ー残暑の章 9- 神帝暦645年 8月21日 その5
ユーリが契約の文言を読み上げていくと同時に、魔法陣の中に入っている、ネズミのこっしろーの身体がほのかに光を放つのである。
そして、ユーリがそれを読み終わると、こっしろーの身体から強い光が放たれる。うっわ、光り輝くネズミって、もしかして高く売れるんじゃねえの? と俺は不謹慎ながらもそう思ってしまうのである。
「ふう。これで良いんだよねー?」
「はい、お疲れ様です。体調に何か変化はありませんか? ユーリくん?」
「うんー。あたしはなんともないよー? でも、なんていうか、感覚的に、こっしろーくんの魔力と繋がっているってのがわかるよー?」
「僕もユーリちゃんの魔力を感じるのでッチュウ。自分の魔力がユーリちゃんに流れていくのと同時に、ユーリちゃんの魔力が僕に流れてくるでッチュウ。すごいでッチュウ。ユーリちゃんはもしかして、大魔導士なんでッチュウ?」
「大魔導士なんてほめ過ぎだよー、こっしろーくん。あたしは魔力C級程度しかないんだよー? そんなこと言ったら、団長なんて、超大魔導士になっちゃうよー?」
団長のことを超大魔導士なんて、ユーリが言い出すものだから、俺はつい、ぶふっと笑ってしまう。おっと、いかんいかん。団長が俺の顔を軽く睨んでいるぞ?
「本当でッチュウ? でも、この魔力の桁は、エルフの村のセナ姫に匹敵するほどなのでッチュウよ?」
「えっ? こっしろーくん、それは本当なのですか? セナ姫は風の魔力がA級ですよ? それに匹敵する魔力をユーリくんから感じるのですか?」
「そうでッチュウ。ユーリちゃんと繋がっているから言えるでッチュウけど、ユーリちゃんの魔力はそこらのニンゲン族やエルフ族よりも段違いに高いでッチュウ」
そうなのか。ユーリは4カ月前の魔法適性検査で風と水の魔力がそれぞれC級であったが、潜在能力としては、やはり団長の見込み通り、将来的にはA級に達するってことなのか。
「ユーリ、良かったな。こっしろーのお墨付きがもらえたぞ? このまま、魔力を高めていけば、A級だって夢じゃないぞ?」
「うーーーん。なんかそれってあまり嬉しくないなー。魔力A級のひとって、大概、おかしな性格の持ち主なんでしょー?」
ユーリがそう言ったあと、団長を指さすのである。おい、こら。やめなさい、ユーリ。ひとを指さしちゃいけませんって教えているだろ?
「ちょっと待ってください、ユーリくん。まるで先生がおかしな性格であるような言い方はやめてくれませんかね?」
ほら、気付かれたじゃないか。団長はアレでも自分ではまともなニンゲンだと思ってんだぞ? それを純粋な心の持主のユーリが指摘したら、傷ついちゃうだろ?
「団長ー。自覚がないんだねー? ああー、あたし、魔力A級になったら、団長みたいになっちゃうのかなー?」
「なにかすっっっごく失礼なことを言われている気がしますが、それは置いておいて、せっかく、使い魔との契約を済ませたなら、さっそく、【感覚の共有】を行ってみてはどうですか?」
「感覚の共有ー? それって、こっしろーくんの視ているモノが自分にも視えるってやつだっけー?」
「そうだな。それを使いこなせると、潜入調査とかが楽になるぞ? ちょっと、こっしろーとやってみろよ?」
「僕はどうすれば良いんでッチュウ?」
「こっしろーくんは、別に気にする必要はありませんよ? 普段通りにしていれば良いですからね?」
こっしろーが団長の言っている意味がいまいちわからないと言った感じである。そりゃ、そうだよな。使い魔となるのは初めての経験なんだろうし。あと、俺たちも自分の使い魔と会話できるわけではないので、正直、自分の使い魔がどういった感じで、感覚の共有をしているのかはわかっていなのだが。
ユーリが眼を閉じて、集中しだすのである。そして、次に眼を開くと焦点が合わない感じで、眼をきょろきょろと動かし始めるのである。
「う、うわあああーーー。巨人が目の前に3体いるよーーー!」
「ユーリ、落ち着けって。それは、こっしろーの視点から俺たちを視ているからだよ。慌てず、ゆっくりと周りを観察するんだ」
俺がユーリを落ち着かせるべく、ユーリの左手の甲に、自分の右手を乗せる。ユーリが無意識なのであろうか、俺の右手を握り返してくる。
「う、うん、お父さん。ありがとう。うおおお、ネズミの視点ってこんなんなんだねー? うわあ、匂いまで感じられるんだー。あっ、団長ー、ポケットにチーズを忍び込ませてるねー?」
「ほっほう。初めてなのに嗅覚まで感覚を共有できるんですか? これは、なかなかに感性が豊かですね?」
団長はそう言うと、上着の左のポケットからチーズを取り出し、檻の前に置くのである。
「うわあ。お腹がぐぎゅるるるーって鳴りそうー。目の前にチーズがあるのに、食べれないなんてひどい話だよー。でも、このチーズ、とっても美味しそうー。食べさせてー?」
なんか、ちょっと、危険な香りがするぞ? 使い魔と感覚を共有できるからと言って、最初からこんなに共有力なんて強いものなのか? ユーリの感性と言うか、こっしろーとの相性が良すぎるのか?
「んん? んんー? なんか、身体が変な感じがするー。あたしに変なモノがついてるー」
ユーリがそう言いながら、右手で自分の股の部分をまさぐり始めるのである。
「あれ? ついてないー。でも、何かがついてる感じがするー。なにこれー?」
「おや? これはちょっと、共有が行き過ぎていますね? ユーリくん? 少しだけ、集中力を落としてもらえますか?」
「あれれー? 何これー? あたしについてないのに、あたしについてるモノー?」
「おい、ユーリ! こっちに戻ってこい! こっしろーとの繋がりを強めすぎてんぞ!」
俺はユーリの左肩を左手で掴み、ゆさゆさと揺らすのである。だが、ユーリは焦点の合わぬ眼をきょろきょろと動かし
「何だろうー? このついてるモノー? 大事なモノだけど、要らないモノー? 違うなー。必要なモノだよー?」
「ツキトくん! ユーリくんの錫杖を持ってきていますか? これは危険な状態です! 無理やりにでも意識を戻しましょう!」
「す、すまねえ。ユーリの錫杖は今日は持って来てないぜ。やべえな。代わりになるモノがないのか? 団長」
「こっしろーくん。あなたからユーリくんの意識を拒絶してください!」
「そ、それが僕の中をユーリちゃんに乗っ取られていく感じがしているんでッチュウ。僕の中をユーリちゃんの意識が自由に泳いでいると言った感じなのでッチュウ!」
「まずいですね。ユーリくんの豊かな感性が仇になってしまっていますね。しょうがありません。ユーリくん、少し、痛いかもしれませんが、我慢してください!」
団長はそういうなり、テーブルの上に置いてあった針を取り上げ、それで、ユーリの左手の甲をㇷ゚スッと一刺しするのである。
「いたっ! 団長、何をするのー! って、あれ? あたし、何をしていたんだっけー?」
ほっ。ユーリがこっちの世界に戻ってきたか。しかし、いくらユーリが危険な状態だったからと言って、その方法はあまりよろしくないんじゃないのか? 団長。
「ユーリ。お前、もう少しでネズミに生まれ変わるところだったぞ?」
「んー? どういうことー? お父さんー」
やれやれ。集中しすぎて、自分が何をしていたのか、覚えていないのかよ……。ユーリが不思議そうな顔つきで、んんー? と考え込んでいる姿を見ていると、はあああとため息を漏らさずにはいられなくなる俺であった。
「ユーリくん。こっしろーくんと感覚を共有していたことを忘れてしまったのですか?」
「あー、そうだー。こっしろーくんとそれをやっていたんだったー。まるで、自分が本当にネズミになっちゃったのかなー? って思ったよー?」
「ユーリ。それが比喩じゃなくなるところだったぞ? いくら感性が豊かって言っても、ここまでこっしろーとの共感性が高いのは危険だな」
「共感性が高いって、どういうことなのー? あたしとこっしろーくんとの相性が良すぎるってことー?」
「まあ、その通りだな。たまに居るんだよ。使い魔との相性が良すぎて、感覚の共有をすると、使い魔の身体を乗っ取ってしまうってことがな? そうなると、自分の身体に意識を戻すのに、専門家に頼ることになるってのがな。ユーリ、お前はそうなりかけてたってことだよ」




