ー残暑の章14- 神帝暦645年 8月21日 その10
セ・バスチャンさんがううむと唸りながら腕組をしている。そりゃそうだよな。幽霊、泣き女、幽体の雲以外が居る可能性があるなら、平均C級冒険者の4人組に任せて良いモノか判断がつかないわな。普通なら。
「わかったのでゴザル。当家としても、館の損害を考えれば、金貨40枚以上は出せないのでゴザル。あなたたち4人にこの依頼を任せるのでゴザル」
セ・バスチャンの決定に思わず、俺はほうと言ってしまうのである。
「あんた、なかなかに肝が座ってんなあ。俺は依頼を引っ込めるとばかり思っていたぜ?」
「かの有名な【欲望の団】の一門メンバーならば、もしやひょっとして、どうにかしてくれるのではないかという予想の下での判断でゴザル」
「ウキキッ。こちらとしても、そちらがわたくしたちの情報を調べていたとは意外なことなのですウキキッ」
ヒデヨシの言う通りだ。初めて依頼を出す時って言うのは、依頼者はその辺を調べるのをすっぽり抜け落ちていて、痛い眼を視て、次からの依頼では慎重に相手の素性を調べるって言うのにな?
「セ・バスチャンさんよ。あんた、本当に優秀だな。だけど、その優秀さが逆に裏目に出ない事を祈るぜ?」
「なあに。びわ湖周辺で3大・一門のひとつである【欲望の団】を知らぬとあれば、モグリも良いとこなのでゴザル」
「まあ、3大・一門って言われても、俺たちのところが一番、人数は少ないんだけどな? 団長がケチくさいのと、性格がアレなんで、団長についていけないって奴もいるからだけど」
「A級冒険者が2人も在籍している一門なのでゴザル。一般庶民にすら嫌でも【欲望の団】の名は響き渡っているのでゴザル。その一門員なら、きっとどうにかしてもらえるという判断なのでゴザル」
ちなみにびわ湖周辺での3大・一門って呼ばれてるのは、うちの【欲望の団】と、【偉大なる将軍】、それに【びわ湖賊同盟】である。
偉大なる将軍は所属人数:63人、びわ湖賊同盟は108人。それに対して、うちの欲望の団は31人と人数は少な目である。だが、それぞれの一門では、A級冒険者が1人に対して、うちは2人も居るということで、びわ湖3大・一門のひとつとして数えられているというわけだ。
ちなみにびわ湖賊同盟は今浜の街を拠点としてびわ湖の北の沿岸を縄張りにして活動しているため、うちの一門とは競合していなかったりする。
だが、偉大なる将軍は違う。元々は西の平安京という、このヒノモトノ国の首都で活動していたのだが、副王連盟というヒノモトノ国での3大・一門のひとつに追われ、平安京からここ、びわ湖周辺に流れてきたのである。
偉大なる将軍は大津を拠点にしているが、たまに草津にも依頼を受けに来る一門メンバーがいるため、うちの欲望の団と依頼を奪い合いになっていたりする。
「A級冒険者が2人も居る一門って異常なんだねー。偉大なる将軍でも、びわ湖賊同盟でも、A級冒険者って1名しか居ないんでしょー?」
「そうだぞ、ユーリ。A級冒険者ってのは、そもそもニンゲンをやめないとなれないからな? 今の世には、ニンゲン族では、A級冒険者ってのは12名しか存在しないんだ。ヒノモトノ国には大体1500万人くらいのニンゲン族がいると統計では出ているけど、マジでほんの一握りのニンゲンをやめた奴らが存在するってわけだ」
「うふふっ。1500万人のうちの12人って、とんでもない数字なのですわ。魔力A級のニンゲンのほうがよっぽど数が多いのですわ?」
「魔力A級は他のヒト型種族を含めてだけど、まだ200人近くいるもんな。それでも、魔力検査を受けているニンゲン族自体が少ないからであって、ヒノモトノ国全員のニンゲン族が魔力検査を受けてみたら、もっと増える可能性はあるもんな」
「ウキキッ。魔力検査をするための費用が高すぎるのが原因のひとつなのですウキキッ。いくら、そのニンゲン族が魔力回路を開く作業もあるからと言って、ぼったくりにもほどがあるのですウキキッ」
そうだよなあ。魔力検査とその魔力回路を開く作業で金貨30枚(※日本円で約300万円)を請求されるもんなあ。親が良い会社に勤めているか、もしくは貴族階級か、所属する一門に借金でもしない限り、そんな金を20歳手前のニンゲン族の若者に用意できるもんじゃないからなあ?
この費用がバカ高くて、D級冒険者の奴らはせいぜい、1系統しか、魔法を使えないのである。ユーリは団長の特別措置で費用を立て替えてもらったために風と水の魔法の2系統を使えるのだ。
まあ、その特別措置も、ユーリから溢れだす魔力を団長が感じなければ、それもなされなかったのであろうが。なんたって、最初から水、風ともに魔力C級なんて、そもそも希少なレベルだしな。
「ユーリ。才能ってのは、望んだからと言って、与えられるわけじゃないんだ。お前は自分に才能があったことを喜ぶんだな?」
「うんー。わかったー。でも、驕らずにいろって、お父さんは言いたいんでしょー? それくらい、あたしにもわかるよー?」
そうそう。才能があれば、それだけ、ひとに妬まれるんだ。ひとの嫉妬は怖いもんだぜ。ユーリは人知れず、誰かに妬まれ、憎まれる可能性があるんだからな? だからこそ、謙虚じゃなきゃだめなんだ。
「さて、話が横道にそれちまった。セ・バスチャンさんよ。俺たちが館から幽霊どもを追っ払ってやるぜ。ちなみにいついつまでにやらなきゃならないっていう制限はあるのか?」
「早いなら早いで越したことはないのでゴザル。できれば1カ月以内に頼みたいところでゴザル」
「そうかそうか。じゃあ、準備に三日、移動に一日。んで、幽霊退治に1週間程度ってところかな?」
「そんなに早くやってくれるのでゴザルか? 少し、急ぎ過ぎなような気がするでゴザルよ?」
「まあ、予定ではそれくらいってことだよ。もし、俺たちが予想している相手が居るとしたら、もう3日ほど伸びる可能性はあるな。一度、闘ってみないと、相手への有効策を見いだせないかもしれないからな?」
「予想している相手でゴザルか。ちなみに何が出てくると思っているのでゴザル?」
「うーーーん。よくてリッチで、悪けりゃビッグ・リッチってところかなあ。まあ、ビッグ・リッチが居たら、俺たちじゃ相手にならないから、普通のリッチであることを願っていてくれよ」
「リッチでゴザルか。館に住みつけば、その家に富をもたらすという。うーーーむ。退治してもらうのは少々、迷う所でゴザル」
「まあ、富をもたらしてくれる代わりに、幽霊を大量発生させてくれる存在だからな。結局、周辺の被害が大きくなって、もたらしてくれる富よりも損害のほうが大きくなっちまうから厄介なんだけどな?」
「ウキキッ。幽霊だけではなく、放っておけば、アンデット系も大量発生させるので、困った存在なのですウキキッ。早々に館から出て行ってもらうほうが懸命なのですウキキッ」




