ー残暑の章38- 神帝暦645年 8月22日 夕暮れ前
ジョウ・ジョウ防具店での用事を終えたので、あたしたちは家路に着くことにしたんだよー?
「おーほほっ! あらあら? そこを歩く貧乳娘は、もしかして、ユーリかしら?」
あっ! ランカちゃんだー。それに彼女の横にオドオドと立っているのは、サコちゃんだー。あの2人って、この春から就職したって聞いてたけど、どこに勤めていたっけー?
「ランカちゃん、サコちゃん、お久しぶりー! ねえ、お父さん、アマノさん、先に家に帰っててー? あたし、友達と少しおしゃべりして帰るからー!」
「おう。わかった。あんまり遅くなるんじゃねえぞ? あと、何か食べるのは良いが、夕飯を残すくらいに腹いっぱいにするんじゃないぞ?」
ちょっと、お父さんー。友達の前で、あたしを子ども扱いするのは止めてほしいよー!? すっごく恥ずかしいんだけどーーー!
「うふふっ。ツキト? ユーリは微妙なお年頃なのですわ? ユーリの友達の前で、そんな風に言ってはいけませんわ?」
「おっ。そうか。そりゃすまんかった、ユーリ。じゃあ、俺とアマノは先に帰っているからな? えっと、ランカちゃんとサコちゃんだったっけ? 娘をよろしく頼むわ。こいつ、馬鹿だから、いつも苦労させられただろ?」
「いえいえ。わたくしが、ユーリさんの面倒を視るのは当然の義務なのよ! さあ、ユーリ? 冒険者になってからの話の続きを聞かせてもらいますわよ!」
うううー。ランカちゃんは、あたしより1日早く産まれたからって、いっつもお姉さんぶっているんだよねー。こんなところ、お父さんに視られるのが、すっごく恥ずかしいよー。
「わかったから、ランカちゃん。近くの喫茶店に行こうよー。お父さん、アマノさん、またあとでねーーー!」
お父さんとアマノさんがニコニコ笑顔で手を振って、お家の方へ向かって行くんだよー。ふーーー。親同伴で買い物していたと、ランカちゃんたちに思われると気恥ずかしいんだよねーーー。
「あ、あの。ユーリちゃん。だ、大丈夫ですか? 突然、声をかけてしまって……」
「良いんだよー? でも、社会に勤めに出たって言うのに、ランカちゃんとサコちゃんは、いまだに一緒に遊んでいるだねー? まあ、ランカちゃんの性格だと、サコちゃんしか友達が居ないから仕方がないことだけどー」
「う、うるさいわね! わたくしが、サコと遊んであげているのよ! か、勘違いしないでほしいところよ!」
うんー。これは、核心を突いちゃったってところだねー。あたしとしては、ちょっと失敗しちゃったかなー? って反省の念にかられちゃうよー? でも、珍しいなー? あたしは今年の春前に寺子屋を卒業したあとに、たまにこの2人のどちらかと休日に街で遊んではいるけど、2人一緒に街中で出会ったのは久方ぶりなんだよー?
「あ、あの。今日はお休みだったの? ユーリちゃん……」
なんか、消え入りそうな声で、サコちゃんがあたしに質問してくるよー? あたし、サコちゃんに何か悪いことしたっけー? って、サコちゃんが尻すぼみでしゃべるのは、いつものことだったー。久しぶりで、ちょっと忘れてたよー。
「休みってわけじゃないよー? 冒険者稼業にお休みは有って無いようなものだしー。今日は、明日から大津で、初クエストをこなしてくるから、そのために、いろいろと街で買い物とかしてたんだよー?」
8月までのお盆進行までは、一門の館の訓練用広場でのみ、訓練をしていたけれど、これからは、クエストにちょこちょこ行くようになるし、なかなかお休みらしいお休みが取れ無さそうなんだようねー?
「おおお!? あのおっちょこちょいでアタマのネジが緩んでいるユーリが、ついに初クエストを受けることになったの!? これは、前祝いをしなければいけませんわ! わたくしの知っている高級喫茶店で、ケーキバイキングを楽しみますわよ!」
「あ、あの……。ランカちゃん? 水を差すのはいけないことだと思うけど、ランカちゃんのお家は裕福だし、わたしも安定した勤め先だから、そんな高級喫茶店に、ユーリちゃんを誘うのは酷だと思うの……」
むむむー。サコちゃんに暗に、あたしの家は貧乏で、しかも、あたし自身も収入が不安定な職に就いているって言われているよー!?
「あら。あらあら。そうだったわね……。ユーリ。申し訳ないことを言ってしまいましたわ? 庶民用の喫茶店に向かうことにするのですわ!」
こんな感じで、あたしはランカちゃんに、引きずられるように、大通りに最近新しく出来た、喫茶店にやってきたわけだよー?
「うっわー。女性客か、若い男女のカップルしか居ないねー。こんな感じなら、あたしは定食屋の方が良かったかもー」
「何を言ってるのよ! ユーリ。あなた、わたくしたちと同じくまだ16歳でしょ!? なんで、そんな中年の所帯じみた殿方のようなことを言っているのかしら!?」
「あは、あはは……。相変わらず、ユーリちゃんは、普通の娘とどこかズレてるね……。えっと、空いてる席は無いかな?」
「まだ日が高いので、通りに面した席に座るわよ。あそこの席なんかどうかしら?」
すごいなー。ランカちゃんが、突っ立っているカップルをドカンッと吹き飛ばしながら、喫茶店の外に置かれている白いテーブルと椅子を占拠しに行くよー!? 学生時代に発揮していた強引さは、就職した今でも変わらないところがすごいよーーー!
ランカちゃんが席を確保してくれた後、あたしたちは、女性店員さんに紅茶と、クッキーとかを注文したんだよー。新規オープンで、さらに草津の街の大通りに喫茶店を構えるなんて、なかなかにここの店長さんはやり手なんだよー。
運ばれてきた紅茶のカップを手に取り、ズズッと軽く一口つけたランカちゃんが一言。
「ふむっ。庶民用の喫茶店にしては、なかなか良い茶葉を使っているわね。今度から、たまには利用しようかしら?」
ちなみにランカちゃんは、結構、良い所のお嬢様だったりするんだよねー。でも、なんで、高等教育に進まなかったんだろー? もしかして、ランカちゃんの家は没落寸前だったりー?
「失礼ですわね。我がロッカク家は、まだまだ没落する予定はありませんわよ?」
「あれーーー!? なんで、あたしの心を読んでいるのー? ランカちゃんて、もしかして、モンスターだったりするわけーーー!?」
「あ、あの……。ユーリちゃん? 心の声が口から駄々洩れだったよ?」
「おっかしいなー? あたしはしっかりと口を閉じていたつもりなんだけどなー?」
「おっほん! それよりも、ユーリの活躍を聞かせてほしいのですわ? あなたが中等教育終了後にすぐに冒険者ギルドの扉を叩いたと聞いたときは驚いたわよ?」
「えへへー。皆には内緒だったしねー。あたしは、前から冒険者になりたいなーって思ってたわけー」
「まったく……。あなたは顔もそこそこに良いのですから、百貨店の販売員にでもなれば、その内、それなりの男性が声をかけてくれたでしょうに。何故、自ら危険に飛び込む必要があったのかしら?」
ランカちゃんとしては、当然の疑問だろうねー?
「ランカちゃんも知っているように、あたしのお父さんは冒険者でしょー? でも、今年で40歳だから、そろそろ、引退の時期が迫ってきているわけー。それなら、あたしも冒険者になって、少しでもお父さんに楽をさせたいって思ったわけー」
あたしがそう言うと、ランカちゃんだけじゃなくて、サコちゃんまで、ハアアアと深いため息をつきだしたんだよーーー!?
「あのね。ユーリ。親と言うモノは、【きつい 汚い 危険】の三拍子揃った職業に娘が就くのは基本、反対ですわよ? いくら親孝行したいからと言って、他に道があったはずよ?」
「う、うん……。わたしも、ランカちゃんと同意見かな……。ユーリちゃんのお父さんは、ユーリちゃんを溺愛しているんだから、危険な道に飛び込んでほしくなかったと思うよ?」
「そ、それはそうだけど……、でも、あたしはお父さんの役に立ちたいと思ったわけー! そこは、あたしとしては一歩も譲る気は無いよー!」
「昔から言い出したら、とことんなユーリらしいわね。でも、無茶をしちゃダメよ? ユーリが大けがしたら、ツキトおじさんが悲しむのですわ?」
「えへへー。そこは鋭意、努力してみるー。でも、聞いてよー。この前のお盆進行の時に、バンパイア・ロードとバンパイア・ロード・マダムが、あたしたちの徒党の前に現れちゃったねー!?」
って、あたしが2人に言ったら、ランカちゃんが手に持っていた紅茶のカップをテーブルの上に落としちゃったわけー。あれれーーー!? あたし、もしかして、要らないことを言っちゃったーーー!?




