ー残暑の章36- 神帝暦645年 8月22日 その20
【呪いの腕輪】。俺はそういった呪い付きのモノに対する知識はあまり持ち合わせていないわけだが、そんな、役に立つのか立たないのかわからないようなシロモノがあるとは思ってもみなかったわけである。
「じゃあ、俺がそれを身につけて、わざとそれを破壊するほどの魔力を貯めこめば、一時的にでも魔力B級になれるって認識でいいのか?」
「厳密にいうともっと上の魔力まで跳ね上がるんですが。まあ、それはあとで説明します。その腕輪を装着するリスクとして、今、ツキトくんは魔力C級あるわけですが、魔力D級、もしくはE級に下がるわけなんですよ。そこがこの【呪いの腕輪】が扱いづらい点なのです」
「うーーーん。魔力D級、もしくはE級かあ。かなり危険と隣合わせになっちまうな。魔力が1位階変われば、俺が持っている魔力の貯蔵量も変わるってことだよな?」
「そうですね。魔力のランク付けはそもそもとして、そのひとが持つ、魔力の貯蔵量と出力を指し示すわけですからね。【呪いの腕輪】は魔力を吸い取るモノです。ですので、どうしても、装着者の魔力の位階が下がってしまうというわけです」
ちなみに魔力の位階が1段階変われば、10倍、魔力の貯蔵量が変わるのである。魔力C級を100とすれば、魔力B級ならば、その10倍の1000。魔力A級ならさらにその10倍の1万となるわけだ。あと、それぞれの系統で水の魔力C級、風の魔力C級となれば、合せてそのヒトの持つ魔力貯蔵量は200となるわけだ。
ここで面白いことに、水の魔力C級、風の魔力D級ならば、そのヒトの魔力貯蔵量は110となるわけなんだが、ここで団長が言っていた【出力】の問題が出てくるわけである。
水の魔力C級かつ風の魔力D級のニンゲンがいたとしよう。そいつは水の魔法を使うのに最大100の出力で水の魔法を放つことができるわけだ。だが、風の魔力はD級のため、いくら、魔力貯蔵量が110あったところで、風の魔法は最大10の出力でしか発動することができないのである。
団長の恐ろしいところは、火・土ともに魔力A級のため、魔力貯蔵量は2万であり、さらに2系統の魔法を同時に最大1万づつの出力で魔法を放てるわけなのだ。その団長の最大最高の合成魔法が【隕石落とし】であり、街ひとつなら壊滅できるといった、とんでも野郎なのである。
だからこそ、団長が【隕石落とし】を使うためには国の許可が必要なのだ。そりゃそうだ。街ひとつ破壊できるようなニンゲンなのだ。本来なら、危険度S級モンスターとして、国から討伐隊が編成されてもおかしくないのだ、この団長は。
「ん? ツキトくん? 先生の顔をそんなに真剣に見つめて、どうしたんですか? もしかして、先生にお尻を掘られたい気分になりました?」
「いや。団長に尻を掘られる気は全くもってないからな? それより、団長が、その【呪いの腕輪】を身につけたら、どうなるのかなあって思ってな?」
「さて、どうなるんですかね? 先生が装備したら三日も経たずに自壊するかもしれませんねえ?」
ふーん。団長の三日分の魔力を貯めこむことができるのかあ。多いような少ないような、よくわからんシロモノだなあ?
「【呪いの腕輪】自体にレア度が存在するんですよ。魔力を1万貯めこんだ時点で自壊するモノと、魔力を10万貯めこんでも自壊しないモノがです。よく物語に登場するような魔王が、隠された実力を追い詰められた時に発揮するって言われているじゃないですか? それは、この【呪いの腕輪】が関わっているのでないかと先生は仮説を立てているんですよ」
「へーーー。団長って物知りだなあ。もしかして、魔王と実際にやりあったことがあったりするのか?」
「いや、さすがに先生も魔王とはやりあったことはありませんよ? でも、近々、その魔王が復活するのではないかと魔術師サロンでは研究結果を発表していたりします。アマノさんは魔術師サロンの所属しているので、その辺りは耳に入っていますよね?」
「そうですわね。でも、地震予報と同じくらいあてにならない発表なので、また、言い出しやがったよ、こいつら。ただ、研究費を国から捻出してもらうための建前だろうと、他の研究者から冷ややかな眼で視られていますわ?」
アマノの言いに団長が、はははっと苦笑いをしだすのである。
「確かに、毎年毎年、魔王が近々復活すると言っていますね、彼らは。でも、それを裏付けるかのように国が動き出しているんですよね」
団長がそこまで言って、俺には思い当たるモノがある。
「そうか。【根の国】探査団の主目的は、魔王の復活を探るためってことなのか? 団長!」
「さすが、勘だけはするどいツキトくんですね? 先生もそう睨んでいるわけです。ですから、国としては異例の好待遇で冒険者に【根の国】の調査をやらせようとしていると先生は勝手ながら想像しているわけです」
「ぶひひっ。魔王が復活するのデュフか。ならば、魔王専用の防具も目覚めるというわけデュフね?」
魔王専用の防具? なんじゃそりゃ?
「ツキト殿。この世には勇者の鎧一式が存在するのデュフ。ならば、そのライバル関係である魔王の鎧一式も存在するのデュフよ。勇者の剣は、この世の魔なる存在全てを斬り伏せると言われているのデュフ。しかし、魔王の鎧はその勇者の剣から身を護ることができる唯一無二の鎧というわけなのデュフ」
「ジョウさん。やけに詳しいなあ? もしかして、ジョウさん自身が魔王だったりとかのオチじゃないよな?」
「勇者の伝承とセットで魔王の伝承も伝えられているのデュフ。まあ、ぼくちんが知っているのはドワーフ族の村での伝承デュフ。魔王復活するとき、また、地上には神が遣わせた勇者が現れる。ニンゲン族にも似たような伝承が残されているはずデュフよ?」
「って、ジョウさんが言っているけど、団長は知ってるか? そんな魔王の伝承っての」
「さあ? 先生は自分の家系が何やってたかすら知らされなかった男ですからね。この前、バンパイア・ロードくんに、先生の先祖が英雄と呼ばれてたってのを知って驚いたくらいです。そんな先生が魔王の伝承なんて知っているわけがありません」
「お、おかしいデュフね? ニンゲン族では、魔王の伝承は言い伝えられてないのデュフ? ドワーフ族では文書や書物では残されていないものの、口伝では語り継がれているデュフよ?」
「エルフ族でも、魔王の伝承は口伝で語り継がれているんだゴマー。おかしな話なのだゴマー」
ドワーフ族のジョウさんと、エルフ族のゴマさんが不思議そうに俺や団長の顔を視るわけである。まあ、ニンゲン族は上から下の身分まで色々と居るからなあ。俺たちみたいな冒険者に身を落としているような輩では、その魔王の伝承を知らないのは、当然といえば当然のような気がするんだよなあ。
「なあ。アマノの家では、魔王の伝承は語り継がれてきたわけ?」
「いいえ? 私の家系はツキトもご存知のように、庶民も庶民の家系なのですわ? ですから、勇者の伝承は知っていても、魔王の伝承は知らないのですわ?」
まあ、俺の予想通りの返答だよな。
「ニンゲン族でも貴族連中なら何か知ってそうだなあ。なあ、団長。貴族を締め上げて、魔王の伝承が語り継がれてないか、聞いてみたらどうだ?」
「それも面白そうですね。機会があれば、貴族のキクテイくんあたりにでも拳で語り合ってみますか。【根の国】探査団の件についても、詳しく内情を探ってみたいと思っていたことですし。一拳二鳥とは、まさにこのことですね?」
貴族如きが団長の腹パンでも喰らったら、昼に喰ったモノを全部、吐き出して、さらには1時間ほど地面でのたうち回りそうな気がするなあ? 団長。間違っても殺しはダメだぞ? 貴族連中はしつこい奴が多いんだしな? いくら正当防衛を掲げようが、何かしらの嫌がらせはしてくる奴らだしな?




