ー20- 7月30日
「あーあ。今日で7月も終わりかあ。あと1週間もしたら、楽しい楽しいお盆進行が始まるってか。こりゃ、今年は無事に済みそうにもねえなあ」
俺は家の2階にあるベランダに出て、夜空を見上げながらそう呟くのである。真っ黒な大空に浮かぶ月からは螺旋を描くように銀色の光がまるで大量の流れ星のように大地に向かって流れ落ちてくる。
「きれいー。まるで神さまが地上に祝福を降らせているみたいだねー」
【祝福】じゃなくて【厄災】そのモノだけどな。神さまがそれを行っているっていうのなら、俺たち冒険者が本当に打ち果たさなきゃならないのは神さまそのものってことになるのかなあ?
「ねえー、お父さんー。アレの正体ってなんなのー? 毎年、いつもこれくらいの時期から8月15日まで月から死んだひとやモノの霊魂がやってくるって聞いてるけどー。それらが、あの大空から降りてくる銀色の光の正体なのー?」
「さあ、よくわからねえ。ただひとつ言えることは、モンスターが異常に発生して、さらに凶暴化するってことだけだ。ユーリ。今年はお前もモンスター退治に加わるわけだけど、油断するなよ? 8月15日は満月だ。その日に大型モンスターがこのヒノモトノ国のどこかに2,3体現れるって言われてるんだ」
「うんー。知ってるー。あたしの故郷は本当はその大型モンスターに壊滅させられたってー。お父さんは、あたしに黙っていたけど、薄々、気付いてたよー?」
そうか。ユーリは気付いてたのか。俺は箱から1本、新しいタバコを取り出して、口に咥え、そのタバコにライ・ターで火をつける。そして、煙を吸い込み、ぷはあああと夜空に向かって吐きだす。
「表向きはお盆進行に合わせて反乱を起こした領主と帝立鎮守軍との戦が行われたことになってはいるが、実際は、井ノ口の領主がモンスターと化したんだよ。それを帝立鎮守軍の兵士たちといくつかの冒険者の一門が力を合わせて、その元領主さまと、その配下と想われるモンスターたちを退治していったんだ」
「なるほどねー。国が隠したがるわけだよー。ニンゲンがモンスターと化したなんて、そんな話、聞いたことないもんねー。もし、ニンゲンがモンスターに変わるなんて話が広まったら、ヒノモトノ国中、大パニックだもんねー」
「もちろん、この話は誰にもしちゃいけねえって、お上からの御通達でな。だから、ユーリ。くれぐれも他言無用だからな。これは国を揺るがしかねないことだからな。まあ、団長は知っているんだけどな」
「さすが団長だよー。なんでも首をつっこみたがるだけあるねー」
「いやいや。団長もその闘いに参加してたからだよ。ユーリが俺の娘になってからもう10年か……。あの10年前のお盆進行の半年前くらいに、俺と団長が出会ったわけだよ。その辺りから団長が一門を結成しようって話をしててだな? 団長がそろそろB級冒険者になれそうだって時期だったなー」
「団長って今、A級冒険者だよねー。あの人がC級冒険者をやってたなんて信じられないよー」
「C級冒険者からB級冒険者に上がるためには最低5年の実務が必要なんだよ。だから、団長と言えども、それは覆せなかったんだけどな? でだ、B級冒険者になれば一門は結成できるわけなんだが、あの団長の性格から言って、なかなかひとが集まらなかったわけだ」
「うふふっ。楽しいそうな話をしていますわ? 私も混ぜてもらって良いですか?」
おっ。アマノじゃねえか。お前もベランダに涼みにやってきたってわけか。まあ、家の中は蒸し暑いからなあ。いくら、風の魔法と水の魔法で室温調整しているって言っても、ずっと魔法をかけ続けれるわけでもないし。
「麦酒で良かったかしら? 新しい冷蔵庫は本当によく冷えてくれますわ。少し予算オーバーしてしまいましたが、買い替えた甲斐がありますわ?」
先月、家具量販店に冷蔵庫を買いに行ったのだが、将来増える家族の分も考えて、結局、予算を銀貨20枚オーバーの値段で、新しい冷蔵庫を買ったわけである。
「おっ、さんきゅー、アマノ。ん? ユーリ、なんだ、その顔。お前も欲しいのか? アマノ。ユーリの分は持って来たのか?」
「ユーリの分は梅酒を持って来ていますわ? でも、梅酒は麦酒と同じくらいにアルコール度数が高いので、飲みすぎに注意ですわ?」
「ありがとー、アマノさん。うわあ、よく冷えてるなー。まるでお父さんとアマノさんの仲みたいー」
「なに言ってやがる。俺とアマノは結婚2年目で、絶賛、今でも熱々だっつーの。何、変な事を言ってやがんだ」
「うふふっ。最近は特に寝苦しくなってきたので、さすがに同じベッドの上で寝るのは厳しくなってきましたわ?」
「夫婦が一緒のベッドで寝ないのは愛情が冷めてきた証拠だよー。お父さん、そろそろ、離婚届に印鑑を押してほしいのですわ? って言われちゃうよー? ちゃんと、アマノさんの心をわしづかみにしておかないとダメだよー?」
「子供がそんな心配してんじゃねえよ。俺とアマノは熱々すぎて、夜、寝苦しいだけだ。なあ、アマノ?」
「娘の前でそんなことを言ってはいけませんわ? ユーリは微妙な年頃なのですよ? ねえ、ユーリ?」
「むむむ。なんだか、子供扱いだよー。こう見えても16歳なのにー。立派な大人なのにー。お酒だって大丈夫なのにー」
俺はぶつぶつ文句を言うユーリの頭を左の手のひらでポンポンと叩く。
「お前が何歳になろうが、俺とアマノの娘だってことは変わりないんだよ。だから、諦めろ。俺が60歳になっても、お前を子供扱いしてやるからな?」
「なんだか、それって釈然としないなー。お父さんが60歳の時は、あたしは36歳だよー? あたしにもその時は、子供ができているはずだよー」
「まあ、そうだろうなあ。でも、少し、変な話なんだけど、俺とアマノの間に子供ができるとするだろ? そして、ユーリは誰かは分からんが、婿をもらって結婚して子供が産まれるわけじゃん? もしかしたら、俺とアマノの子供とユーリの子供が相思相愛になって、結婚したりしてな? はははっ、考えすぎか」
「それはさすがに想像を超えて、妄想ですわ? それに男の子か女の子か、まだわからないのですわ?」
「えっ!? アマノさん、お父さんとの間に子供ができたのーーー!?」
「いえいえ。まだですわ? ユーリが1人前の冒険者になるまでは、子供はまだ作らないでおこうと、ツキトと決めているのですわ?」
「ええーーー? あたしに遠慮することないじゃないーーー! アマノさん、お父さんとの子供が欲しくないのー?」
「もちろん、欲しいですわ? でも、私にはすでにユーリと言う娘がいるのですわ? だから、急ぐ必要がないだけですわ?」
アマノがニコニコ笑顔に対して、ユーリは少し憂いの表情を顔に浮かべるのであった。そんなに気にする必要なんてないのに、何を考え込んでんだよ、こいつは。
「そうかー。なんだか悪いことをしている気分だよー。でも、子供がほしくなったら、いつでも作っていいからねー? あたし、お姉ちゃんになれるもんー」
「うふふっ。そうは言われても、こればかりは神さまからの授かりものなのですわ? 作ろう作ろうと思ってもなかなかにうまくいかないご家庭もあるのですわ?」
「そういや、団長も早く跡継ぎになる男の子がほしいって言ってたな。なんかわからんけど、娘ばかり産まれるって。嫁さんが3人もいるのに、誰ひとり、男の子ができないのを不思議がってたぜ?」
「まあ、産まれてくる子の性別を決めれるわけではないのですわ? それこそ、神のみぞ知ると言ったところなのですわ?」
「うーーーん。あたしはできるなら、子供は女の子が良いなー。でも、まだ16歳なのに、将来の子供のことを考えても仕方ないのかなー?」
「まあ、あと5、6年もしたら、自然と好きな男はできるもんさ。その時に、その好きな男と一緒にどっちが良いか、悩んだらいいんじゃねえのか?」
俺はそう言ったあと、アマノに手渡された麦酒入りのジョッキを傾けて、グビッグビッと飲む。
「うふふっ。5,6年で好きな男性が出来ると良いのですが。私の場合、なかなか私自身から好きになる男性が現れなかったおかげで、先日、30歳を迎えてしまいましたわ? ですが、私は殿方から求愛をされることは、多々ありましたけど、自分から好きで惚れ込んで、それで結婚しようと思って、一緒になったのは、ツキトひとりだったのですわ?」
嬉しいことを言ってくれる女だぜ。これぞ、男冥利に尽きるってもんなんだろうなあ。
「ああー、お父さん、なんか顔がにやけてるー。これは今夜の我が家も熱々になるなー。ああー、あたし、早く一人前の冒険者にならないとなー。寝苦しい夜になるのは勘弁だよー」




