ー薫風の章20- 神帝暦645年 8月15日 その13
「お疲れさまデス~。お盆進行も今日までデス~。張りきっていきまショウ~」
機械音がそうまさに機械的に受け答えをするのである。俺、アマノ、ユーリは昼番を終えて、先に街に帰ってきたのである。俺たち3人は今、冒険者ギルド館の入り口の扉を開き、中に入ったところで、お決まりの機械音がギルド館の入り口の上部に設置されたラッパ型の金属管から流れ出て、俺たちはそれを聞かされたと言うわけだ。
昼番で、俺たちと共に闘っていたヒデヨシとミツヒデは夜21時まで、18時に合流したカツイエ殿と一緒に周辺警備にあたることになったのだ。ヒデヨシは通常の男の3倍の精力と回復力があるから良いとして、ミツヒデはどうするんだ? あいつ、ほっとんど動けてなかったんだけど?
それと、バンパイア・ロードの奴といえば、あのボロボロの身体を火の魔犬に襟首掴まれて、ずるずると森の中に消えていったわけだが、団長と闘うってマジなのかな? あとで観戦しに行こうかなー? ユーリの訓練の一環として、ユーリも連れて行って、見学させるのも良いかも知れないぞ?
「おや? アマノさんにツキトさんではないでっしゃろかいな? それにお連れなのは、確か、ユーリちゃんやったな?」
「あ、冒険者ギルドの受付員で、さらにおっさんのヨンさんじゃん。なんだよ、今日はヨンさんが受付なのかよ」
30歳になったばかりであろう、アイ=ロンが満足にかけれてない灰色のスーツを着た男がひとり、冒険者ギルドの館内に入ってきた俺たちをやや胡散臭いモノでも視るような視線で、受付のカウンター越しに、俺たちに話しかけてくるわけである。
「仕方ないですやん。お盆なんでっせ? 他の受付の子らは、他の冒険者の相手してまっせ?」
ヨンさんの言う通り、受付の若い女の子たちは、全員、せわしなく働いている。お盆進行最終日ともあり、モンスター退治の報告にやってきた冒険者たちが受付に殺到しているってわけだ。
「この時期は稼ぎ時やさかい、それまで酒場や宿屋に貯めてたツケを払う冒険者さんたちも多数いますからなあ。こちらとしては、そんな刹那的な生き方ばかりされたら迷惑極まりないんやで?」
「まあまあ。そんなこと言ってやるなよ。俺もその冒険者たちのひとりなんだぜ? あんまり冒険者たちの悪口を言われたら、俺まで気分を害しちまうぜ」
「すまへんかったわ。忙しさのあまりについ愚痴をこぼしてもうたんやで? 堪忍してな? で、今日はどうしたんや? ツキトさん。毎年、お盆が過ぎて、混雑してない時に報告と換金にきてますのに?」
「ああ。ヨンさん。聞いてくれよ。実はな? バンパイア・ロードを倒したんだよ。まあ、追い返したってのが正しいんだけどさ?」
「あああああん!? 何を大ぼら吹いてますんや。あんたさん、C級冒険者やんか。いくら、元B級冒険者のアマノさんと一緒でも、バンパイア・ロードなんて、相手できへんやろうが?」
ヨンさんが口から唾を盛大に飛ばしながら、俺に向かって、怒気を孕んだ声で一喝してくるのである。くっそ。俺たちがバンパイア・ロードを撃退したなんて、これっぽちも信じてくれないんだな?
「いや、マジもマジだって! こんなつまらん嘘なんか、わざわざ混雑時期の冒険者ギルド館にやってきてまで言わねえよ。俺とアマノ、そしてユーリの記録型魔法首輪を調べてもらったら、わかるって!」
「ほんまでっか? まあ、どっちにしろ、首輪検査機に通せば、一発で嘘かどうかはわかるもんなあ?」
ここまで俺が言ってもヨンさんはまったくもって、疑いの眼を俺に向けたままである。少しはヒトを信用しようって気持ちはないのか? ヨンさんにはよ!
「お父さんー。検査機って、アレのことだよねー?」
ユーリがそう言うと、冒険者ギルドのとある一室のドアを指さすのである。
「ああ、そうだ。魔法結晶がはめ込まれたペンダント、通称:記録型魔法首輪をあの部屋のドアの横にある小窓の所に置いて、中にいる検査員がそれを首輪検査機に通すわけだ。それがどうかしたのか?」
「うーーーん。あの検査って、上手く行かない時は、あの部屋の中に入って、身体を直接、検査されるじゃないー? アレって性的嫌がらせにならないのー?」
ああ。確かにそうだな。記録型魔法首輪を首輪検査機に通して、上手く行かないと、あの部屋に連れ込まれて、身体を検査されるんだよなあ。俺は男だからそんなこと気にしたことも無いけど、女性の場合だと、そりゃあ、嫌な気分になって仕方ないんだろうなあ。
――文句の多いヨンであるが、彼は仕事が出来るニンゲンであった。一見、ホラを吹いているとしか思えないツキト一行を相手でも、自分のすべき仕事はしっかりと行おうとする。彼は受付の席から離れ、ツキト一行を検査室の前へと誘うのであった。彼の背中を他の受付嬢たちはホッと胸をなでおろす。【欲望の団】のメンバーは大口の相手ではあるが、厄介な注文をつけてくるので有名だったからだ。その厄介な相手を一手に任さられた出来る男。それがヨンなのである――
「ほな、そこのトレーに記録型魔法首輪を置いてくれやで?」
ヨンさんが検査室の中に移動し、その後、検査室の小窓の向こうから、そう俺たちに指示をする。俺たち3人はそれぞれ、その差し出された銀色のトレーの上に自分の記録型魔法首輪を首から外して、置いていく。
「10分から15分ほど待ってくれやで? バンパイア・ロードって言ってたさかい、ちょっと検査に手間取るかも知れへんからなあ?」
「ああ、じっくり調べておいてくれよ? あっ。あと、これもお願いするわ。バンパイア・ロードの持ってた死の指輪。これが証な?」
「うわっ! ちょっと、これ、なんですやん! 指がセットでついてるんやけど!」
ヨンさんが明らかに嫌そうな顔つきで、俺の顔を小窓越しから睨んでくるのである。やめろ。俺をそんな非道なニンゲンでも視るような訝しげな視線を送ってくるんじゃありません!
「バンパイア・ロードの奴が、こうやって持ち歩けば、死の指輪に生命力を吸い取られなくて良いって言ってたんだよ」
「マ、マジの話なんかいな? 今の!? それ、情報料としても、かなりの報酬になるんやで!?」
「というわけで、それも調べてほしいってわけよ。わかるんだろ? その検査機ってやつに通すとさ?」
「うーーーん。それを調べるとなると、1日、いや、2日ほど時間をいただくことになりまっせ? わいとしては、そんな効果を調べる前に、宝飾店か魔法店に売り払うことをお勧めするんやで?」
まあ、即、金に変えるとするなら、そっちのほうがお得なんだろうな。実際に死の指輪がこんな指をつけっぱなしにすれば安全に運べるかどうかなんて調べようものなら、魔術師サロンに研究材料として取り上げられる可能性もあるもんなあ。
「じゃあ、その死の指輪が本物かどうかだけ調べてくれ。厄介なことになって、魔術師サロンに没収なんてなったら、最悪だからな」
「まあ、それが妥当なとこやで。あいつら、研究材料とか言い出して、価値あるもんを二束三文の値で買い叩こうとするもんやからなあ。マツダイラ幕府がバックについているからと言って、やりたい放題やで。ほな、この死の指輪の検査も含めて、20分ほど、待ってくれやで?」
ヨンさんはそう言うと、ペンダント3個と指付き死の指輪が乗ったトレーを引っ込めるのである。俺たち3人は検査結果が出るまで、冒険者ギルド館の中にある喫茶コーナーで待つことにするのであった。
「なあ。アマノ。そういや、検査機にかけるって言うけどさ。俺は長年、冒険者稼業をしてきたわけなんだが、その検査機の本体部分を視たことがないんだけど? アマノはどうなの?」
「私も実際のところ、記録型魔法首輪を置く小部屋と身体検査を行う部屋までしか内部を視たことがありませんわ?」
「んー? お父さん、アマノさん、検査機がどうかしたのー?」
「ああ、ユーリは気にしたこともないのか? 検査機がある部屋って、首輪検査機とか、証拠品を置く部分と身体検査を行う部屋しか、世間様には公開されてないんだよ」
「えー? そうなのー? 何かそれって、おかしくないー? さっきのヨンさんも知らないのー?」
「そうなんだよな。ヨンさんも検査機の本体部分を視たことないんだってよ。それって、検査員として、大丈夫なのか? って思うわけよ」
「うーーーん。怪しいなあー。何かを冒険者ギルドは隠しているんじゃないのー?」
「でも、検査結果はけっこう正確なんですわ。だから、そんなに気にしたことがないのですわ。ただ、上手く行かないときが厄介なのですが」
「そうだよねー。あの壁がピンク色の部屋に入れられて、身体検査だからねー。あの干からびた手で身体をまさぐられたりするのは悪寒しか感じないよー」
「アレって、不思議でたまらないよな。小部屋の中の何もない空間に穴みたいなもんが開いて、そこから干からびた腕がでてくるもんな。それで、身体を触られるから、最初にやられた時は俺でもびっくりしたもんだぜ」
「うふふっ。あの干からびた腕って、いったい何なのですわ? あと、身体検査の時は、なにかこう、ぞくっとくるような視線も感じるのですわ?」
「あたし、びわ湖で蛸を退治した時に、時間が空いたってことで身体検査をされたんだけど、本当にびっくりしちゃったよー。蛸の墨を浴びたってことで水着姿で検査されて、最悪な気分だったよー」
「うふふっ。それは災難だったのですわ? まあ、蛸の墨をふんだんに含んだ水着を着てないことには、検査も上手くいかないのですから、仕方がないことですわ?」




