ー初体験の章44- 神帝暦645年 8月24日 その33
ヒデヨシの手により、破壊されたドアノブを俺は蹴っ飛ばし、扉が開く邪魔にならないようにしておくわけである。
「お父さんー。行儀が悪いよー? 何か嫌なことでもあったのー?」
「い、いや。そこツッコむところか? ただ単に、あのドアノブが扉のところに転がってきて邪魔になったら嫌だなあって。別に何かの憂さ晴らしに、遠くへ蹴っ飛ばしたわけじゃないからな!?」
「うふふっ。ユーリ? こういう話がありますわ? とある徒党がドアノブを破壊して、部屋の中に侵入したモノの、いざ、部屋から外に出ようとしたら、何故か扉は何かに引っかかって、ちゃんと開かなくなってしまいましたの」
ふむふむ、それでー? とユーリがアマノに聞き返している。あー、あの時の出来事をここでぶり返してくるかー、アマノは。と俺は思ってしまう。
「そしたらですね? 扉の下に先ほど壊して床に転がしっぱなしだったドアノブが引っかかっていたのですわ? しかも、ちょうど、扉の向こう側にそのドアノブがあるために、手がどうしても届かなかったのですわ。そしたら、団長がめんどくさいので扉を破壊しますって言って、石の虚像を呼び出して、扉自体を一撃粉砕したのですわ?」
「あれー? とある徒党と言いながら、結局、【欲望の団】の話だったんだねー。団長って、ちょっと、気が短すぎないー?」
「補足説明をするとだな。そのドアノブを破壊したのが、カツイエ殿だったんだよな。んで、ちょうど良い感じにドアノブが潰れちまってさあ。んで、扉と床の間にがっちりと挟まれたってわけよ」
「ウキキッ。傍から聞いていると、間抜けもいいところなのですよ。何故、そんなことをしてしまったのですか? ウキキッ」
「さあな。俺に言われてもわからん。たまたま、ドアノブを潰したのがカツイエ殿で、たまたま、扉と床の間に潰れたドアノブが入り込んで、たまたま、団長が石の虚像で扉を破壊したとしか言いようがないんだよな」
「うふふっ。あの時のクエストは、何やら流れが微妙に悪かったのですわ。そう言う時って、嫌な感じのミスなどが重なるのですわよね」
アマノの言う通りだよなあ。別にカツイエ殿が狙って、扉と床の隙間にドアノブが挟み込まれるように仕込んだわけでもないし、そもそもとして、あのクエストは依頼人との最初の交渉時から揉めていたんだよな。んで、とどめが団長の扉破壊事件ときたもんだ。
「悪いことは重なるって言うけど、本当、アレがそうだったとしか言いようがないな。たまたま、破壊した扉も、依頼主のお気に入りの扉だったしなあ?」
「うふふっ。お気に入りの扉っていったい何なのでしょうね? でも、依頼人は、その扉を破壊されたことにカンカンだったのですわ? 扉の1枚や2枚、館内でのクエストでは壊れるのは当然でしょうに」
「あの時、いくら、めぼしいクエストが冒険者ギルドのクエストボードに貼りだされていなかったからと言って、とりあえずと言った感じで受けちまったこと自体が間違いだったのかもなあ? なあんか、最初の交渉時から、依頼主とこっちで意見の齟齬も起きていたし」
終わりよければ全て良しと言うコトワザがある。だが、最初にちょっとしたことでつまずくと、そのままズルズルと尾を引き、結果的に全てがダメになることも多々あるわけだ。言うなら「最初ダメなら全てダメ」。この言葉が、あのクエストで一番ぴったりはまる言葉であろう。
「ちょっと、さっき蹴っ飛ばしたドアノブで何かあったら嫌だから、拾ってくるわ。ヒデヨシ。ユーリの側に居てくれ。アマノは俺についてきてくれ」
「うふふっ。私が変な話をぶり返したせいで、ツキトは気になってしまったのですわ。これは、要らぬ気遣いをさせてしまったのですわ?」
「うーーーん。まあ、ユーリの初クエストだからな。俺がやったことで、後々、ユーリの足を引っ張るような事態になるのも気分的によろしくないし」
と、俺はそこまで言ってから、さて、どこにドアノブが転がっていったのかなあ? と床の方を視ながら歩くわけである。うーーーん。廊下の天井のところどこに居る火の玉しか光源がないから、薄暗くてよく視えないわ。俺は本気で老眼になりつつあるのを心配する歳になってしまったのかも?
と俺は思っていると、後ろをついてきていたアマノが、俺の斜め前3メートルの地点を指さすのである。
「うふふっ。結構な距離を転がっていってましたわね? さくっと拾って、さくっとユーリたちのところに戻るのですわ?」
俺とアマノは、今現在、ユーリとヒデヨシから約8メートルほど離れた場所まで歩いてきていた。火の玉だけの光源だと、うっすらぼんやりとしか、あの2人の姿を確認できない。いっそ、炎の照らしを使って、自ら光源を創りだそうかなあ?
ああ、ダメか。幽霊は炎に集まってくる習性をもっているんだ。こんなところで炎の照らしなんか使おうものなら、飛んで火に入る幽霊だわ。
「って、そうじゃない。俺は何を考えてんだ。そもそもとして、魔力消費が10倍になる罠を仕掛けられてんだぞ。炎の照らしなんか使っちまったら、館から出る前に、魔力切れを起こすわ!」
「うふふっ。相変わらず、自分のボケに自分でツッコミをいれているのですわ? ですが、炎の照らしが欲しいと思ってしまうのは仕方ないくらいの暗さなのですわ? ツキトほどでは無いにしても、私も段々、眼が疲れてきましたわ?」
ちなみに炎の照らしと言う火の魔法は、暗い洞窟や、夜の帳が下りた街中でも重宝する。ランタンほどの明るさを発する炎の珠を、宙に具現化し、術者のイメージにより、操作することが出来るのである。
さらにこの魔法の便利なところは、布や紙に、この炎の珠を接触させた程度では、それらに簡単に引火しないことである。そりゃあ、5分や10分も炎の照らしによって具現化した炎の珠にそれらを接触させ続ければ、もちろん引火する。でも、よっぽど油断してなければ、そんな心配も無く、こういった館の中でも使える光源となるのだ。
普段なら、間違いなく炎の照らしを使っている状況なのだが、そうはさせてくれないところが、この館の意地の悪さを感じざるをえない。
「愚痴っててもしょうがないかあ。応接間Cを調べたら、館の外に出ようぜ。んで、今日の探索はそれで終わりってことで」
「うふふっ。それが良いのですわ? さて、応接間Cには何が待っているのでしょうか? 悪魔の人形が先回りしていないことを祈るのですわ?」
「そうだな。もし、アレが先回りしてるってことになれば、あの部屋の扉の前に待機させておいた、ユーリとヒデヨシが危険な眼に会っちまうしな。よっし、ドアノブの回収は終わりっと。おーーーい。ユーリ、ヒデヨシ。そっちは何事も無いかあああ?」
「うんー。お父さん、こっちは大丈夫だよー? でも、扉の向こうから、何か音がするから、早めに戻ってきてほしいかなー?」
ん? 扉の向こうってことは、応接間Cの中に何か居るってことか。これは用心しておかないとダメだな。
「ユーリ。今すぐ戻るから、こっしろーに先に、応接間Cの中を軽く偵察させておいてくれ? わかっているとは思うけど、扉の隙間から先に行かせすぎないようにな?」
「うん、わかったー。こっしろーくん、出番だよー? この部屋の中の様子を探ってきてねー?」
「わかったのでッチュウ! この栄えあるネヅ族のこっしろーに任せるでッチュウ! もし、凶悪なモンスターが部屋の中に居たら、ぎったんばったんにのしてくるでッチュウ!」