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ー14- 7月1日

「おーーーい。ユーリ! 呪符は持ったか? あと筆記用具と弁当も忘れるなよーーー!?」


「うんーーー! 大丈夫だよーーー! それよりもお父さんとアマノさんは、あたしのD級冒険者昇格試験を無事に合格するように祈っていてーーー!」


 ユーリはそう言うなり、玄関のドアをガチャリと開けて、バタンッ! と勢いよく閉めて、試験会場に向けて走って行くのである。


 神帝暦645年 7月1日。この日、ユーリは冒険者の位階(ランク)アップ試験が行われる試験会場へと走っていくのであった。ユーリにはこの約3か月、冒険者として必要最低限、身につけなければいけないことは教えたつもりである。教えたつもりであるのだが……。


「さて、1回目の試験はどうなることでしょうな。アマノはどう思う?」


「私としましては合格してほしいところですが、まあ、1回目ですので、まず間違いなく落ちると思いますわ?」


「まあ、そんなところだろうな。実技はそこそこ良いところまで行くとは思うんだけど、問題は筆記試験のほうなんだよな。アレは国の法律関係も関わってくるから、難易度が毎回違うってのがつらいところだよなあ……」


「今回、落ちたところで、D級昇格試験は2カ月に1回は行わている試験ですから、それほど心配はないのですわ。それよりも問題はC級昇格試験ですわ? あれは3~4か月に1回の試験になりますし、筆記よりも実技のほうが問題になるのですわ」


「ああ、そうだよなあ。団長は3月までにC級冒険者並に仕上げろって言っている以上は、3月1日のC級冒険者試験が最後のチャンスとも言えるんだよなあ。今日が7月1日だから、残り、ちょうど7カ月ってところかあ。うーーーん、なかなかに厳しい日程だなあ?」


 C級冒険者から上は3~4か月に1度の頻度で位階(ランク)アップ試験が開催される。去年は3月、7月、11月の年3回であった。そこから考えるに、ユーリが【根の国(ルート・ランド)】探査に出る前に3月1日に行われるであろうC級昇格試験が最後のチャンスとなるわけだ。


「うふふっ。それほど心配しなくても良いのですわ? 団長さんはC級冒険者【並】と言ったのですわ? だから、試験に合格するかは二の次なのですわ?」


「団長的にはそれでいいんだろうさ。でも、余所の一門(クラン)、そして冒険者ギルドや国がどう言うかまではわからないんだぜ? なんたって、ユーリは【欲望の団(デザイア・グループ)】における【根の国(ルート・ランド)】探査団の選抜メンバーなんだ。周りや上からケチをつけられたら、ユーリが可哀想だろうが」


「まったく、ユーリに優しすぎるのですわ、ツキトは。冒険者稼業をやっていくには、そういった視線にも耐える必要があるのですわ? あなたはB級冒険者の実力があっても、C級冒険者にとどまるのは、そう言った悪しき面が冒険者稼業にもあるからでしょう?」


「ははっ。買い被りすぎだぜ、アマノ。俺は万年C級冒険者でしかないっての。俺に本当に力があったなら、あいつを死なせるわけがないってんだ」


「まだ、あの時のことを後悔しているのですか? あれは仕方がなかったことなのですわ?」


 アマノとの会話を一旦、打ち切り、俺は、左手に持つ箱からタバコを1本取り出し、口に咥えて火を着ける。そして、一度、煙を肺に吸い込み、ぷはあああと口から宙に吐き出す。


「確かにあの時、俺は徒党(パーティ)の仲間のひとりを失い、自分の使い魔を犠牲にし、さらに自分の身を挺して、アマノの命を守った。そのことに関しては後悔はしてない。俺はアマノを守りたいと自然に身体が動いちまったからな」


「それで良いのですわ。ヒトがヒトの身で守れるモノはひとつだけなのですわ。だからこそ、私はあなたと一緒にいるのですわ」


「すまねえな。アマノ。だけど、あいつは俺にとっては悪友だったが、それでもあんな死に方はしてほしくなかった。俺はあの時、皆を守れると奢っていたんだ。だが、そんなことはなかったと思い知らされたもんだ。俺がB級冒険者になる資格なんてありゃしねえんだ」


「ツキト……」


「すまねえ。ちょっと、思い出したら、涙が出てきちまった……。アマノ、胸を借りていいか?」


「ええ、良いのですわ。ユーリがいませんもの。思う存分、私に甘えて良いのですわ?」



 ☆☆★☆☆



「ああー。実技は上手くいったつもりなんだけど、筆記試験が厳しいところだよー。あたしの自己採点だと、合格するかどうかのギリギリのラインだよーーー」


 夕方17時を回るころには、ユーリが家に戻ってきて、台所のテーブルで上半身を投げ出し、グテーとなっているわけである。


「うふふっ。お疲れさまですわ? 今日はユーリの大好きなミンチ肉のつみれ(ミート・ボール)なのですわ? ちょっと、工夫を凝らして、大き目に作ってみたのですわ?」


 アマノがそう言うと、大皿に山盛りのミンチ肉のつみれ(ミート・ボール)をドカンッとテーブルの中央に置くのであった。ユーリはその山盛り具合を視ながら眼を丸くし


「うおおおーーー。これは大きいよー。ひと口じゃ、食べきれないよー。でも、こんなに大きくしたら、味がおおざっぱにならないー?」


「そこは食べてみないとわかりませんわね? 上手くタレがあえば良いのですが?」


「おい、ユーリ。食べる前は手をちゃんと洗えっていつも、お父さん、言ってるだろー? そんな行儀の悪いことをしていたら、婿(むこ)の貰い手がなくなっちまうだろうが」


 ユーリが大皿に盛ってあるミンチ肉のつみれ(ミート・ボール)をさっそくひとつ、右手で掴み、大きく開いた口の中に放り込むのである。まったく、行儀がなってない娘だなあ?


「もぐもぐ。あれれー? お父さんは、あたしが結婚して家を出ていくことに反対なのー? あたしが居なくなったら、アマノさんとふたりでイチャイチャし放題なんだよー? もぐもぐ」


「食べながらしゃべるんじゃねえよ。あと、誰が手塩に育てた娘をほいほい嫁に出すってんだ。結婚するなら、婿養子をもらえ。これは絶対だからな?」


「わかったよー。なるべく、お父さんみたいなひとを選ぶよー。そうすれば、お父さんも安心だよねー? もぐもぐ」


 むむ……? ちょっと待てよ? 俺にそっくりな男? むむむーーー。それはそれで嫌だな。自分の半身を視るようで、何か嫌だ。


「ちょっと待て、娘よ。なるべくなら、俺そっくりなのは連れてくるな。俺の心が掻き毟られそうになるからな?」


「そうだよねー。食事中におならをぼぶーーーんとかますような男性なんか、お父さんひとりで充分だよねー。ああ、せっかく死にかけの紅き竜(レッド・ドラゴン)を道端でみつけるよりは基準を落としたつもりだったんだけどなー」


「うふふっ。できることなら、食事をしながら新聞を読むのも止めてほしいところですわ? そんなに重要なことなんて書いてないのに、何を楽しく読んでいるのか、理解に苦しむのですわ?」


「いや、だってよ。世の中の情報から乗り遅れたら、嫌な気分にならないか? マツダイラ幕府の官僚が汚職をしていたとか、宰相が不倫をしたとかさ」


「それが日常生活の何の役に立つかって話をアマノさんはしているんだよー。そんなことより、あたしとアマノさんについて、詳しくなる努力をしたほうが良いよー?」


「さて、ここでクイズを出題するのですわ? 私が今つけている香水は何かわかりますか?」


「うん? それは先月、俺がプレゼントした桜の香りがするやつだろ?」


「大正解ですわ。さすが、ツキトは私のことをよく視ていてくれていますのですわ?」


「うっわ。大失敗だったよー。目の前で結婚2年目の熱々夫婦っぷりを見せつけられているよーーー! 誰か助けてほしいよーーー!」


 ユーリは何言ってやがんだ。結婚2年目なんて、熱々のまんまに決まっているだろうが。


「では、次のクイズなのですわ? ユーリの髪を視て、気付いていることはありませんかですわ?」


「んっ? ああー、言われてみれば、少し、短くなっているな? なんだ? 試験の帰りに散髪でも行ってきたのか?」


「ちがうよ。美容室だよーーー! 散髪屋なんて、今年の春には卒業したよーーー!」


「ええっ!? お前、今まで髪を切るのなんて、散髪屋で充分だって言ってたじゃないかよ。なんで、急に色気づいて、美容室になんて通うようになったんだ!?」


「そ、それは、やっぱり年頃の女性なんだから、き、きれいにしていたほうが喜ぶかなーって」


「そうか、そうか。いやあ、やっと、ユーリにも気になる男ができたってか! これはめでたいなー。アマノ、今日は久しぶりに酒を飲ませてもらうわ。冷蔵庫(アイス・タンク)麦酒(ビール)がまだ残ってたよな? アマノも飲むか?」


 まあ、久しぶりと言っても、三日ぶりなだけであるのだが。


「うふふっ。いただきますわ。ユーリも飲みます?」


「うっ、うーん。麦酒(ビール)は少し苦手なんだよねー。でも、D級冒険者昇格試験の合格前祝いには必要だよねー。少しだけ、飲もうかなー?」


「よーし、よーし。じゃあ、グラスは三つだな。俺、ちょっと、グラス取ってくるわ。アマノは麦酒(ビール)を頼む。ユーリは手をしっかり洗ってこいよ?」


 俺はウキウキ気分で、台所の食器棚の引き出しを開くべく、席を立ちあがり、探索を開始するのであった。


「うふふっ。まるで我がごとのように嬉しがっていますわ。まったく、誰のために美容室に行っているのかまるでわかっていませんわ?」


「んー? アマノ、何か言ったか? あれ? 栓抜きどこだったかな。おーい、アマノ、栓抜きはどこにしまったっけー?」

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