ー16- 7月14日
「暑いよー。暑いよー。とけちゃうよー。海で泳ぎたいよー!」
「そんなこと言われても、海開きは今度の週末だしなあ? なあ、アマノ」
今日は神帝暦645年 7月14日。今日も今日とて、このクソ暑い中、ユーリをC級冒険者並の冒険者に育てあげるために、俺とアマノはユーリを訓練中である。ああ、暑い!
「うふふ。そうですわ。あと、草津から海に行こうとしたら、かなりの距離を汽車に揺られて行かなければいけませんわ? ここから北へ20キロメートルほど行ったところのびわ湖に飛び込んで来たら良いのでは?」
「びわ湖かー。悩ましいところだねー。あそこは昔、お師匠さまと一緒に行ったことはあるけど、かなり汚くて、水際に近づく気にすらならなかったよー」
「まあ、びわ湖の周辺地域の生活用水のほとんどが、一度、あそこに流れ込んでいるもんなあ。だから、1年に1回、ヒノモトノ国中の水の魔法使いが一同に集まって、水の浄化をかけるんだろ?」
「うふふっ。そうですわ。私も来週、それがあるためにびわ湖に行かなければならないのですが、億劫なのですわ。この1年に1回の行事があるために、魔法使いギルドに水の魔法使いとしての登録を更新する気がなくなるのですわ」
ちなみに冒険者ギルドとは別で魔法使いギルドがあるわけなのだが、こちらは研究職扱いであるため、別に冒険者としての位階を問われることがなく、魔力D級以上のモノは自由に登録可能なんだよなあ。
そして、魔法には、水、風、火、土と4系統があるわけなんだが、それぞれに年1回の行事があるわけだ。
その行事の中でもひときわ面倒くさいのが、水の魔法使いたちによるびわ湖の年1回の浄化作業である。びわ湖はあまりの大きさのために、数十人程度が水の浄化を使っても、ほとんど意味がなさないのである。だから、ヒノモトノ国中から水の魔法使いを集めると言う、とんでも行事なのだ。
「あれー? あたしはそのびわ湖の浄化に参加しなくても良いのー? あたしは水の魔力がC級あるよー?」
「ああ、そう言えば、ユーリを魔法使いギルドに登録し忘れてたな。てっきり、団長がやってくれるものと思っていたぜ。こりゃ、失敗したなあ」
「魔法使いギルドに登録してないと、何か不味いことでもあるのー? お師匠さまー」
「いや、別に登録しなくても良いんだが、小遣い稼ぎにはちょうど良いクエストを魔法使いギルドが独自に発行しているんだよ。で、冒険者ギルドと魔法使いギルドは行政的には別管理だから、魔法使いギルドのクエストを受けるには、そっちのほうで登録をしないとダメなんだよ」
「ふーーーん。縦割り社会の弊害ってやつなんだねー。別にいっしょでもいいんじゃないのー?」
なかなかに難しい言葉を知っているんだな。ユーリは。まあ、俺も面倒くさいシステムだとは常々、思っているんだがな。
「その代り、冒険者ギルドと違って、魔法使いギルドは登録しておくだけで、魔力の位階ごとに、一定額のお金が支給されますわ」
「うわっ! それ、本当ー? 働かなくても食べていけるってことー?」
「いいえ? 支給されるお金で、びわ湖の浄化作業等の足代に使わされることになるので、ほとんど意味がないのですわ? 私も、つい、旨い話だと想って、飛びついてしまったのが失敗だったのですわ」
「そうだよな。駆け出しの頃はとにかく金がないからな。雀の涙といえども、金は金だ。もらえるのなら飛びつくってのが筋ってもんだしな」
「まあ、ぎりぎり黒字になる程度には支給されるのですわ。でも、お金をもらっている以上は、年1回の行事には強制参加なのですわ。特別な理由がない限りは、辞退できないのですわ」
「特別な理由って何ー? アマノさんー。例えば、骨折したとかの大怪我の場合は辞退できるのー?」
「片足を骨折した程度だと、治療魔法・水の回帰を喰らわされて、強制参加ですわ。さすがに、両足をドラゴンに食いちぎらた場合は、辞退可能なのですわ」
「うっわー。嫌な話だねー。この国の闇を覗き見た気分だよー。他にはどうやったら辞退できるのー?」
なんで、ユーリは辞退をする方法ばかりを聞きたがるんだよ……。まあ、良いか。
「んとな、確か、国が直々に発行するクエストの場合は、そちらを優先すべきとなって、魔法使いギルドの行事参加の辞退は可能になるんだ。そりゃ当然だわな。行政のトップは結局、国なんだ。国のお偉いさんが発行するクエストが優先されるのは当たり前な話だな」
「じゃあ、あたし、魔法使いギルドに登録して、年1回の行事が近づきそうになったら、国が発行しているクエストを受注するよー。そしたら、魔法使いギルドから支給されるお金はまるまる、あたしのふところに入ってくることになるよー!」
「まあ、国の発行するクエストを受注するには、色々と条件が厳しいんだけどな。B級冒険者かつ、魔法も2系統使えなければならないとかザラだからなあ」
「あと、国が直接、発行するクエストなだけあって、難易度はどれもAクラスなのですわ。私も1度、国からのクエストに参加したことがありましたけど、【竜の涙】を取ってこいとか、かなりふざけた内容でしたわ?」
「あれなあ。団長が一度で良いから拝んでみたいとか言ってたやつだよな? 俺は条件が合わずに参加できなかったけど、一か月近く、クエストに出ずっぱりだったもんなあ。帰ってきた時のアマノの顔を見た時は、団長殺す! って感じだったもんなあ」
普段はニコニコ笑顔を絶やさないアマノであるが、あのクエストから帰ってきた時のアマノの頬はげっそりとこけ落ちており、眼には団長を殺す! と言う怒りの炎を宿らせていたもんなあ……。
「うわあー。アマノさんを怒らすって、団長は命知らずだよー。もちろん、得意の水の洗浄を団長にかましたんでしょー? アマノさん」
「それが、団長はさすがにA級冒険者なだけあって、まともに喰らってくれないのですわ? 石の鎧にさらに火の魔法を組み合わせるのですわ。だから、水の洗浄を無力化するのですわ」
「うっわー。嫌がらせに本気で対処するって、大人としてどうなのー? そこは素直に洗浄されておくべきだと想うよー?」
「あれ? アマノ。団長のあの合成魔法の弱点を知らないのか?」
「えっ? どういうことですの? あれって、弱点がありますの?」
「ああ。石の鎧ってのは、物理的な攻撃を防ぐための石の鎧ってのは知ってるだろ?」
「ええ。もちろんですわ? 自分の防具等の表面に厚さ数センチメートルの石の表皮、いわば石の鎧を具現化しますわ? そこに火の魔法を組み合わせることで、石の鎧自体を熱して、水を蒸発させるのですわ?」
「そう。そこなんだよ、弱点は。あれって、石の鎧を熱するから、中の本人はめっちゃくちゃに暑いのよ。だから、長時間、使用することができないわけ。だから、長い時間、水の洗浄をかけ続けると、団長が蒸し風呂状態になるわけよ」
「ああ、なるほどなのですわ! それは盲点だったのですわ! いつも、無効化された時点で、水の洗浄をやめていたのですわ。団長は、はははっ、まだまだアマノくんは甘いですねって高笑いして、すぐに去って行ったのは、そういう理由があったのですね?」
「そういうこと。だから、今度、団長に何かされて、イラッとしたときには、なるべく長時間、水の洗浄をかまし続けるといいぜ?」
「うーん、でも、あたし、団長ならそれについても対抗策を講じていそうな気がするよー? だって、あの団長だよー? 研鑽に研鑽を重ねて、暑さ対策も施していそうな気がするよー?」
「さすがにそんなことないだろ。じゃあ、ユーリ。今度、団長が性的いやがらせをしてきたら、やってみな? 団長が苦しむ姿を拝めるかも知れないぞ?」
こんな感じで俺はアマノとユーリに助言をしたのだが、さすがはA級冒険者の団長である。はははっ! きみたちが水の洗浄をかけている相手は石の虚像で生み出した、先生の身代わりなのですよ! ってな。本当に、団長は魔法の才能を無駄遣いしているなあと、俺はその時に思ったのであった。