ー初体験の章48- 神帝暦645年 8月24日 その37
「ユーリ! 右だ! すまねえ、一匹、そっちに行っちまったわ!」
「わかったー! むむむー、水よ、勢いよく噴き出せーーー! 水の柱発動だよー!」
ユーリが左手に呪符を握りこみ、パッとその手を開くと同時に、その手のひらから勢いよく、一方行への直径30センチメートルもの太さがある水の柱が、ユーリへと突っ込んできていた幽霊にぶち当たる。
「ブギャアアアアアアーーー!」
ユーリが発動した水の柱は、街中で、ひったくりに会った時などに、逃げるひったくり野郎の背中にぶち込む際には便利だったりするのだ。ひったくりをされたことにより、気が動転して、魔力を込めすぎて、往来の方々を巻き込んでしまったりするが、まあ、そこは、皆はおおめに見てくれて助かる場合が多い。
なんたって、悪いのは、ひったくりを行った輩なのだ。水の柱に巻き込まれた方々は、その分も込めて、地面に倒れたひったくりを踏みつけて、憂さを晴らすわけである。
しっかし、ちょっと、水流の勢いが強すぎるんじゃね? ユーリ。ふっとばされた幽霊が天井近くまで、かち上がってるぞ?
「ウキキッ! 美少女と言っては過言すぎるユーリ殿を狙う不埒な幽霊のとどめは、わたくしが取るのですよ! 水よ、ヒノキの棒に纏わりつくのですよ! 水の神舞発動なのですよウキキッ!」
ヒデヨシが両手に握るヒノキの棒に逆巻く水を巻きつけたまま、斜め上に3メートルほど、ジャンプし、上から下へ落ちてきた幽霊にヒノキの棒を横に薙ぎ払う。ヒデヨシの攻撃を食らった幽霊はその存在をかき消されることとなる。
「ひゅー! ヒデヨシの奴、やるねえ。事前に風の軍靴を自分にかけておいたのか。だが、まだまだだな。俺なら、斜め上方向なら地面から7メートルは跳ね上がることができるぜ?」
「ウキキッ。使い勝手が悪い風の魔法なので、普段は使いませんからね。脚力だけ数段、パワーアップされると、自分の身体がどうしても振り回されてしまいますので、いつもは風の恵み中心なのですよウキキッ!」
幽霊をヒノキの棒で吹っ飛ばしたあと、向こう側に行き過ぎないようにと宙を一度蹴り、着地したヒデヨシが素早くバックステップを行い、自分の持ち場へと戻ってくる。まあ、ヒデヨシの言いたいこともわからないでもない。
身体全体の速度が1.2倍から1.5倍になる風の恵みはバランスを保つのに便利なのだ。それに対して、風の軍靴は脚力のみだ。しかも、脚力のみを3倍以上に増幅させるために、上半身とのバランスを取るのが非常に難しい。
だが、俺は20年という長い冒険者稼業の中で、その風の軍靴と槍さばきを融合させることについに成功させたのだ。その隠し業の名は【風と共に踊りぬ】だ。それゆえに俺は槍使いのモノたちには【外道】と呼ばれるようになってしまったわけなのだが?
「うふふっ。わたしは普段は弓を使っていますので、風の軍靴を使う機会はめったに訪れないのですわ? ああ、私もツキトと同じく、大空を自由自在に蹴り飛ばしながら、弓を連射してみたいものですわ?」
「アマノ。やめとけ、やめとけ。そりゃ、ハイ・エルフの隠し業じゃねえか。いくら、アマノがニンゲン族としては一流の弓使いだからって、アマノ並みの一流がゴロゴロ転がっているエルフ族の中でも超一流が使う、弓の隠し業だぜ? あれを真似できる奴がニンゲン族に居たら、そいつはA級冒険者になれちまうぞ?」
「それもそうですわね。ツキトの言う通り、ニンゲンをやめているレベルなのですわ? ツキトの隠し業を弓で行うようなものですわね。まさに、A級冒険者の所業なのですわ?」
アマノは俺がひきつけられきれなかった、幽霊2体にヒノキの棒をぶち込みながら、そう、俺と会話する。さすが、元B級冒険者さまだぜ。幽霊程度が相手なら、戦闘中に愛する夫との会話をこなすのも、おちゃのこさいさいってか。
B級冒険者であるアマノも、もちろん隠し業を会得している。というか、B級冒険者になるためには、冒険者各々がいわゆる【隠し業】を会得しなければ、昇格試験に合格するのは難しいのである。まあ、隠し業を会得していなくても、B級冒険者になってしまうほどのニンゲンの基礎的な部分が通常のニンゲンと比べて遥かに優れている奴は存在する。
「むむむー。アマノさんはすごいなあ。お父さんとアレだけ、くっちゃべってても、全然、へっちゃらって感じだよー?」
「ウキキッ。B級冒険者の中でも、アマノ殿は突出した実力を持っているのですよ。たまたま、ニンゲンをやめれなかったためにA級冒険者へと登り詰めれなかっただけだと思っていたほうが、良いのですよ? ウキキッ!」
ヒデヨシがユーリの死角をカバーしながら、そう会話をしている。ヒデヨシはサポート兼アタッカーをこなせる貴重な人材だよなと、俺は思わずにはいられない。俺はどっちかというと、荷物持ち兼、壁役兼アタッカーだ。ヒデヨシみたいなのがひとりいるだけで、徒党の底力は上がると言って過言じゃないなあ。
「よっし。幽霊は残り5体だ。油断なく、それでいて果敢に攻め立てるぞ! 炎よ、革の丸盾を包み込め! 炎の神舞発動だぜ! さあ、俺の構えた盾に突っ込んでこいってんだ!」
――玄関・ホールにおいて、ツキト一行と幽霊たちとの闘いは延べ10分以上が経って、ようやく終息に向かうのであった。10匹以上にも及ぶ幽霊たちは退くことをやめ、玉砕覚悟でツキトたちを襲い続けたのであった――
「はあはあはあ。ああ、きつい。まさか、あそこからさらに幽霊が10体も増えるとは思わなかったわ。俺が珍しく大枚をはたいた革の丸盾がぶっ壊れるかと思ったわ!」
俺たちは追加の幽霊を含めて、約20体もの幽霊の群れと帰りの玄関・ホールで戦ったわけである。戦闘が終わった後、俺たちは玄関・ホールの扉を抜けて、鉄柵の門を越え、館の敷地内から、からくも脱出することに成功したのであった。
「ふうふうふう。ああ、しんどいよー。魔力がもう少しで枯渇するところだったよー。あちらもとうとう、本気を出してきたってことなのかなー?」
「ユーリちゃんにかなりの魔力を吸い取らたのでッチュウ。おかげでお腹がすっごく空いたのでッチュウ……」
ユーリが玄関・ホールの戦闘で魔力切れを起こさなかったのは、ユーリの使い魔である、こっしろーの存在が大きかったと言わざるをえない。団長、素敵なプレゼントをありがとうな? このクエストが終わったら、残暑見舞いで、牛石鹸の詰め合わせでも贈らせてもらうからな?
「ウキキッ。いくら雑魚と言えども、あの量はさすがにしんどかったのですよ。あそこで悪魔の人形が出てきたら、非常に危険だったのですよウキキッ」
「うふふっ。最初から出し切るつもりで、玄関・ホールに飛び込んだのが幸いでしたわ? おかげで、戦闘中に集中力が途切れる恐れがなかったのですから……」
アマノの言う通り、今日の館内の探索を打ち切る前提での、戦闘開始だったので、その勢いのまま、追加の幽霊10体と相対できたのは大きかったよな。最初の数を減らしきれる前に、追加がやってきていたと思ったら、ゾッとするわ。
「はあはあはあ。拠点の一軒家に戻るのは、ここで休憩してからにしようか。さすがに魔力を通常の10倍吸い取られながら、あの数と闘ったのは、しんどすぎるぜ」
俺は肩で息をしながら、そう、皆に告げるのである。ユーリなどは、草の上にぺたんと尻餅をついた状態で、ふうふうふうと息を整えている。ヒデヨシは、ひょうたん型の水筒のキャップをくるくるっと回して外し、水筒の口を自分の口につけて、一気にグビグビと飲んでいた。
皆がそんなバテバテの中、アマノだけは、ニコニコ笑顔のままである。さっすがB級冒険者としか言いようが無いわ、この辺りは。
「アマノは大丈夫なのか? しばらく振りのクエストだってのに、へっちゃらな顔をしてるけどさ?」
「うふふっ? ツキトが午前中にユーリの訓練をしている時に、私は家事やお昼の支度をした後、体力が落ちぬようにと、ご近所で走り込みをしているのですわ? いくら、表向き、冒険者稼業を引退していると言えども、【欲望の団】に所属している以上、あの団長にどんな無茶振りをされるか、わかったものではないですもの。いつでも、クエストを受けれるように身体を鍛えているのですわ?」
なるほどなあ。アマノが毎晩、俺に追加でねだってきても、全然、へっちゃらなのは、昼間、俺とユーリが視てないところで、自己鍛錬を欠かしてなかったからかあ。こりゃ、俺もユーリの訓練の合間を見つけて、自己鍛錬を行わないといけないな。
いくら自分が40歳になったからと言って、ベッドの上でアマノに良い様に弄ばれるのは、旦那としての沽券に関わる問題になっちまうからな!