ー残暑の章29- 神帝暦645年 8月22日 その13
「あたし、ふと思ったんだけどー。杖とかの先に魔法結晶を括りつけておけば簡易的な魔法の道具になるんじゃないのー?」
ユーリの言う通り、それは誰しもが思うことではあるな。
「魔法結晶に魔力を貯めこむこと自体は簡単なんだデュフ。それこそ、魔力回路が開いていないニンゲン族でも、その身に宿る魔力をそこに注ぎ込むことが可能なんだデュフ。しかし、問題は魔法結晶から魔力を取り出すには技術を要するんだデュフ」
「うふふっ。今でこそ、魔法結晶の生成と、そこから魔力を取り出す技術は魔術サロンで確立されたおかげで、ご家庭でも、水道、トイレ、コン=ロン、お風呂と生活がかなり楽になってきましたわ? でも、それなりの設備が必要になってきますので、やはり、魔法結晶を武器に取り付けて、そこから魔力を取り出すようなことは出来ていないのですわ?」
「なるほどー。魔法結晶って便利そうで不便なんだねー? でも、コン=ロンサイズに小型化が進んできているんだから、武器や鎧くらいにはなんとか利用できそうな気もするけどー?」
「ぶっちゃけ、鎧にコン=ロンをそのまま縄で縛りつけたほうが早いデュフね。ツキト殿辺りが胸にコン=ロンを縛り付けておいて、そのコン=ロンから炎でも出せば良いんだデュフ!」
「そんなことしたら、顔が焼けるわ!」
と、俺は思わず、ジョウさんに素早いツッコミを入れてしまうのである。
「大体、俺は火の魔法が使えるのに、なんで、俺の鎧の胸の部分にコン=ロンなんか仕込む必要があるんだよ。そこは火の魔法が使えないヒデヨシの出番だろうが!」
「ウキキッ。結果がさんさんたるものになることが眼に視えているのに、そんな馬鹿なことをするニンゲンなど、いるわけがないのですよウキキッ!」
まあ、それもそうだよな。あとちなみに数多くある魔法の道具であるが、一番、冒険者の中で利用されているモノといえば、縦横10センチメートルの四角い立方体の箱の外側にスイッチがついているものである。これは何のためにあるのかというと、その中身には水の魔力が込められた魔法結晶が仕込まれており、その箱のスイッチを押せば、その箱の穴から水が湧きだすという便利なモノだ。
大人の男のこぶしより少し大きいくらいの魔法結晶であれば、風呂2杯分の水を具現化できるため、水を確保しにくい場所にクエストに行く際には重宝するというわけだ。
まあ、そもそも、水の魔法が使えれば、そんな魔法の道具を準備なんかしなくてもいいんじゃないかというツッコミをもらいそうであるが、そもそもとして、魔法を使うための魔力回路を開く金額が金貨30枚(※日本円で約300万円)であり、さらに、水の魔法が使える可能性があるのは、ニンゲン族なら、ほぼ女性と限られてくるわけだ。
やはり、冒険者稼業というものは、危険、汚い、歳を取るほどきついと3拍子揃っているため、どうしても、固定の徒党であっても、女性が先に離脱するケースが出てきてしまう。そんな時、一時的にではあるが、この水の出る魔法の箱を使って、洗濯、手洗い、風呂などを済ますのだ。
あとはこれを多く使うとしたら、駆け出し冒険者だな。魔法結晶自体はそれほど高いものでもなく、この水の出る魔法の箱も銀貨2枚も出せば充分おつりがくるくらいの値段である。
「うふふっ。ツキトは最近、火の魔法を使うのが億劫なのか、火の出る魔法の箱でタバコに火をつけているのですわ? 確か名前はラ・イターでしたわよね?」
「そうそう、アレ、便利なんだよ。ポケットにタバコの箱と一緒に入れれるくらいのサイズだし、いちいち呪符を消費したり、魔法の詠唱を唱えなくていいからな。あと、マッチ棒だと、どうしても、使ったあとの処理に困るからさあ?」
俺の使っているラ・イターは縦8センチメートル、横4センチメートル、奥行き2センチメートルの直方体の箱であり、やや大きいのであるが、もっと小型のモノとなると値段が10倍にもなるので、俺はこのサイズで我慢していたりする。
「マッチ棒は気にするくせにタバコの吸い殻はその辺に捨ててるよねー? それって、ダメだと思うんだけどー?」
「まあ、携帯灰皿は意外と値が張るからなあ? マナーが悪いとは思いつつも、ポイッと捨てちまったほうが楽だしなあ?」
「ぶひひっ。これだからタバコ中毒者は嫌なのデュフ。昨今、タバコの不始末で家が火事になるご家庭もいるデュフよ? ちゃんと、後始末をするべきデュフ!」
そんなの、寝タバコしている馬鹿にでも言ってくれ。俺の家庭では、アマノが俺の吸い殻に水の魔法を使って、しっかりタバコの火を消してくれているから、そんな心配は、ほっとんどないぜ?
「うふふっ? あんまり寝室でタバコを吸われるのは、嫌なんですけどね? 出来るなら、ベランダで吸ってほしいところなのですわ?」
「うーーーん。それはわかるんだけどさあ。やっぱり暑い夏とか、寒い冬の時に、わざわざベランダでタバコを吸うのって、つらいんだよな。なあ、ゴマさんよ?」
「確かに、真冬にベランダで吸うタバコは、自分、ガチで凍え死ぬかと思うくらいにつらいんだゴマー」
ゴマさんのご家庭は、小さい娘さんたちが居るだけあって、なるべく家の中でタバコを吸わないようにと、嫁さんの手により、ベランダに追い出されて、そこでタバコを満喫しているそうだ。
「そんな真冬に寒い思いをしてまで、タバコを吸う理由がまったくわからないよー? もしかして、タバコに脳みそを破壊されてたりするのー? 喫煙者っていうのはー?」
「まあ、タバコで脳みそが破壊されているってのは、否定できんな。俺もガキの頃はなんで、こんな臭くて、煙を吸い込むだけで咳き込むようなゴミを大人は好んで吸うんだろうな? って不思議に思ったもんだよ。でも、気付くと手放せなくなってんだよな?」
「そうゴマねー。やめようやめようとは思っているんだゴマーけど、ついつい、次のタバコに火をつけてしまうんだゴマー」
さすが俺と同じ喫煙家のゴマさんである。俺と思っていることが同じなのだ。
「ところで、なんでタバコの話をしているんだっけ?」
「ウキキッ。魔法の道具の話をしていて、火の出る魔法の箱【ラ・イター】になって、そこからタバコの話になったのですよウキキッ!」
ああ、そうだった。そうだった。いや、しかし、毎度のことながら、話が横道にそれちまうもんだぜ。
「水の出る魔法の箱だろ? それに、ラ・イターか。あとは魔法の道具で主流なモノってなんだろうな?」
「ぶひひっ。やはり、そこで忘れていけないのは結婚指輪なのデュフ。そもそも、魔法結晶が発明されたのは宝石の類に魔力を込めることができることからなのデュフ。簡単に言うと人工的に作られた宝石に似たモノが魔法結晶なのデュフ。その祖たる宝石が埋め込まれた結婚指輪を魔法の道具と言わずになんと呼ぶのデュフ?」
「確かにそうだな。結婚指輪に埋め込まれている宝石自体は小さいモノだけど、魔力を込めることは可能なんだもんなあ?」
「うふふっ。だからこそ、呪いの道具である黒の首輪と相互作用を起こすことが出来るのですわ? うーーーん、やはり、黒の首輪をひとつ、ジョウさんのお店で買っておきたくなってきたのですわ?」
「ぶひひっ! 毎度ありがとうございますデュフ! ツキト殿には通常の3倍、首を締め上げるモノをご用意させてもらうのデュフ!」
「あほか! 首が締まりすぎて死んじまうわ! アマノさんよ? 買うのは別にかまわんが、きっついのはやめてくれよ? ユーリを視ているだけで、首を絞められるのはたまったモノじゃないからな?」
「そこは大丈夫なのですわ? 黒の首輪は、嫁以外の女性の【胸】を30秒凝視すると呪いを発動するのですわ? ツキトはユーリの胸に関心がありまして?」




