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ー6- 5月10日

「ああ、死にかけの貴族さまが道端のどこかに転がっていねえかなあ?」


「うふふっ? さすがにとどめを刺して金品を奪うのはやめた方がいいですわよ? それは立派な強盗致死になりますから」


 神帝暦645年 5月10日。梅雨が終わりに近づきあり、そろそろ初夏に突入する頃合いだ。今日も今日とて、【欲望の団(デザイア・グループ)】の館の敷地内にある訓練用広場で、俺とアマノは絶賛、ユーリを訓練中である。そして、お昼になったところで、楽しい楽しい昼食タイムというわけだ。


「いやいや。そんな後味悪いことなんてするわけねえだろ? 良いか? アマノ。もし、その貴族を助けたら、俺に謝礼をたんまりくれるだろ? そして、俺を寝てても懐に金が転がり込んでくる身分のある地位に採用してくれるって寸法だ! そしたら、一攫千金じゃねえか!」


 俺もうまいことを考えたものだぜ。やっと、しがない冒険者稼業からも引退できるってもんだ。さって、死にかけの貴族さま。どうか俺の近くで死にかけで転がっていてくれよ?


「うーん。貴族って、ケチで有名だよー? 感状1枚渡してきて、その方、大義なのじゃ! で、済まされるって、友達のランカちゃんに聞いたことがあるよー?」


 くっ! ユーリが無情にも俺につらい現実を教えてくれるわけである。ちっ。なんだよ、感状1枚って。古い文献に載っている第二次神代(かみよ)の時代のお武家さまか何かかってんだよ! そんなので喜ぶ奴は、喰わねど高楊枝でもしてろってんだ!

 

 ちなみに感状とは、字の如く、まさに感謝状であり、ヒノモトノ国の一地方の主である大名(ビッグ・ネーム)や、(みかど)を補佐する貴族たちが、自分の部下や一般人に何か奉公を受けた場合に、その恩として、「お前はよく頑張ったでおじゃる。麻呂がその貢献の素晴らしさを褒めたたえるでおじゃる!」と紙に書いて、渡してくるのだ。要は「お前にやる金は無いが、感謝はしておるのおじゃるよ?」と言った、体の良い大名(ビッグ・ネーム)や貴族たちのコストカット策なわけである。


「お父さんのことは放っておいて、アマノさん。あたしに肉じゃが(ニック・ジャガー)の作り方を教えてよー。あたしもアマノさんみたいな肉じゃが(ニック・ジャガー)の味に仕上がるようになりたいよー」


「うふふっ。この肉じゃが(ニック・ジャガー)にはですね? 愛と言う名の調味料が入っているのですわ? ですから、教えてどうにかなるものでもないのですわ?」


「確かに、アマノの言う通り、この肉じゃが(ニック・ジャガー)は、草津(くさっつ)の食堂で食べるどの肉じゃが(ニック・ジャガー)とも違うもんなあ? でも、すっごく美味いんだよ。これ、店でも開いて、売りに出したほうが良いんじゃねえのか? って常々思うぜ」


「この肉じゃが(ニック・ジャガー)は、ツキト専用に作っているのですわ? ですから、他の方が食べても同じように美味しいかどうかは保証できませんわ?」


「そんなことないと思うけどなー? 少なくともあたしも美味しいと想ってるもんー」


「ユーリが料理を褒めるのはなかなか無いからな。貧乏舌の俺と違って、なぜか味覚はするどいからなあ? ユーリは俺が料理したものにはことごとくケチをつけるんだよな」


「そんなことないよー。ただ、お父さんの味付けはお父さんの好みばっかり反映されているからだよー。だいたい、塩コショウ(シッオ・コショー)を使いすぎなんだよー。あんなに料理に振りかけられたら、味覚がおかしくなっちゃうんだからー!」


 おかしいな? 大概の料理って塩コショウ(シッオ・コショー)をふんだんに使えば、美味しいモノにならなかったか?


「うふふっ。確かにユーリの言う通りですわ? ツキトは塩コショウ(シッオ・コショー)をたっぷり使いますから、ツキトに料理番を任せられないのですわ?」


「あっれーーー? 俺、貧乏舌を通り越して、もしかして、馬鹿舌なのか?」


「そうでもないところが、難しいところなんだよねー。お父さんは、好みが激しすぎると言ったところかなー?」


「そうですわね。ですから、私も料理の味付けには結構、気をつかいますわ? どこをどうしたら、ツキト好みになるのか、日々研究をしているのですわ?」


「でも、アマノの作る料理はなんでも美味しいんだけどなあ。やっぱり、愛って言う調味料は大切なのかもな?」


「うっわ。いい歳したおっさんが惚気を言い出したよー。アマノさん、助けてー。あたし、お父さんが具現化した惚気の魔法で心に100のダメージを喰らっちゃったよー」


「あらあら? では、その心の傷を癒すためにも、ユーリは、素敵な恋人を作るべきですわ?」


 うーん。ユーリに恋人かあ。もう、大人と言える16歳だもんなあ。一体、どんな男を連れてくるんだろうな? 俺も娘が好きになる男がどんなのか気になるところだわ。


「なあ、ユーリ。お前はどんな男がタイプなんだ?」


「前にも言ったけど、あたしの基準は厳しいのー。それこそ、死にかけの紅き竜(レッド・ドラゴン)を道端で見つけるくらいの厳しさだよー」


「あらあら。そんなの富くじで1等を当てるくらいの幸運がないと、見つけられそうもないのですわ? 若い時は、理想の殿方像を作ってしまいがちですけど、その理想像は早めに攻撃魔法で壊しておいたほうがいいですわ?」


「それなら、あたしに攻撃魔法を教えてよー。お父さんとアマノさんは、治療魔法しか教えてくれないじゃないのー」


「そんなこと言われても、治療魔法は大切だからなあ? あれだけ覚えていたら、正直、冒険者をやめても喰いっぱぐれしないんだぞ?」


「その考えはどうかと思いますわ? 治療魔法と言っても病気は治せませんもの。あくまでも身体の自然治癒力を補助するものと考えたほうが良いのですわ?」


「でも、身体の欠損なら復元できるんでしょー? それなら、喰いっぱぐれしない気がするー」


「前にも言いましたけれど、復元できるまでのレベルに水の魔法を極めるのはなかなかに至難なのですわよ。まあ、私はツキトになら、どれほどの傷でも無料(ただ)で治してみせますけどね?」


「うわー。また惚気の魔法を喰らったよー。アマノさんは魔力B級あるから、これで、合計1100のダメージを心に喰らったよー。これは午後からの訓練は無理だよー」


「ん? せっかく、今日の午後から、組手を開始しようってのに、ここで訓練をやめるのか? あんなに楽しみにしてたってのに」


「ちょっとー! そう言うのは早く言ってよーーー! なんで、お父さんは肝心なことは、あとで言うのーーー? まずは要点を先に言えって習わなかったのーーー!?」


「あっれ? てっきり知っているとばかり思ってたんだけどなあ? アマノ。俺、ユーリに言ってなかったっけ?」


 俺が首を傾げながら、アマノにそう問うわけである。アマノはあらあらと言いながら


「うふふっ。そう言えば、ユーリには言ってなかったと思いますわ? 私に言ったのをてっきり、ユーリにも教えていたのと勘違いしていたのでは?」


 ああ。なるほど。そう言うことってあるよなあ。俺としたことがうっかりしていたわ。


「悪い。ユーリ。俺が言い忘れてたわ。んで、今日からお待ちかねの組手だぞ。これから毎日1時間、昼飯を食べたあとにしごいてやるからな?」


「昼ごはんを食べた直後にやるって、なんか、お腹が気持ち悪くなりそうなんだけどー?」


「何、言ってんだ。だいたいだな。昼飯後に座学を始めたら、うっつらうっつら舟を漕いでんのはどこの誰なんだ? 言ってみろ?」


「うっ。これで心に合計1200のダメージだよー。アマノさん、あたしの傷ついた心に治療魔法をかけてほしいよー」


「うふふっ。心に負った傷を癒してくれるのは、ユーリの将来の恋人だけなのですわ? いつか、あなたにも理想の殿方像をぶち壊してくれる男のひとが現れますわ?」


「そんなひと、現れるのかなー? あたしには無理な気がしてならないよー。アマノさんは、そんな男性に出会えたのー? 若い時にー」


「あらあら? 私の理想の殿方像をぶち壊してくれたのは、誰でもない、ツキトなのですわ? 私も不思議なのですわ? なんで、こんなにも粉々に吹き飛ばしてくれたものかと。ユーリと同じく、私も死にかけの紅き竜(レッド・ドラゴン)が道端に転がっているレベルの殿方像を持っていましたのよ?」


「うっわ。お父さんって、もしかしたら、すごい魔術師なのかもねー。魔力C級なんてとてもじゃないけど、想えないよー」


「うるせえな! 俺だって、アマノがなんで俺に惚れたかの理由は、はっきりとはわかってねえんだよ。俺が心配になるようなことを言うんじゃねえ!」


「あらあら? ツキトは私にしたことを覚えてないのかしら? 私はツキトに心をズタズタにされたと言うのにひどい話ですわ?」


「うっわ、お父さん、最低ーーー。アマノさんに一体、何をしたのーーー? 無理やり、手込めにするのは、女性として許せないよー!?」


「ちょっと待てよ! 俺がアマノの心をズタズタにしたって言うのか? 俺、女性には優しいつもりなんだぞ? そんなことするわけねえだろ!」


「いいえ? ツキトは私の心をズタズタにしましたわ? その代り、ツキトは私の代わりにその身をズタボロにしましたのよ? 覚えていないのですか?」


「ああ、あれかあ。あの時、徒党(パーティ)が壊滅しそうになった時のことだよな。アマノは恐怖で心が染まったのか、その場から動けなくなっちまった。それで俺が、アマノを守るために身を挺してかばったってやつか。アレは本当、死ぬかと思うくらい痛かったぜ。しかしまあ、それでアマノが助かるなら、俺の身はどうなっても良いのかもなって思ったしなあ」

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