ー薫風の章 6- 神帝暦645年 8月13日
「あー。雨がしとしとと降っているよー。これって、水の魔法で降らしているんだよねー? お父さんー」
「ああ、そうだぜ? 1週間、休みなく闘い続けるなんてA級冒険者でもしんどいからなあ。と言うわけで、魔術師サロンと宮廷魔術師会が力を合わせて、本番前に冒険者や帝立鎮守軍の兵士たちに休みを与えるために聖なる雨を降らせてくれるってわけだ」
「すごいなー。これって、ヒノモトノ国全土に振らせているんでしょー? 魔術師サロンや宮廷魔術師会って、すごいなー」
「まあ、この国全土ってわけじゃないんだけどな? この国の半分、要は岐阜から東は【根の国】になっているからなあ。まあ、それでも岐阜から西全てに聖なる雨を降らせているのはすごいことだけどな?」
「うふふっ。全ては8月15日のためなのですわ? 明日はまだ前日の14日ですが、15日へと日付が変わった瞬間に本当のお盆進行の始まりとなるのですわ? ですから、そのためなら、普段、いがみ合っている魔術師サロンと宮廷魔術師会たちは手を組むのですわ?」
神帝暦645年 8月13日。この日はお盆進行の中での唯一と言って良い休息日であった。アマノの言う通り、お盆進行の真なる本番の日のために、魔術師サロンと宮廷魔術師会が手を合せ、ヒノモトノ国のニンゲンが住む領地全てを水の魔法により、清めるのである。
「大人の世界って大変だねー。皆、仲良くすればいいのにー。でも、その辺りの常闇よりも深い事情がわからないのはまだまだ大人になりきれてない証拠なのかなー?」
「まあ、別にユーリがそんな大人の汚い部分に染まれとは言わないが、知っていたほうが得なことは多いってのも確かだ。魔力B級に認定されるには、どうしても魔術師サロンに所属しないとダメになるからなあ」
俺とユーリ、そしてアマノの3人で談笑していると、珍客がやってきたのである。
「って、珍客って何ですか? 大体、ここは【欲望の団】の館の応接間ですよ? 客はどっちかというと、ツキトくんたちの方ではないですか?」
団長がツッコミを入れてくる。冗談に決まってんだろ。
「いやあ。家に居ると蒸し暑くてさあ。しかも、この雨だろ? 本当に蒸し暑くて、死にそうになるんだよな?」
「うんー。そうだよねー。ここの応接間って除湿器があるもんねー。すごいよねー。こんな広い部屋がひんやり快適なんだもんー」
除湿器とは、風と水の魔力が込められた魔法結晶により、ひんやりとしながら、さらに清浄な空気を部屋に送り込んでくれる家具である。これが、本当に高いんだよな。この前、家具量販店に行ってきたときに、時間があったので、除湿器コーナーにも顔を出してみたのだが、安いので1台金貨10枚とか、かなりふざけたお値段設定となっているのである。
そんなわけで、小金持ちでもなければ、各ご家庭では除湿器を手にいれることは出来ないのが現状なのである。もちろん、冒険者ギルドとか、銀行とかには、除湿器は置かれているぜ? なんたって、国民の税金の一部が流れ込んでいる、行政施設だしな!
「ツキトくん? ユーリくん? 一門の館にくるのは良いのですが、他の部屋にも除湿器を置いているのですよ? そっちで涼んでくれていいんですよ?」
「だって、他の部屋で除湿器を置いてあるのって、団長のハーレム寝室だろ? それと、団長の書斎だろ? そんなとこに行きたいなんて、誰も思わないぞ?」
「うふふっ。私も何度か、団長さんのハーレム寝室を見学に行ったことはありますけど、悪趣味すぎてドン引きでしたわ? なんですか? あのピンク色の壁と天井なのは。さらには、その壁と天井には大きな鏡が設置されているのですわ? さらに言うと、使った道具くらい、元の場所にしまっておいてほしいのですわ?」
「道具ー? ねえ、アマノさん。寝室に道具ってなにー? 寝具の間違いじゃないのー?」
「う、うっほん! アマノくん? 若い女性がいるのですから、変なことを口走らないでくださいね? そういうのを覚えるのはまだまだ先なんですからね?」
「うふふっ。そんな困るものが寝室に転がりっぱなしのほうが問題なのですわ? もし、ユーリが間違って、団長さんのハーレム寝室に迷い込んだら、団長さんが困ることになりますわ?」
「ううう。そうですね。わかりました。使ったあとはちゃんとしまっておくように女房たちには言っておきますよ。ったく、アマノくんはいつの間に、先生の寝室を見学していたんでしょうねえ?」
「それは、アマノが入団した時に、俺が館を案内した時が1度目だったなあ。でも、その後、アマノがこっそり、団長のハーレム寝室を見学しに行ってたのは知らなかったなあ?」
「うふふっ。女性同士のお付き合いと言うものがありますわ。それで何度か見学させてもらっただけですわ?」
「まったく。うちの女房連中は、何をアマノくんに吹き込んだのでしょうね? 他の女性団員たちも誘わないように注意しておいたほうが良いんですかねえ?」
「まあ、別に注意する必要はないんじゃねえのか? 遅かれ早かれ知る世界だろうからさ。でも、ユーリは誘わないように釘はさしておいてくれよ? 結婚前の女性に教えることじゃないからな?」
「うーーーん。そんなことを聞くと、怖い気がするなー。でも、知りたいって気持ちも強いなー。悩ましいなあー」
ユーリがもう少し歳をとって、好きな男が出来て、そいつと結婚でもするつもりがあるなら、俺は知られざる性の知識を得ることを止めはしないんだけどな? でも、今はまだユーリは16歳だし、いくら法的に結婚できる歳と言えども、まだ知らなくても良い世界ってのはあるんだよな。
「ところで話は変わるんだけど、14、15日のローテーションはどうなるんだ? 団長は15日の昼組から夜組にシフトを変えるんだよな? それと念のためにカツイエ殿もそっちに回るんだっけ?」
「そうですね。さすがに14、15日の夜はヒデヨシくんとミツヒデくんと言えども荷が勝ちすぎますからね。彼らは昼組には配属しますが、夜21時までは踏ん張ってもらうことにしています」
「うふふっ。ヒデヨシさんと組むのは久しぶりなのですわ? ユーリはヒデヨシさんとはまだ会ってなかったかしら?」
「うんー。まだだよー。でも、お父さんから聞いた話だけど、猿なのか、ニンゲンなのかわからないくらいに猿そっくりだってのは聞いてるよー? そんなに似ているのー?」
「ああ。そうだぜ? 獣人族というよりも、猿だ、アレは。でも、結婚してんだよな、ヒデヨシの奴。嫁さんはまだ見たことはないんだけど、けっこうなきれいどころだって噂だもんなあ?」
「うふふっ。ツキト、知ってまして? ヒデヨシさんとその奥さんは歳の差が10歳もあるのですわ?」
「えっ?ヒ デヨシって今年で確か30歳だろ? 相手が40歳ってかなりの熟女好きすぎるだろ!」
「ちがいますよ、ツキトくん。ヒデヨシくんより10歳年下なんですよ、ヒデヨシくんの奥さんは。いやあ、いくら恋愛結婚と言えども、よくもまあ、そんな若い子を捕まえてきたものですよ? 彼、番所につきだしたほうが良いんですかね?」
番所に突き出すって、また物騒なことを言っているな、この団長は。せめて、直接、磔台に送ってやれよ……。
「うふふっ。それはやめといたほうが良いのですわ? それを言い出したら、ツキトと私も10歳違いなのですわ?」
「言われてみればそうだねー。なんで、こんなおっさんを好きになる10歳も年下がいるんだろうねー? だって、40歳だよー? お父さんはー。それに16歳のこぶつきなんだよー?」
「うふふっ。愛と言うものは歳の差と言う壁なぞ、簡単にぶち破っていくものですわ? でも、ユーリはなるべく同い年くらいの男性と恋愛を楽しんだほうが良いと思いますわ?」
アマノさん? 愛の壁は乗り越えるモノであって、ぶち破るモノではないと思うのですが?
「そんなこと言われても、あたしと歳の近い男性なんて、まだまだ子供に見えるよー。あたしはやっぱり、渋い大人の男性のほうが良いよー」
「まあ、大人の男性は格好良く見えるのは仕方ない話なのですわ? でも、格好良い大人とおっさんは別モノなので注意が必要なのですわ?」
「注意が必要って言うわりには、そのおっさんにひっかかったアマノさんが言うと説得力ゼロな気がするー。なんで、こんなおっさんに惚れちゃったのー?」
おっさんって……。もう少し言葉を選ぶ気は無いのかよ。この馬鹿娘は……。
「何度も言いますが、ツキトは事実、おっさんですが、私に命を捧げだしてくれますわ? それなら、私はお返しに自分の人生を捧げだしただけなのですわ?」
「あっつううう! 暑いですねえええ! ここの部屋の除湿器って、もしかして故障してしまいましたかねえええ!?」
「団長ー。あたしも蒸し暑いよー。この部屋から脱出したいよー。お父さんとアマノさんの熱量がはんぱないことになってるよー?」
「うん? そうか? 除湿が利きすぎて寒いくらいだけどな? アマノは平気か? 少し、風を和らげようか?」
「うふふっ。ツキト? 2人が暑がってますわ? 私は少々、肌寒く感じますけど、ここは我慢しておきますわ?」
「ああ。そうか。でも、無理すんなよ? なんなら、ひざかけ毛布を持ってくるからな? 団長、良い感じのひざかけ毛布持ってたよな? あれを貸してくれないか?」




