ー薫風の章24- 神帝暦645年 8月15日 その17
「はふはふ。おい、ユーリ。肉ばっかり喰ってないで、野菜もしっかり食べろ?」
「はふはふー。お父さんが野菜を食べたらいいんじゃないのー? 最近、お腹が出てきたって言ってたじゃないー」
「はふはふ。うふふっ。ツキトは中年太りなのですわ? 出たくて出してるお腹ではありませんわよ?」
「はふはふウキキッ。しかし、まさか、バンパイア・ロードの撃退であれほどの報酬が手に入るとは思いませんでしたウキキ」
「はふはふ。ふひっ。子豚の丸焼きとは贅沢なのでございます。あっ、モモ肉を少し切り分けてくださいなのでございます」
「きーみーたーちー? ちょっとは先生を手伝う気はないのですかね?」
「いや、そんなこと言われたって、俺たち、焼肉で忙しいんだし、しょうがないじゃんかな? なあ、アマノ」
「うふふっ。そうですわ? これはお盆進行を終えた、私たちのねぎらいを込めての晩餐会なのですわ?」
「アマノさーん。ゴールド・タレを取ってー? お肉が美味しくて、ガツガツ食べれちゃうよー」
「うふふっ。5人分ですから、子豚を3匹、まるごと買って正解でしたわ? はい、ユーリ。ゴールド・タレですわ?」
俺、アマノ、ユーリ、そしてヒデヨシ、ミツヒデの5人で今年のお盆進行を無事、乗り切った祝いに、団長とバンパイア・ロードの一騎打ちを観戦しつつ、焼肉パーティを開いているわけである。
今の時間は夜の21時半であり、夜の住人であるバンパイア・ロードとしては絶好調の時間帯だ。昼間、俺たちと闘ってできた傷はすっかり治っており、魔力こそは消耗していても、A級冒険者の団長とほぼ互角の勝負と言ってよかったのである。
「ふははっ! 楽しいのである! 久しぶりに本気で闘える相手と出会ったのである! ニンゲンよ。我に抗えなのである!」
バンパイア・ロードは鋼鉄並に硬くなった両手・両腕・爪を武器に団長に襲い掛かり、それを団長が愛用のカタナで防いでいる。しかもだ。昼間にバンパイア・ロードが手を抜いていた、いや、足を抜いていたと言ったほうが正しいのだろう。あいつは、両足の膝から下も鋼鉄並みに硬くして、蹴り業まで繰り出す始末なのだ。
バンパイア・ロードの右の爪攻撃を団長がカタナの腹で受け流すと、すかさず、バンパイアロードは左の膝を団長の腹に入れてこようとする。
しかしだ。団長はバンパイア・ロードの左の膝蹴りに、逆に自分の右の膝蹴りで迎撃を行う。もちろん、団長は石の鎧で、しっかりと自分の足の防御力を上げている。
団長とバンパイア・ロードの足と足がぶつかり合い、2人はその衝撃で弾き飛ばされて、強制的に2人の距離が開く。
「くううう。焼肉の香りが先生の胃袋をすっごく刺激しています! いったい、今年のお盆は何なのですか? 毎年、大物が出てきたとしても、せいぜい、ビッグ・リッチくらいでしたよね?」
「うむっ。質問であるか? ビッグ・リッチの奴なら、今年は休みたいと言い出したのである。毎年、毎年、お盆に駆り出されて、ゾンビや幽霊を使役するのは飽きたと言っていたのである。たまには美腐女と夜の性活を楽しみたいと休暇願を出していたのである」
「そんな説明、求めていませんよっ! 大体、なんで1地方の領主でもあるバンパイア・ロードが、わざわざ出張ってきたのかと聞いているのですよ!」
「はふはふ。団長、良い質問だなあ。俺もそれが聞きたかったんだよ」
俺が豚肉のハラミを充分に焼いたモノを口の中に転がしながら、そう質問するのである。
「部下が休暇を取るなら、上司が埋め合わせをするのが道理なのである。そこはニンゲン社会と変わらないのである」
「バンパイア社会も嫌な世界ですねえ。いっそ、ニンゲンと共に生活したら良いんじゃないですかっ! 炎よ、先生のカタナに纏わりつきなさい! 炎の神舞発動ですよ!」
おっ? 団長が炎の神舞を発動させて、カタナに炎を巻き付かせて、攻撃力をアップさせてるなあ。団長の自慢の剣技でも、バンパイア・ロードの防御力を超えるのは難しいってか?
団長が炎を纏ったカタナを構え直し、息もつかせぬ連続攻撃をバンパイア・ロードに仕掛けていく。だが、バンパイア・ロードの両腕の腕先部分は緑色の風に包み込まれていた。なるほど、カタナに纏っている炎が自分の身体に延焼しないようにと、風の断崖で両腕を守っているのかよ、バンパイア・ロードは。
「ふむっ。良い太刀筋なのである。それに1撃1撃が重いのである。だが、残念かな? そのカタナでは、我の風の断崖を貫き、さらには我の身体を引き裂くことは難しいのである!」
「バンパイア・ロードが出てくるなんて知ってたら、こんな金貨3枚で買えるような安物のカタナなんて持ち込みませんよ!」
団長が炎の神舞で攻撃力を上げたカタナで、C級冒険者の俺では残像しか視えないくらいの速度の3段斬りをかましているぜ。しっかし、アレ、三光って剣技だよな? あんな技まで出してるのに、バンパイア・ロードの身体を切断出来ないってのは、どういうことなんだ?
「はふはふ。なあ、ミツヒデ。お前って、昼間にバンパイア・ロードの左腕と眉間を鉄砲でぶち抜いたじゃねえか? あの時と比べたら、バンパイア・ロードの身体が固くなりすぎてねえか?」
「はふはふ。ふひっ。やはり、それは昼間の所為だったとしか言いようがないのでございます。鉄砲なら石の鎧くらいなら楽々と貫通するのでございます。それに弾も銀の含有量が60パーセントのモノを使用したのでございます。今、団長が使っているカタナは、銀が全く含まれていないモノなので、バンパイアに対しては、炎を纏った鋼鉄の棒で殴っているのと同等なのでございます」
「はふはふ。あれー? でも、鋼鉄の棒で殴れば、それなりに痛いもんじゃないのー? ミツヒデさんー」
「ふひっ。ユーリ殿。鋼鉄の棒の衝撃くらいならば、石の鎧で半分以上は吸収できるのでございます。まあ、肌が露出している頭を殴れば良いのでございますが、鋼鉄のように硬い両腕でそこはしっかりとバンパイア・ロードは防御しているのでございます」
「俺が昼間、闘った感じだと、両腕の硬さだけに甘んじることなく、きっちり、攻撃を受け流してるんだよな。風の軍靴込みの俺の槍による打撃をさばききってやがったからなあ」
「えっ!? ツキトくん、それ、本当ですか? それって、ツキトくんの隠し業である【風と共に踊りぬ】のことを言っているんですよ!? アレの打撃力を防ぎきるってことは、先生、このカタナじゃ、勝ち目無しってことになるんですけど!?」
「うん。その通りだな。そいつは俺の【風と共に踊りぬ】を防ぎきりやがったんだ、団長。まあ、大人しく、バンパイア・ロードにぶっ飛ばされてくれ。それはそれで俺たちのメシが美味くなるからさ?」
「ウキキッ。わたくしとしましては、向かう所、敵なし、略して無敵の団長が敗れる姿は視たくない気持ちで一杯ですウキキッ。あっ、アマノさん、わたしにもゴールド・タレをくださいウキキッ!」
「うふふっ。ヒデヨシさん、ゴールド・タレなのですわ? さて、団長? 本気を出してくれて良いのですわ? 私が風の断崖で皆さんをお守りしてますので、多分、私たちが団長の魔法で巻き添えになると言うことはないのですわ?」
「ほう。ニンゲン。まだまだ余力を残していたのであるか。面白いのである。さあ、我と存分に打ち合うが良いのであるっ!」
「そうしたいのはやまやまなんですけどねえ。このカタナでは、先生の魔力を乗せすぎると、ポッキリと折れちゃうんですよねえ。失敗しましたよ。ツキトくんに素直に誰がスペシャルゲストでやってくるのかを聞いておくべきでした」
「だって、団長。教えてくれなくても良いって言ってたじゃんか。俺はヒントを与えたつもりだったんだけどなあ?」
「確かに、あなたたちがバンパイア・ロードを撃退したと言っていたのがヒントでしたね。まさか、そいつが夜まで出張ってくるとは考えもしませんでしたよ。さて、どうしたものでしょうかねえ!」
しっかし、すごいよな、あの2人。俺たちと会話しながら、ガチでやり合ってるもんなあ。おっ!? 団長が怒涛の4連撃・雨四光まで出してんぞ!?
「あっ。やってしまいました。つい、闘いに熱中して、雨四光まで披露してしまいました。おかげでカタナの刃がボロボロになってしまいましたよ」
「くっくっく。やるのである。ついに我の防御力を突き破ってきたのである。おかげで左腕が使い物にならなくなってしまったのである」
団長の繰り出せる剣技の中では最高威力を誇る雨四光を受けて、バンパイア・ロードの左腕は、肘から先の部分がボロぞうきんのようになってしまったのだ。だが、団長のあの剣技を受けて、バンパイア・ロードの被害は左手1本で済むって、いったいぜんたい、どういことなんだ!?
「そんなこと言いながら、次に攻撃をするころには、その左腕の完治が終わっているんでしょう? まったく、素の回復力だけでも脅威と言うのに、常に水の回帰で回復力をアップしてくるとはやっかい極まりないですよ」
「ふっ。いつもなら、死の指輪で素の回復力は抑えているのであるが、昼間に手放してしまったのである」
えっ!? ちょっと待って! バンパイア・ロードのやつ、昼間は素の回復力まで封印して、あの強さだったわけなの!?
「団長。すまねえ。そいつの死の指輪を失敬したのは、俺たちだ。恨むなら、換金できそうなアイテムを持ってる、そいつを恨んでくれ!」
「まったく、ツキトくんたちには世話が焼けますねえ。まあ、倒した相手の身体から金品を奪うのは、冒険者としては間違ってない行為ですよ」




