ー初体験の章 1- 神帝暦645年 8月23日 その1
「おい、ユーリ。忘れ物はないか? 呪符は多めに持っていくんだぞ?」
「はーい、お父さーん。ええっと、呪符を200枚と買ったばかりのヒノキの棒とー。あと、肉じゃがの詰まったお弁当箱だよねー。ああっ! こっしろーくんを連れていくのを忘れそうになってたよーーー!」
神帝暦645年 8月23日 朝7時。ついにユーリの初クエストへの出発となる。【幽霊の住処となってしまった領主の館をどうにかする】。それがユーリにとって大きな糧となってくれることを俺は期待していた。
俺とアマノはとっくの昔に準備を済ませ、それぞれ鎧を着込み終わっている。俺の鎧は鋼をベースとした胸当て、籠手、脚絆である。肩や太もも、そして腹の部分は鎖帷子で覆われており、軽量化にも努めているわけだ。もちろん、全身を鎖帷子で覆っているわけではないぞ? 鎧下の服がむき出しの部分に鎖帷子で覆っているだけだ。
対して、アマノとユーリは革をベースとした鎧であり、鎖帷子は着込んではいないが、鎧下の服が俺のよりも頑丈なモノを着込んでいるため、火の犬如きの牙なら、簡単には貫通できないほどである。
「ふう。やはり、残暑厳しい季節にこんな厚着をするのはつらいのですわ。お盆進行の時も暑くてたまらなかったのですが、こればっかりはどうしようもないのですわ」
「まあ、しょうがないわな。今回は幽霊相手と言えども、防具はしっかりと装備しておかないと憑依の危険性があるから、どうしようもないんだよな」
「現地で着替えるという手もありますが、今回は荷物持ちの方が同行するわけでもありませんので、着の身着のままで行くしかないのですわ。風の魔法が使えるだけ、私たちはマシですが、その他のひとたちは大変でしょうね?」
「そこは、徒党の仲間にでも風の柱をかけてもらえば良いんだろうけど、そいつのために無駄に魔力は消費したくないところだしな。まあ、風の魔法が使えない奴には茹で茄子になってもらうしかないだろ」
幸い、今回のクエストに同行するメンバーは全員、風の魔法をつかうことがやつらばかりだ。おかげでクエスト中に熱中症で倒れるといったやつは出ないであろう。
俺とアマノがそんなたわいないことをしゃべっていると、ユーリの準備も整い、いざ出発とあいなるわけだ。
俺たち3人は徒歩で駅に向かい、そこでヒデヨシと合流を果たすわけである。
「ウキキッ。おはようございます。今回のクエストでたくさん報奨金をもらいましょうよウキキッ!」
「朝から元気一杯だなあ、ヒデヨシは。ほれ、汽車の中で食べる弁当をヒデヨシの分まで持ってきたぞ? アマノ特製の肉じゃがだ。ヒデヨシはまだ食べたことがなかったんだっけ?」
「ウキキッ! 【欲望の団】で大好評のアマノ殿の肉じゃがですか。一度、食べてみたいと思っていたところなのですウキキッ!」
俺は大き目のハンカチに包まれた弁当箱をヒデヨシに渡すわけである。ヒデヨシはそれを両手で受け取り、ははあ! ありがたき幸せなのですよウキキッ! と大喜びである。
その後、俺たち4人は大津行きの切符を購入し、駅のホームにて汽車がくるのを待つのであった。それから15分後、汽車は時間通り、ホームに到着し、俺たちは汽車に乗り込む。
運が良いことに、向かい合わせの2人席が4つ空いており、俺たち4人は2人席をそれぞれ1つずつ占拠し、往来の廊下を挟んで座るのである。
「いやあ、いくら平日と言っても、うまい具合に席が空いてたもんだなあ。朝早くから出発することにしておいて良かった良かったといったところなのかなあ?」
現在時刻は朝7時半。あと5分もしない内に汽車は発車となる。
「うふふっ。休息日になると、立たなければいけないほど、平安京方面の汽車は込むというのに、今日は本当に空いているのですわ。これで、汽車会社が黒字経営なのか、疑ってしまいたくなりますわ?」
「ウキキッ。汽車会社は国が運営しているので、表向きの決算発表では黒字と言っているのですが、疑わしいことこの上ないですねウキキッ!」
そりゃ、国営会社が赤字発表なんかした日にゃ、国民から袋叩き確定だからな。国営会社ってのは国民から搾り取った税金が注ぎ込まれるんだし、それで赤字ですなんて発表なんかすれば、どこに税金が流れていってるのか、追及されるのがオチだしな。
「さって、汽車会社への追及はやめておいて、さっそく、アマノの肉じゃがでも食べようぜ? えっと、箸はどこにしまってたっけ?」
俺は座っている席の隣に置いた荷物入れの中をごそごそと漁りだすわけである。あったあった。青い箸箱が。
「ウキキッ。わたくしは割り箸を持ってきたのです。お弁当をもらえると聞いていたので、本当に割り箸だけ持ってきたのですウキキッ!」
これで、アマノがヒデヨシの分を用意しなかったら、どうなってたんだろうな? まあ、そんな意地悪なことはしなかったのだが。
俺たち4人と1匹はアマノの肉じゃがに舌鼓を打ちながら、もぐもぐと食べるわけである。
「うーーーん。あたしも早く、アマノさんから肉じゃがの味を盗まないといけないのに、なかなかにして、この味を再現できないんだよねー」
ユーリが肉じゃがのジャガーを紅い塗り箸で四つに割り、そのひとつを胸元の呪符ポケットに住み着いたネズミのこっしろーに分け与えながら言うのである。
「前から言っているように、アマノの肉じゃがには愛という名の調味料が入ってんだよ。ユーリが真似しようとしても、出来るわけがないから、いい加減、諦めろもぐもぐ」
「ウキキッ。うちのネネも肉じゃがを作ってくれるのですが、ここまでの味に仕上げることは出来ないのです。これは長年の熟練の業としか言い表せないのですよウキキッ!」
「うふふっ。私はおばあちゃん子だったので、小さいころから、その祖母から色々と料理を教わったのですわ? 母はそれほど料理が得意というわけではなかったのですが、祖母は若い頃にお店を構えるほどには腕があったのですわ?」
アマノの言う通り、アマノの家系は代々、細々とメシ屋を経営してきたのだが、祖母の代に起きた【黒い月曜日】と言う大不況に巻き込まれて、潰れてしまったのである。その後、アマノの父母は工場務めとなり、次女であったアマノは家庭の経済事情もあって、ユーリと同じく16歳の時に冒険者への道に入ったそうだ。
アマノは人並み以上には勉強は出来たほうなのではあるが、義務教育である中等寺子屋を卒業したあと、高等教育を受けるための費用を不況にあえぐ親が用立てることもできるわけもなく、それで、この道を選んだという事情が絡んでくるわけである。
ん? ユーリの就学状況か? そりゃC級冒険者が親だと、自分の子供に高等教育を受けさせる経済的余裕はほとんど無いと言って良い。それよりもユーリはこの通り、アホだし、そもそもとして高等教育を受けさせるだけ金の無駄だしな。まあ、それでも、義務教育である中等寺子屋までは、国からの資金援助も出るため、ユーリには基本的な教育を受けさせてはいるけどな?
でもなあ。国の教育機関で一番の問題は、性教育がまったくなってないってことなんだよな。そりゃ、女性にとってはデリケートな話だから、つっこんだ話は無いんだけど、男女がキスをしても子供が産まれるわけじゃないってことくらいしか、教えないんだよな。
あとは女性にとって、大切である女の子の日についてだな。あれもアマノから聞いた話では、寺子屋では、赤ちゃんを産める身体になったと軽く説明されるだけで、実際には男女がずっ魂ばっ魂やって、赤ちゃんを仕込むってのは教えるわけではない。
結局のところ、若い男が実際にずっ魂ばっ魂のやり方を知るには、遊女の館のほうがよっぽど詳しく教えてもらえたりするわけだ。俺だって、遊女の館に行くまで、女性のどの穴に入れるのかすら知らなかったレベルだからな。ちなみに女性の場合は、女友達や親せきで結婚した年上の女性から教わるそうである。
「お父さんー。箸が止まっているよー? 何か考えごとー?」
「んん? いや、この国とユーリの行く末をちょっと心配していただけだぜ? さって、今回のクエストは無事に成功に終わるのかねえ? ユーリが大ポカやらかしそうで心配でたまらないぜ」




