ー初体験の章49- 神帝暦645年 8月24日 その38
現在時間15時30分。3回目のアタックは当初の予定を30分以上も超えたモノとなってしまった。生きる絵画に逃げられ、悪魔の人形に逃げられ、そして、最後は、玄関・ホールでの幽霊20体近くとの大規模戦闘だ。
って、あれ? 幽霊の数を順調に減らせたのは良いが、この領主の館の怪異の原因であろう、2匹のモンスターには逃げられ損をこいちまってるのかあああ!
「あああ、先が思いやられるなあ……。2日目の今日で、この量の幽霊だし、明日以降はもっと、しんどいことになりそうだわあああ」
俺は草むらの上にゴロンと身体を放り出して、大空を見上げながら文句のひとつを言ってしまうのであった。今日は8月24日だ。さすがに15時30分を回っただけあって、かなり太陽は傾いてきているものの、まだまだ大空は明るい。
暑さと言ったら、この日、1番のピークの時間である。しかし、身体を冷やすための風の柱を唱えようにも、俺の身体の魔力は底をつこうとしていた。ここで、魔力切れを起こせば、激しい頭痛に襲われることになり、俺は3日ほど、まともに闘うことができなくなってしまう。
と俺がそんなことを思っていると、いたずらな風がヒュウウウンッと俺の方へと流れてくる。
「うふふっ。風の柱なのですわ? 皆さんは最後の戦闘で、ほとんどの魔力を使ってしまった以上、まだ余力が残っている、私が皆さんを涼しませるのですわ?」
「疲れてるとこ、すまねえ、アマノ……。ああ、風が気持ちいいわあああ。これで水の洗浄もあったら最高なのになあああ?」
「お父さんー。あたしの方をちらちら視ながら、何、馬鹿なことを言っているのー? あたしは水の柱に魔力を込めすぎたせいで、体内にほとんど、魔力が残ってないんだよー?」
「おっと、そうだったわ。しっかし、いくら、水の柱がイメージを描く必要がないからって、連射しすぎだったんじゃねえの?」
「そんなこと言われても、あの数相手に、いちいち水の洗浄のイメージを維持するなんて、D級冒険者のあたしに望むのは酷ってもんじゃないー?」
ユーリは追加の幽霊10体が現れた時に、先制するかのように、水の柱を5連射したのであった。次々と空中で撃ち落とされていく幽霊たちであったが、いくら、攻撃は最大の防御と言えども、大味すぎる気もするんだよな。
まあ、通常の10倍もの魔力を消費してしまう罠が仕掛けられた、この館が全て悪いんだけど。
「ウキキッ。ユーリ殿が水の柱で、弾き飛ばした幽霊を次々と、わたくしのヒノキの棒でとどめを取っていったのですよ。いやあ、わたくしの活躍を、タマさんに視てほしかったくらいなのですよウキキッ」
ヒデヨシは片手に1本づつ、ヒノキの棒を持ち、ヒノキの棒・二刀流? で、さながら鬼神の如く、幽霊たちを屠っていったわけである。しかし、幽霊は元々、死んだモノの成れの果てであり、屠っていくと言う表現が正しいのかは、語彙力の低い俺では判断がつかない。
「ヒデヨシ。タマさんに手を出すのはやめてくれよ? もし、何かあって、食事中の空気が澱んだら、最悪だからな?」
「うふふっ。ユーリ? ヒデヨシさんがもし、タマさんに粉をかけようとしたら、ヒノキの棒で、後頭部を一発ぶん殴ってみると良いのですわ?」
「今日は、もう、そんな元気も無いよー。ヒデヨシさん。やるなら、明日にしてねー? 明日には魔力も回復していると思うから、水の神舞込みで、後頭部に1発、良いのをお見舞いできるよー?」
「ウキキッ。この家族は、わたくしに対して、厳し過ぎるのですよ。まるで、わたくしが性獣か何かかと勘違いしているいのでは無いのですか? ウキキッ」
そりゃそうだろ。ヒデヨシがたまに、その首につけられた黒の首輪で、首をしめられて、ウギギッ! ってなってるんだからよ。いい加減、ヒトの嫁のおっぱいを30秒もガン見するのは、やめていただけませんかね?
「ウギギッ! この黒の首輪を外してしまいたいのですよウギギッ!」
ほら、また、ヒデヨシの奴が、俺の可愛い嫁のDカップのおっぱいをガン見したぞ? いい加減、拝観料を取るべきだと俺は思うんだよな。
「なあ、アマノ。いい加減、ヒデヨシに拝観料を徴収すべきだと思うんだが、アマノとしては、どう思うんだ?」
「うふふっ? ヒデヨシさんは私のモノばかりを視ているわけではありませんわ? たまにユーリの胸も凝視しているようなので、ユーリにもヒデヨシさんから拝観料を徴収する権利が生じるのですわ?」
「ヒデヨシさんは節操無しだよねー。別に凝視されたからって、減るモノじゃないけど、革鎧の上から視ても、嬉しいモノなのー?」
アマノとユーリは革製の胸当てを着用している。だからこそ、そんなところを凝視されたところで痛くもかゆくもないと言った感じなのだろう。だがな? 男の妄想力を、この2人は舐めているんだよなあああ。
「アマノ、そして、ユーリ。ひとつ、忠告しておくぞ? 男ってのは、基本、ドスケベだ。いつか、その革製の胸当てを透視できるかもしれないと思って、凝視するんだよ、男ってのはだ!」
「ウキキッ。さすが、ツキト殿はわかっているのですよ。何故、神はわたくしに透視能力を授けてくれなかったのでしょうか? 悔しくて、神を恨んでしまいそうになるのですよウギギッ!」
「うふふっ。殿方って、何でこんなに馬鹿なのでしょうか? ユーリ? 後からでもなく、今すぐに、この2人の後頭部に良いのを一発、お願いするのですわ?」
「うーーーん。あたし、疲れてるんだけどなーーー? お父さん、ヒデヨシさん、少しはおとなしく休憩していてよーーー」
うっ。ついに俺は娘にすら構われなくなってしまった存在となってしまったのか。お父さん、すごく悲しい!
「ウキキッ。ひとり娘の父親は大変そうなのですよ。うちは息子だけなので、気持ちを察せられなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいなのですよウキキッ」
「そういや、ヒデヨシのところは、子供はひとりだけなのか? お前、精力はニンゲンの3倍はあるんだから、子供も普通のご家庭の3倍、作ると思ってたんだけど?」
「ウキキッ。そこは収入が安定しない、冒険者稼業ゆえですね。子供ひとりに高等教育を受けさせようとすると、教育費だけで、3年間で金貨50枚(※日本円で約300万円)は最低必要ですしウキキッ」
「へーーー。そんなにかかるのかあ。でも、ニンゲン族の男にそれだけの教育を施しても、なかなかに研究機関に就職は出来ないぜ? それなら、中等教育後に進める、専門技術修得機関に送ったほうがマシじゃね?」
俺は草むらの上でゴロンと寝転がり、右の鼻の穴に右手のひとさし指を突っ込みながら、ヒデヨシと世間話をするのである。ユーリが、また、下品なことをしているよーって侮蔑の視線を飛ばしてくるが、この際、無視だ。
「ウキキッ。ツキト殿、時代は変わりつつあるのですよ。確かに、専門技術修得機関の方が、そこを卒業した時に、就職では有利には働くのですよ。でも、それでは、このヒノモトノ国が本当に栄えることは無いのですよ。エルフ族に研究機関を占拠されっぱなしではいけないのですよウキキッ!」
「ん? どういうこった? 優秀な奴に研究機関を独占させてたほうが、新しい技術ってのは、産まれやすいだろうが?」
「ウキキッ。そこがそもそもの勘違いなのですよ。確かにエルフ族はアタマの出来が良い者たちが多いのですが、その絶対数が圧倒的にニンゲン族よりも劣るのですよ。国は一握りの秀才たちが作るのではありません。あまたのそこそこできる凡才たちによる底上げこそが肝心なのですよウキキッ!」
ヒデヨシが何やら熱く語り始めたが、学のあまり無い俺では、ヒデヨシの言いたいことがよくわからないのである。
「なあ、アマノ。ヒデヨシはいったい、何が言いたいわけなんだ? 俺の馬鹿なアタマだと、よくわからないんだけど?」