人間相手に親切にしたい魔王2
ここはとある城の中、百種をも超える魔族を束ねている魔王が、執務をしている。そばにいるのは従者のゲボリアンである。首にはエリマキがあり全身赤色で腹に顔があり、口からは可愛いカンガルーの赤子が顔をのぞかせている魔物であるが、いかに博識の魔王といえども、彼がどの種族の魔物なのかは、わからなかった。
出入り口の左右には人間のどくろが置いてあり、断続的に炎を噴き出している。なぜこのような仕掛けになっているか魔王にもわからない。ウッカリするとたまに手を火傷したりする。噴き出すのが炎というのも不満だった。別にシトラスの香りでもいいではないかと思っていた。
「魔王様ちょっとよろしいでしょうか」
「なんだゲボリアン」
「前作のオチは、魔王様自ら『前座急げというではないか』というオチの方がよろしかったと思うのですが」
「わしもそう思うたが。気になって検索してみると、お笑い界隈では結構使い古されたギャグの様でな」
「それで回避したのですか。しかし、前回のオチはキレがいまいちのようでございます」
「うむ。今回はできる限りの努力をしよう」
「おお、魔王様が決断なされたぞ」
「今回はずばり決まったオチをご考案の様子だ」
「魔王様万歳! 魔界万歳!」
魔界の民の期待を背負ってしまい、ますますオチへのハードルが高まった。今から魔王は苦しんでいる。
スイカに塩をかけて溶け始めるぐらいの時間がたった後、魔王が口を開いた。
「ゲボリアン、よく考えると今日は休みだった。さあ外へ羽根を伸ばしに行くぞ」
「外出するのは良いですが、くれぐれも人間の子供などを誘惑せぬようお願いいたします。歌曲に書かれてしまいます」
「あれは、わしではない。作曲家が勝手に書いたのじゃ」
魔王は、入り口の扉を開くとき、うっかりどくろに手を触れてしまった。巻き起こる火炎は魔王の手を直撃した。
「うわっちちち。ひー」
「さすが魔王様、ダジャレの冴えも見事でございます」
「今の発言はシャレではない。素が出たのじゃ」
「魔王様、そちらの台に、氷を用意してますゆえ、存分に手をお冷しなさいませ」
「礼を言うぞ、ゲボリアン」
魔王は手を冷やしている。彼はいつか予算が余ったら、どくろから出るものを冷たい麦茶にしようと考えていた。
魔王は、城の外に出るとさっそく人間界に俊寛移動した。
「都と違って島は寂しいのう、じゃなかった。誰が俊寛だ」
珍しい魔王の乗り突っ込みもほどほどに、今度は本当に瞬間移動だ。
「よし、これで心ゆくまで人間に親切できるぞ」
ところが、いかにも怪しい出で立ちで、唯一癒しポイントはウサギの耳だけだったので、たちまち人間たちは、魔王の前から走って逃げていった。何を考えているのか、一人だけ後ろ向き走りで逃げていく者もいる。彼の視線は魔王をロックオンしていた。怖いもの見たさというやつだろうか。
「はーぁ。誰もいないのか」
魔王は仕方なく、人間の町のゴミ拾いを始めた。ところが選択基準が魔王視点なので、どれがゴミなのかがわからない。
「バナナの皮、これは食えるぞ。魚の骨か、お頭の肉の部分が美味いんだよな」
魔王視点で集めた使えるもの(注 ただのゴミ)をうず高く積んでいると、何も知らない子供が寄って来た。
「一部ウサギであとはいろいろ突っ込みどころの多いおじさん。ゴミは捨てなきゃだめだよ」
「おう。人間の子供ではないか。では早速親切にしてやろう。おいボウズ、欲しい物はないか」
「筋肉の踊り」
「はぁ?」
人間の子供は突拍子のないことをいう。魔王は、頭の中が空白になった。が、そこは百戦錬磨の男である。すぐに魔法でボディビルダーを召喚して踊らせた。
「ふんふん(ポージング)ふんふん(ポージング)」
ボディビルダーは筋肉を見せびらかしながら踊っている。時々大胸筋がピクピクしていたり。しかし、残念なことにスタミナがないため、彼はすぐにへばってしまった。
魔王はもう一度、子供に尋ねた。
「他に欲しい物はないか」
「お父さんが欲しい」
その言葉に魔王はしんみりした。
「そうか、お父さんがいないのか」
「そうじゃなくて、臭くないお父さんが欲しいんだ」
「なにっ! お父さんは臭いのか」
魔王はよく年ごろの娘がお父さんを毛嫌いするシーンを思い浮かべた。男親の悲哀を感じ眼がしらに熱いものがこみあげてきた。ところが子供の話す内容は違っていた。
「うちのお父さんは風呂が嫌いなんだ。理由は面倒くさいって」
「そうか、ならば面倒くさくないようにしてやろう」
魔王は、魔法を使って、人間界から衣服を消し去ってしまった。
「これで脱ぐのが面倒くさくなくなるだろう」
「へっくし」
「親切をすると気持ちいいなあ。ではわしはもう帰ろう」
魔王は、瞬間移動をして魔界の城へ戻って行った。王の間では従者のゲボリアンが満面の笑みを浮かべて待ち受けていた。
「お帰りなさいませ、さすが魔王様。人間界は大混乱の様です」
「何かあったのか」
「全員全裸になり、ここでは書けないような大騒ぎになりました。詳しくは……」
「皆まで言うな、削除されたら困るわ」
魔王はゲボリアンの報告をさえぎり、玉座に座ると頬杖をついて、ついでにため息をもらした。
「ふにゃらぱ、ほへー」
魔王のため息は独特のリズムに彩られている。そのリズムは魔界の皆を魅了する。ある者は夜明けまで踊り、またある者は、新しいステップを開発した。
「なぜだ?なぜわしの親切は失敗ばかりなんだ!」
魔王は落ち込んだ。どうやら人間たちに親切にしても、あまり有難がられていないようだ。
「もう一度人間界に行って服を与えに行くか」
「いけませぬ魔王様、それは神の役割です」
「なぜだ。わしではだめなのか」
「福の神というではないですか」