慈愛に満ちた微笑みで、全ての人に平等に接する 《 アイドル 》。


 だからあんな……一瞬の出来事を覚えているわけが無いんだ。


 その他一緒なんだから、私なんてミジンコとおんなじなんだよ。




 そして、また寒い日々が巡ってきた。


 あのとき付けていた赤色のタータンチェック柄のショールをモサっと首に巻いて、そろそろ慣れた坂道を行く。


「さすがに朝早いと人も少ないぞぉ。」


 昨日提出するはずだったレポートを出すため、いつもよりも三十分早く登校したのだ。


「はぁ、冷たい。」


 空はどんよりと雲が低く垂れ込め、いつ降ってきてもおかしくない空模様だ。


 ふと思う。


 高科先輩……いないかなぁ。


 でも直ぐその気持ちを否定する。


「来るには早すぎるよね。」


 いつも親衛隊に囲まれて来る高科先輩は、自転車で学校に来る。


 電車通学ではなく、家が学校から近いとは聞いているけど、何処にまでは知らない。探ろうものなら親衛隊に呼び出されてペナルティーを受けることになる。


 聞いた話だと、駅前の清掃とか校内清掃、先生方の雑務などなど。


 私は電車で二駅。駅からは歩いて学校に来る。


 三十分かかるけどね。


「どうしよっかなぁ。ミヤビが来るのはもっと遅いしなぁ。図書室開いてるかな。」


 昇降口手前の階段に足をかけると、砂埃を巻き上げて突風が吹き抜けた。


「いっっ!」


 直ぐ目を閉じたけど、やっぱり少し埃が入ったみたい。


 ショールを引き上げ目を隠して、ゴロゴロする眼球を押さえる。


「大丈夫?」


 突然かけられた声に心臓と身体が同時に跳ねた。


「そのまま歩ける?」


 ああっ‼︎ デジャヴュですかっ⁈


 まわされた腕に私が包まれて、身体が接触する右側が熱い。


 ゆっくりと一段一段上がって、その間もショール越しだけどすっごく近い位置で声をかけられて、それから変わらない匂いにすでに瀕死状態の私。


「目、大丈夫?」


 昇降口の中に入って離れていく腕に、それまで肩にあった熱と重さが無くなって寂しくなる。


 ショールをずらして目を開けて見た。


「高科先輩……。」


 飛び込んで来た深いーー深い緑の瞳と、サラリとした茶色い髪はあの時よりも短くて、私は直ぐに顔を伏せて首に巻いたショールで目の下まで埋まる。例えるならカメ。


「アレ?」


 覗き込むように見てくる高梨先輩が近い!


「ねぇ、」


 口から内臓出そうなんだけど!どうしよう!


 あああああああっっっ‼︎ 見れないよぉぉっっ‼︎


「僕の記憶が正しければ、去年もこんな感じで会ってるよね?」


「あっ……」


 高科先輩、覚えて……る?


 伸びてきた大きな手が俯いていた私の顔を包み込んで、高梨先輩の方へと向かされた。


「ああ、そうだ。あの時のうさぎさんだ。」


 その時、頭の中でカチって何かが合わさる音が響いた。


「ウチに入学したんだね。」


 親指で頬を摩って優しく笑う高科先輩に、おかしな勇気が私の中で湧き上がってきた。





 消えかけていた運命論、今また信じていいかな?






昨年中に投稿しようと思っていたのに、年を越してしまいました。


今年もよろしくお願いいたします。

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