ー残暑の章23- 神帝暦645年 8月22日 その7
ジョウさんの腕を信じてないわけではないが、一応、チェックのために修繕が終わった鎧を自分の身に装着してみる俺である。両腕に籠手を装着し、軽く腕を振ってみる。
「うん。良い感じに仕上がっているな。さすがジョウさんだぜ。きっちり直してくれたのか」
「ぶひひっ。ぼくちんの腕を信じてないデュフか? 中古品同様には仕上げてあるデュフよ?」
「そこは新品同様って言ってほしいところだぜ。まあ、この鎧も3年近く使いこんでいるもんな。新品同様なんて言うほうがおこがましいかなあ?」
いくら、腕の立つジョウさんの手による修繕と言えども、今回ばっかりはちょっとばかし、鎧に無茶をさせたみたいだなあ。歪み自体は直っているが、鎧の表面の傷ばかりは、ジョウさんの腕前でも消しきれてないのが、ひと目見ただけで、よくわかるのであった。
「E級、D級冒険者じゃあるまいし、C級冒険者なら2年に一度は買い替えてほしいところデュフよ?」
「そう言われてもなあ? 今度、買い替えるとしたら、部分的じゃなくて、全身、買い替えになっちまうから、結構、出費が痛そうなんだよなあ……」
「うふふっ。これから家族が増える可能性を考慮すると、なかなかに新品の鎧を一式買い揃えるのは難しいのですわ?」
「中古で良いから、具合の良さそうなのが見つかると良いんだけどな? 中古品は体格が合うモノがなかなかに一式揃わないところが痛いんだよなあ」
「現役引退者でも出ない限りは、中古品で一式揃えるなんて難しい話デュフ。それよりも、勉強させてもらうので、僕ちんオリジナルの鎧を身に着けてほしいところデュフよ?」
それもそうなんだが、俺は今年で40歳だからなあ? いつまで本格的なクエストに出続けれるか、わかったもんじゃないしなあ? 特に去年は団長のクエストに荷物持ちとして同行した回数のほうがよっぽど多かったしなあ?
「お父さんー。この前のお盆進行でがっぽり稼げたじゃないー。そのお金で新品の鎧を買っちゃえば良いのにー」
「あの金は老後のために貯金しておかないとダメなんだよ。あんな高額報酬にありつけるなんて、この先、あるかどうかわからないからな?」
「ぶひひっ? お盆進行で、大金をせしめたのデュフか? それならケチケチせずに新品の鎧を一式、注文してほしいところデュフよ?」
「うーーーん。難しいところだなあ。所詮、俺はC級冒険者だしさ? アマノも表向きは現役を引退しているんだ。これから先のことを考えると、どうしてもちゅうちょしてしまうって言うかさ?」
団長も、俺のこれから先の冒険者生活は、新人育成を主に任せるみたいなことを言ってしたしなあ。下の位階の冒険者のクエストに同行することになったとしても、新品の鎧が必要なのか? って、俺自身、疑問があるんだよなあ。
「うふふっ。ツキトはB級冒険者になる気はないんですものね? もったいない話なのですわ?」
「ウキキッ。本当にもったいない話なのです。ツキト殿はB級冒険者試験を受ける気はないのですか? ウキキッ」
「これっぽちも無いな。俺は万年C級冒険者がお似合いだぜ。お前ら2人は俺の実力を見誤っているんだよ。俺の才能は俺自身がよおくわかってんだよ。それよりも、ヒデヨシ。お前は俺のことを気にかけるより、自分の試験のことでも考えておきな?」
「ウキキッ。それもそうですね。本人にやる気がないのに、B級冒険者へと促しても無駄なことなのですよウキキッ」
アマノといい、ヒデヨシといい、なんで俺に対する評価はこんなに過大なんだろうな? 俺はあの徒党メンバーを失った事件で自分の実力の無さをほとほと痛感させられているっていうのに。
「ぶひひっ。ツキト殿が出世して、ぼくちんのお店でたくさんお金を落としてもらうのは、いっそ、諦めたほうが良いのかもしれないデュフね。アマノ殿も表向きは引退を表明しているだけに、新規顧客を見込んだほうが良さそうなのデュフ……」
「まあ、そうしてくれよ、ジョウさん。うちの【欲望の団】でも、ジョウさんの防具店を利用するようには声をかけておくからさ? もちろん、男連中のみにだけど」
「ひどい話デュフ! ぼくちんから女性を取り上げるのはやめてほしいのデュフ! ぼくちんは結婚したいのデュフ!」
「それこそ無茶な話だぞ? 結婚するってなると、ジョウさんでも子供は欲しいだろ? 冒険者の8割近くはニンゲン族だぜ? ドワーフ族で冒険者でさらに女性となると、すっごく限られてくるんだぞ?」
「あれー? そういえば、不思議だったんだけど、なんで冒険者稼業って8割もニンゲン族が締めているのー? それっておかしくないー?」
そういや、ユーリにその辺りの事情を説明してなかったな。
「んとだな。ユーリ。そもそもとして、ドワーフ族とエルフ族とかのヒト型種族はニンゲン族と比べて、その数が少ないってのも要因のひとつなんだが、もうひとつ、決定的なことがあるんだよ」
「うふふっ。ドワーフ族とエルフ族は一芸に秀でた種族なのですわ? ジョウさんは見た目、豚ニンゲンに見えますが、もちろんドワーフ族なのはわかりますわよね? ジョウさんだけとは言わず、ほとんどのドワーフ族は土の魔法が得意なのですわ? ですから、それが関係して、建築や、はたまた武器防具の作成などに適正をもっているのですわ?」
「うーーーん? どういうことー? もっとわかりやすく説明を求めるよー」
「だからな? ドワーフ族は生まれながらにして、モノづくりが得意なんだよ。だから、生きていくためになんら困らないわけ。だから、ジョウさんみたいなヒト型種族として、ニンゲン失格な性格、いや人格をしていても、仕事にあぶれることがないわけな?」
「エルフ族も風の魔法が得意かつ、【風の加護】を与えらていますわ。ゴマさんは例外として、ほとんどのエルフは知力が高いのですわ? ですから、そちらの方面の仕事では引く手はあまたなのですわ?」
まったく、同じヒノモトノ国の国民として、ドワーフ族とエルフ族が羨ましい限りだぜ。
「んっと。ニンゲン族はもしかして、特徴というべき特徴がないからこそ、職にあぶれて、冒険者になるしかないひとたちが多いって認識で良いのー?」
「そういうこと。そもそも冒険者稼業ってのは、まともな職につけないニンゲン族のために国が用意した受け皿なんだよ。だから、どうしても、冒険者はニンゲン族だらけになっちまう。エルフ族やドワーフ族とかで冒険者やってるのはやりたくてやっている奴くらいしかいないんだよ」
「なるほどー。アマノさんはともかくとして、お父さんって、普通の職業につけなさそうだもんねー?」
「うっせえ! 俺だって気にしてんだよ! なんで、こんな命のやりとりをしなきゃ生きていけないのかって、若い頃は悩んだもんだよ!」
「うふふっ。ニンゲン族は会社に所属しても営業職と事務職くらいしか席はないのですわ? 研究職はエルフ族が、モノづくりはドワーフ族が席巻してしまうのですわ? それが嫌なら、ニンゲン族は兵士か冒険者になるしかなくなるわけなのですわ? 幸い、街から外に出れば、モンスターが群れをなしてくれているのですわ。おかげで冒険者でも喰いっぱぐれは無いということですわ?」
「ウキキッ。世知辛い世の中なのですウキキッ。兵士になれば給料制なので生活は安定しますが、そもそも、給料が安いのです。それなら命の危険があっても一攫千金を夢見るのが若者というものですよウキキッ!」
そう、ヒデヨシの言う通り。ニンゲン族の場合、会社で一角のニンゲンになれるような才能がないのであれば、命を賭けるしかなくなるのである。ああ、できるなら俺だってドワーフ族やエルフ族に産まれたかったもんだぜ。
「ぶひひっ。ぼくちん、ドワーフ族に産まれて良かったのデュフ。おかげで喰いっぱぐれの心配はないのデュフ! あとは綺麗どころのお嫁さんが欲しいのデュフ。ツキト殿、ぼくちんに女性を紹介してほしいのデュフ!」
「ジョウさん、俺たちの話を聞いてなかったのかよ? さっきも言ったけど、冒険者やってるようなドワーフ族でさらに女性となるとほっとんどいないんだよ。それで綺麗どころかなんとか贅沢なことなんて言えないぞ?」
「冒険者かつドワーフ族で、さらに女性って言えば、【欲望の団】に所属しているのはあのひとだけですわ? 顔はそこそこですけど、確か彼氏持ちじゃなかったかしら?」
「あたしと同じD級冒険者のチヨさんだよねー? たしか彼氏は同じドワーフ族のカズトヨさんだったよねー? 2人ともC級冒険者になったら、結婚するって聞いたよー?」
「ぶひいいい! ツキト殿は交遊関係が狭すぎるのデュフ! ぼくちんのためにドワーフ族の女性と仲良くなってくるデュフ!」
いや、そもそも、ジョウさんに女性を紹介したら、俺はその女性にぶん殴られる可能性があるから、嫌なんだけどな? あと、アマノにはジョウさんに女性との間をとりもつような真似をするなとも釘を刺されているしな。すまん、ジョウさん。ジョウさん自身がどうにかしてくれ。俺がジョウさんのために出来ることは何ひとつないと断言しても良い。




