ー残暑の章16- 神帝暦645年 8月21日 その12
セ・バスチャンさんとの打ち合わせを終えた俺たち4人は、館のクエスト用に使うための武器を手に入れるために、武器屋に寄って行くことにする。
「うおーーー。ヒノキの棒って、予想以上の品ぞろえがあるんだねー。前に武器屋に来たときは錫杖しか興味がなかったから、眼に入ってなかったよー!」
ユーリが眼を大きく開いて、まじまじと陳列されているヒノキの棒に見入っている。前回、この武器屋に来た時には、本当に自分が使うであろう武器しか目に入ってなかったのがうかがい知れる。
「まあ、ヒノキの棒はE級の冒険者なら普通、必ず装備するもんだからなあ。ユーリがいきなりまともな錫杖を装備しているほうがどっちかというとおかしいだけだ」
俺はあきれ半分でユーリにそう告げるのであった。あまりにユーリを特別扱いしすぎたのが、ユーリの視野の狭さに繋がっているのであろう。この点は俺の反省すべき点だな。注意しておこう。
「うふふっ。私も駆け出しの頃はヒノキの棒を装備していたものですわ。なんだか、懐かしいのですわ? 私も今回のクエストは久しぶりにヒノキの棒で挑もうかしら?」
「ウキキッ。では、皆さんで、ヒノキの棒でチャレンジしてみますかね? ウキキッ」
「幽霊相手なら、ヒノキの棒のほうが、懐剣よりは効き目が高いからなあ。俺は1.5メートルの短槍を持ち込む予定だったけど、ヒノキの棒にしちゃおうかなあ?」
俺たちは懐かしい心持ちで、まじまじとヒノキの棒を品定めしているのである。すると、俺たちの後ろのほうで、駆け出しっぽい冒険者たちが、ひそひそと会話をしているのであった。
「ねえねえ。聞いた? ヒノキの棒って、ベテランの冒険者のひとたちも、べた褒めしてるよ?」
「うん。俺、なけなしの金を出して、長剣を買おうかと思っていたけど、ヒノキの棒にしようかな?」
長剣も駆け出し時代には悪くはないけど、手入れが面倒らしいんだよな。結局、ヒノキの棒も長剣も、モンスターをぶっ叩くって点では変わりないんだよ。
でも、長剣の利点としては、ヒノキの棒より射程が長いんだ。あと、ぶっ叩くだけでなく、突き刺すということもできる。
だが、やはり、駆け出しが使うようなモノは鉄製なだけあって、曲がりやすいのが長剣の欠点である。刀身が曲がれば、突き刺すのも満足にできやしないということだ。だから、基本、ぶっ叩いて使う長剣の利点は射程があり、ヒノキの棒よりは叩きの威力が高いという点しかない。
それと、射程が長いということは重量も増すということで、振り回すのに時間がかかってしまうわけである。1発の威力は高くても、結局、短時間で、ヒノキの棒で数多くぶっ叩きまくったほうが、ダメージを稼げてしまうわけだ。
「ウキキッ。そこの駆け出しっぽい冒険者くん? わたくしで良ければ、長剣と、ひのきの棒の違いを説明するのですよ? ウキキッ」
おっ? さすが、世話焼きのヒデヨシだぜ。後ろで俺たちの会話を盗み聞きしている駆け出し冒険者に助言をするみたいだな?
「うふふっ。ヒデヨシさんはお人良しなのですわ? 武器については、所属する一門の先輩方がいろいろと助言すると思うのですわ?」
「ウキキッ。これは性分なのですウキキッ。まあ、趣味も半分、入っているのですがウキキッ。では、きみたち、10分ほど、時間をいただくのですよウキキッ」
ヒデヨシはそう言うと、ヒノキの棒がどれほど素晴らしいのか、ご高説を開始したのである。
「あたしもヒデヨシさんの話を聞いておこうかなー?」
「おう。そうしておけ。師匠からだけじゃなく、他のニンゲンからも情報を仕入れるってのは、大事なことだからな? それがのちのち、ユーリにとって、糧になるってもんだ」
「わかったよー! ヒデヨシさんー。あたしにもヒノキの棒の解説を聞かせてちょうだーい!」
ふむ。やはり、自分が使う武器の特性はしっかりと理解しておかないとな。さて、俺はどうしようかな? 短槍にするか、それとも、ヒノキの棒にするか……。
「なあ、アマノ。お前は懐剣とヒノキの棒、どちらを選ぶんだ?」
「うーーーん。難しい質問ですわ? 一度、職人の業が込められたヒノキの棒を使ってみたい気持ちもあるのですわ?」
「まあ、難しいよなあ。いっそ、銅貨を宙に放り投げて、それの裏表で決めちまうか?」
「うふふっ。それは面白いのですわ? では、表が出たら、ツキトは短槍、私は懐剣。裏が出たら、2人ともヒノキの棒にするのですわ?」
アマノの示した選択肢に俺は了解し、財布から銅貨を1枚取り出し、それを右手の親指に乗せ、キンッ! という音とともに、宙へ弾き飛ばす。そして、それを右手の甲と左手の手のひらで挟み込み、キャッチする。
「どれどれ、どうなることかな? っと、裏か。ふむっ、これは天の啓示ってやつなのかな? ヒノキの棒に決定だな。さあて、どれを選ぼうかなあ?」
「あらあら。ヒノキの棒に決定ですわ。では、私は奮発して、銀貨4枚(※日本円で約4000円)の魔法用の紋様が彫られたヒノキの棒を選ばせてもらうのですわ?」
「おっ? なかなかに意匠が凝っているのを選ぶんだなあ。俺は、火と風の魔法が主体だから、ぶん殴れれば良いだけだし、銀貨1枚のを選ぼうかな。うーーーん。長さはこれくらいあれば良いかな?」
俺は銀貨1枚と値札が貼ってあるヒノキの棒が入った箱をゴソゴソと漁り出す。握る部分を含まずに長さ50センチメートルほどあるヒノキの棒がちょうど良いんだよな。俺の体格だと。よっし、これにしとくか!
アマノは短めの長さ30センチメートルの魔法用の紋様が彫られたヒノキの棒を選ぶようだ。アマノは水の魔力がB級あるし、魔法を主体にして戦うんだろうから、そういう選択になったのであろう。
「うふふっ。これでバシバシッ! と幽霊を叩くのですわ? ああ、今から幽霊たちの悲鳴が楽しみなのですわ?」
あ、あれ? ぶっ叩くのが主体なのか? ま、まあ、アマノにとって、あれくらいの長さのほうがぶっ叩きやすいのであろうか? ……。深く詮索するのはやめておくか。
俺とアマノがそれぞれのヒノキの棒を選び終えた頃、ヒデヨシの講義が終わったのか、ユーリが自分の胸の前で腕組みをして、うんうんと頷きながら、ヒノキの棒の選択に入るのである。
「ヒデヨシさんの講義はタメになったよー。ぶっ叩くためだけなら、銅貨50枚。魔法の触媒に使うのであれば、銀貨2枚のモノも視野に入れなきゃダメなんだねー。あたしは、銀貨2枚のを買おうかなー?」
ユーリがそう言いながら、銀貨2枚と値札が貼られたヒノキの棒が入った箱をゴソゴソと漁り出したのであった。
ちなみに駆け出し冒険者の2人は銅貨50枚の箱を漁っているのであ。うーーーん。冒険者間の貧富の差ってのは、如実に現れるもんだなあ?
まあ、駆け出しの頃は武器はヒノキの棒を使っておけば間違いないが、防具選びのほうがよっぽど大切だしな。駆け出し冒険者はそっちのほうに金をかけるべきだ。うんうん。
「そういや、武器のことばかり頭にいっていたから、失念しそうになっていたけど、防具の整備って終わってるのかな? バンパイア・ロードとの戦いで、結構、痛んでしまったしなあ?」
「うふふっ。風の柱と炎の柱の合成魔法のせいで、鎧の一部が少し焼けてしまいましたものね。とどめにユーリの水の洗浄で大爆発でしたし。修繕に出したは良いのですが、果たして、どうなっていることやらですわ?」
「俺の鋼の胸当てと籠手は合成魔法の衝撃でかなり歪んじまったんだよな。アマノは急所部分は鋼製だけど、他の部分は基本、革製だもんなあ。いくら、火の耐性を上げていたと言っても、ちょっと焦げてたよな?」
基本、冒険者の防具と言えば、鎧と断言してしまうと語弊があるのだが、その鎧の下に着る割と丈夫な服だけ着ている冒険者ってのも居ることは居る。夏場と言っても、冒険者の服装は長袖、長ズボンが基本であり、その丈夫な服だけでも、水の猫のような小型モンスター噛みつきくらいなら、防ぐことができたりする。
まあ、火の犬のような中型犬サイズのモンスターの噛みつきとなると、やはり革製の防具が必須となるわけだ。鋼鉄製や鉄製と違い、革製の良いところは、比較的安価で、なおかつ、動きやすいという利点だな。
弓矢を主体として戦うエルフ族となると、鎧下に着る丈夫な服と、革製の籠手のみだったりもする。アマノはそれにプラスで胸当てを装着して、モンスターとの闘いをこなしているのである。前衛で闘う俺なんかの場合は鋼鉄製の籠手、脚絆、胸から腹にかけての部分鎧。さらには厚手のブーツとなるわけだ。




