ー残暑の章32- 神帝暦645年 8月22日 その16
「しょうがないなー。お父さんー、アマノさんー。絶対に他のひとたちが試着室に近寄れないように警戒していてねー? 今から、全部、脱ぐからー」
そんなことをいちいち宣言せんでよろしい。ほら、見ろ。ジョウさん、ヒデヨシは当たり前として、唯一の常識枠であるはずのゴマさんまで、ゴマー! ゴマー! と鼻息を荒くして、さらにはやらしい顔つきに変わっちまっただろうが。
「おい。お前ら、言っておくが一歩でもその場から動いてみろ? 俺が得意とする火の魔法で、この店を焼き尽くしてやるからな?」
俺はそう言いながら、左のポケットに仕込んであった呪符を3枚取り出し、性なる獣たちの眼にその呪符を突き付けるのである。
「ぐううう! これはいかんともしがたいのデュフ。この店を燃やし尽くされたら、僕ちん、行き倒れ確定なのデュフ!」
「ツキト殿。やめてほしいのだゴマー。自分の働き先が燃えてしまったら、女房や娘たちに食べるモノを買ってくることができなくなるのだゴマー」
「ウキキッ。別にわたくしはこの店が燃えようが、わたくし自身には損害はないのですウキキッ。あっ、すみません。嘘です。だから、黒の首輪をわたくしの首につけようとするのはやめてくれなのですよウキキッ!」
ジョウさんとゴマさんが、あらん限りの力を使って、縄でヒデヨシをがんじがらめにして、さらにその首に黒の首輪を取り付けるのであった。
「ウギギッ! アマノ殿のおっぱいをガン見しただけで、首がしまるのですウギギッ!」
「おい。ヒデヨシ。お前、拙僧なしすぎるだろ。うちの嫁のおっぱいもこっそりガン見してるとは思っていなかったぜ……」
まったく、この性欲の塊を自分の徒党に入れておいていいのか本当に不安でしょうがないんだが? まあ、いいか。黒の首輪を首につけられた以上、ヒデヨシが徒党内の女性陣に手を出す心配は、これで無くなったも同じだしな。
「よおおおし、ユーリ。一番の不安材料は解消されたぜ? さっさと脱いで、さっさと伝説のスクール水着を着るんだ!」
「わかったよーーー! てりゃあああ! うおおお! ふんぬぬぬーーー!」
なんで、水着を着用するだけに、そんな気合の入った声をあげなきゃならんのだ、この娘は。俺はもしかして、ユーリの教育を失敗してきたんじゃなかろうな?
「うふふっ。子は親に似ると言いますからね? ツキトも寒い朝の日に布団から出ようとするときは、同じような気合の入った声をあげていますわ?」
なんだと? じゃあ、やっぱり、俺の今までの教育が間違ってきたってことか! くっ。こんな、頭のネジの緩そうな娘に育てて、悪かったな。今更、直るものでもないだろうから、諦めてくれ、ユーリ。
と俺がこんなことを思っていると、ユーリの着替えが終わったようで、試着室のカーテンがバッ! と横に開かれることになる。
「ふっふっふー。あたしが伝説の防具に選ばれるなんて、思ってもみなかったよー。やっぱり、物語の英雄は伝説の防具を着こなしていないとダメだよねー?」
って、あなた誰ですか? 試着室の中から出てきたのは、ユーリとは似つかぬ少女であったのだ。
「あらあら。これは不思議なことが起きたのですわ? 声から察するにユーリなのでしょうが、視た目が全く変わっているのですわ?」
そうである。声は確かにユーリそのものなのである。だが、容姿は全く別モノなのだ。黒髪でロングストレート。ユーリを象徴する紅い瞳の色は漆黒のモノに変わっている。さらにだ。なんと、BカップであったはずのおっぱいがDカップになっているのである! これはいったいぜんたい、どういうことなんだ!?
「んー? なんで、みんな、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしているのー? あたしの水着姿がそんなに似合っているっていう動かぬ証拠なのかなー?」
「なあ。つかぬことをお伺いするんだが、お前、本当にユーリなのか? 声と顔の輪郭以外、ユーリっぽくないぞ?」
「何を変な事を言っているのー? お父さんー。娘の顔を忘れるなんて、本当に畜生な父親だよーーー!」
うん。これは多分、中身はユーリだな。この変な言い回しがユーリそのものだ。となれば、伝説のスクール水着の伝承から考えれば、これを装着したモノは、黒髪ロングで歳は12歳から24歳の視た目。さらには、おっぱいは強制的にDカップに成長させられることになるわけか……。
まあ、とりあえず、ユーリ自身にも何が起きているのか理解させるために、試着室に備え付けられた大き目の鏡で自分の姿を確認するように促す俺である。
「うおおおーーー! これ、いったいぜんたい、誰なのーーー!? あたしはユーリであって、ユーリじゃないってことおおおーーー!?」
本当に、言っていることが哲学的だよな。まさに、お前、誰だよ状態だもんなあ。
「うーーーん。これはこれで捨てがたい気がしてきたよー。でも、瞳の色まで変わるのはナンセンスかなー? あたしの一番の特徴たる真紅の瞳が真っ黒になったんじゃ、台無しだよー」
何がどう台無しなのかどうかはわからんが、ユーリの真紅の瞳は特徴的なのだ。ニンゲン族において、持てる魔力が強いかどうかは瞳の色が関わっていると、魔術師サロンでは提唱されていたりする。ちなみに紅い色の瞳の場合はもともと持っている魔力がD級あたり。そして、蒼い瞳は生まれながらにして、魔力C級以上と言われているのである。
もちろん、これは傾向の話であり、自分に備わっている魔力量は訓練を通じて、その桁を上げることは可能である。だが、ここにも才能がまとわりつくものであり、上限値はヒトそれぞれに決まってくるようなのだ。
だから、紅い瞳や蒼い瞳だからと言って、魔力の上限値までもが高いかどうかまでは、訓練を積み重ねてみない限りはわからないのである。あと、余談であるが、【欲望の団】の首魁である団長は蒼い双眸である。それ故、団長は駆け出し冒険者の時点で、土・火の魔法、両方とも魔力C級という、とんでも野郎だったのだ。
ここで【双眸】という言葉を出したが、片方だけ蒼い瞳、紅い瞳というニンゲンも居る。その場合の傾向として、2系統の魔法のうち、1系統だけ魔力が優れているというような感じになるのだ。
そして、御存知の通り、我が娘のユーリは真紅の双眸であり、元々、備え持っている魔力の量は人並み以上とわかりきっていたので、団長はユーリのために魔力検査と魔力回路の開放に投資したというわけなのだ。
まあ、団長の予想外だったことは、ユーリが水・風ともに魔力C級だったってことだな。いいことろ、魔力D級の上がせいぜいだと踏んでいただけに、団長の期待度の高さはうなぎのぼりとなったわけだ。おかげで、俺はユーリの育成係として、第2の人生を歩むことになるわけなのだが?
「うふふっ? 何が第2の人生なのですわ? まだまだ、現役バリバリの冒険者じゃありませんか? ツキトは」
「いやいや。だから、俺の心を読むのはやめてくれませんか? アマノさん。現役なのは現役だけど、10年以上もC級冒険者をやっているような落ちこぼれだぜ? 俺は。才能無しが日々の生活費のために仕方なく、冒険者を続けているだけだ……」
俺は冒険者では成り上がることは、ついには果たせそうもないが、これはこれで良いだろうと俺自身はそう思っている。ユーリを立派な冒険者に育て上げ、その実績を団長に買われて、【欲望の団】の新人育成係として、この先、生きていくのも悪くもないかなと最近は思うようになったんだぜ?
「その辺り、どうなるかは、団長の思惑次第だと思いますわ? あの団長が、ただの新人育成係だけということで、ツキトを【欲望の団】に縛り付けておくとは思えないのですわ?」




