ー薫風の章12- 神帝暦645年 8月15日 その5
ちっ! これほど長い3分なんて体験したことがないぜ。今、バンパイア・ロードと一騎打ちをし始めてから、どれくらいの時間が経ったんだ? 宙まで使った高速移動で攻撃を繰り返しているから、時間の感覚が麻痺しちまってるぜ!
俺は地面で一度着地し、まっすぐ上空へ跳躍し、10メートルほど跳ね上がり、身をバンパイア・ロードの方にひるがえし、槍を上段で構えて、さらに空中を蹴って勢いを増し、奴の顔面めがけて槍を叩きつける。
だが、バンパイア・ロードの方は両腕を交差させて、顔面への直撃を防ぐ。ガイーーーーン! と言う金属と金属がぶつかり合うような甲高い音を鳴らし、俺は持っている槍ごと弾き飛ばされることになる。だが、弾かれたことによるその勢いすら利用して、地面と水平になるように身をよじり、またもや空中を蹴り飛ばし、今度は胴体を薙ぎ払うように槍を右から左に横一直線に振るう。
「ふむっ。頭に意識を持って行かせ、次は腹に攻撃をしてくるのであるか。やはり、貴様はC級冒険者にしておくにはもったいないのである!」
バンパイア・ロードの左腕に緑色の空気がまとわりつく。そして、その空気をまとったまま、自分の腹を防御するように左腕を持っていく。その左腕に俺の加速を伴った槍の一撃が深々と叩きこまれる。それと同時にゴキイイイイン! と言う音と共にバンパイア・ロードの左腕が通常では曲がらぬ方向に曲がる。
「ほう。風の神舞を槍に仕込んであったのかである。我の風の断崖が突き破られたのである」
「ちっ! 左腕を吹き飛ばす予定が、風の断崖で防いでやがったのかよ! いつの間に詠唱を終えてやがったんだ!」
俺は一旦、攻撃を止め、地面に着地し、呼吸を整えるためにも会話を合間に入れる。しっかし、俺の隠し業である【風と共に踊りぬ】をことごとく、防御しやがったぞ、この野郎! これで決定的なダメージをバンパイア・ロードに与えられなかったのは、計算外にもほどがあるぜっ。
「まさか、呪符を使うのがニンゲンだけだと思っていたのであるか?」
えっ? 何を言っているんだ? こいつ。と俺がそう疑問を頭の中に浮かべると、バンパイア・ロードはその鋭い牙を使い、スーツを右の二の腕部分から引きちぎり、その右腕を俺に見せつけてくる。
「な? なんだと? 呪符を身体に巻き付けてんのかよ!? じゃあ、さっきから槍でぶっ叩いたときに変な甲高い音がしてたのは、あれはスーツの袖の内側で石の鎧を使っていたってことなのか!?」
「ふむっ。察しが良い奴なのである。我らがこのクソ暑い真夏に律儀にスーツを着込んでいるのは、身体に巻き付けてある呪符を隠すためなのである。ちなみに左腕を再生させる時に、ついでに服も再生させたのも、それ理由なのである」
マジかー。あのスーツに鋼線でもはりめぐされていたと思っていたのに、まさか、石の鎧で防いでいたのは盲点だったわー。今日1日で、冒険者稼業24年の間に培ってきた俺の常識をくつがえされたのはこれで何度目なんだ?
「なあ、アマノ。お前はこの事実を知っていたのか?」
「うふふっ。知っているわけがないのですわ。私もスーツに鋼線を縫い込んでいるものとばかり、今まで思っていましたわ? 私の矢がバンパイア族相手に効果が薄い理由が判明して、今夜はすっきりベッドで眠ることができますわ?」
「バンパイア族は接近して闘うのが美徳なのである。だから、弓矢にはめっぽう手こずらされた歴史があるのだ。だからこそ、相手に悟られぬようにスーツの下に呪符を仕込んでいるのである」
「しっかし、遠距離攻撃がいやなら、素直にバンパイアも弓矢を使えば良いと思うんだけどなあ? 美徳で死んだら元も子もないだろうが」
「ふむっ。言い方が悪かったのである。美徳ではなく、それがバンパイアの【理】なのである。バンパイアは【理】に従い、近接攻撃をしなければならないのである。エルフたちが馬鹿のひとつ覚えのように弓矢を使うのも、アレは【理】ゆえなのである」
「はあ? なんだそれ。【理】ってなんだよ。そんなルールじみたことがお前たちモンスターにあるって言うのかよ?」
「この考えは我が300年間、考えに考えぬいて、行きついた結果なのである。誰も好き好んで接近戦で弓矢など使うアホなどいないのである。だが、何かに縛られていると言うしか言いようのないモノがこの世界を縛っているのである」
「でも、その話はおかしくないですか? それならニンゲン族にもその【理】と言うモノがあるはずですわ?」
「その疑問は正しいのである、三十路女よ。だから、お前たちニンゲン族は我らにとって興味深いのである。【理】に縛られないお前たちが不思議でたまらないのである。いや、【理】に縛られてはいるが、その【理】自体が枷にならないものなのかもしれないのである」
んんん? 一体、こいつは何を言っているんだ? 俺としてはただ、アマノが地面に罠用の魔法陣を描くための時間稼ぎのために会話をしているだけであるって言うのに、なんで、こいつはわけのわからんことを言いつつも、俺たちと会話を続けようとしてんだ?
「なあ? ちょっとと言うか、すっごい疑問が湧いたんだけど、バンパイア・ロードさんよ。なんで、俺たちと会話を続けようとしてんだ? モンスターなら四の五も言わずに襲ってくりゃ良いんじゃねえのかよ?」
「ああ、別にそちらから攻撃してくるのであれば、我はもちろん身を守るために攻撃をさせてもらうのである。我はニンゲン、特に【欲望の団】の一門メンバーと会話をしてみたいと思い、ここにやってきたのである」
「おいおい。待てよ! じゃあ、お前は本当は闘いたくないって言いたいのかよ!?」
「いや? 我は闘いたいのである。だが、同時にお前たちと会話をしたいとも思っているだけなのである。それが、互いの身を傷つけあう【対話】となろうが構わぬだけである」
「何が言いたいのかはいまいちわからないが、自分が納得できるものが手に入れば、手段は構わないってわけだな?」
「そうである。我が闘いたいと思えば、我はそうさせてもらうし、我が会話をしたいと思えば、我はそうさせてもらうだけである」
「なるほどなあ。じゃあ、どっちにしろ、俺たちはお前をどうにかしないと生き残れないってことは確定なわけか」
「もしかすると、我の気が変わって、お前たちを殺すことはしないかもしれないのである。まあ、期待はしないでほしいところである」
ちっ。結局はブツの手のひらならぬ、バンパイア・ロードの手のひらで踊っているようなもんかよ。俺たちは!
「おい、アマノ。準備は出来たか? こいつをぶっとばさないことには、俺たちに生き残る道はないってことみたいだぜ?」
「うふふっ。随分、時間を稼いでもらいましたので、予定の1.5倍ほど仕込むことができましたわ? ここら一帯を吹き飛ばすほどには威力を期待できるのではないのですわ?」
うーーーん。ちょっと、張りきりすぎていませんかね? アマノさん? それだと、俺たちは自分が仕掛けた罠に巻き込まれることになるわけですが?
まあ、良いか。アマノが風の断崖で皆を守ってくれることだろうし。アマノも自分の風の断崖をぶち破るほどの威力になるまで魔法陣を描きこんでいるはずがないからなあ?
「よっし。バンパイア・ロードさんよ! 続きと洒落込もうじゃねえかっ! 俺たちニンゲンの底力ってやつを思う存分、味わってもらうからな!?」
「ふむっ。準備が整ったであるか。期待させてもらうぞ? ニンゲンよ。我をこの世から消し去るほどの力を見せてもらおうなのである!」




