ー初体験の章34- 神帝暦645年 8月24日 その23
「では、第3回目のアタックについて、作戦会議を行うぞ。今回はスペシャルゲストにタマさんも招いているから、いつものアホな発言をなるべく控えるように!」
タマさんの手によりをかけたキャベツ巻き煮込み肉を俺たちは腹いっぱいに詰め込んだ後、食卓を囲んだまま、午後からの館へのアタックのための作戦会議に移るのであった。
「ウキキッ。バナナはおやつに入るのでしょうか? ウキキッ」
「よっし。アマノ。ヒデヨシの頭を一発、ヒノキの棒でぶん殴ってくれ。ん? どれくらいの強さでぶん殴れば良いかって? 3分ほど気絶する程度で済ませておいてくれ」
ゴッキイイイン!
あっ。アマノさん? それでは10分ほど、ヒデヨシが復活してこないのですが?
「うふふっ。つい、力を込めすぎてしまいましたわ? もったいないですが、水の回帰を発動なのですわ!」
アマノがテーブルの上に頭からつっぷして、気絶しているヒデヨシの後頭部に呪符を1枚貼りつけて、治療魔法を発動させる。ヒデヨシの頭がふわふわした光の泡に包まれる。
「ウキキッ。鉄板ネタだと言うのに、少々、ツッコミが激しすぎるのですよ。もしかして、アマノ殿はわたくしのことが嫌いなのですか? ウキキッ」
「いいえ? ただ、久しぶりにヒノキの棒で攻撃したので加減を間違えただけですわ? 今度は上手く3分間だけ気絶させれるように殴るのですわ?」
やれやれ。一時はどうなることかと思ったぜ。ったく、ヒデヨシの頭から飛び散った血しぶきで、テーブルの上に広げていた館の見取り図を写し書きしておいた紙が汚れちまったぜ。
「ユーリ。すまねえ。ちょっと、水の浄化の魔法をこの紙にかけてくれないか? ヒデヨシの血しぶきが飛び散った部分だけ、上手く浄化してくれよ?」
「なかなか難しいことを言ってくれるお父さんだよー。もし失敗して、見取り図ごと消しても怒らないでよー?」
「うふふっ。体内から毒を抽出するのと同じような感覚で行えば、きっと多分、大丈夫なのですわ? より正確にヒデヨシさんの血を浄化したいのであれば、この血がこびりついたヒノキの棒から、ヒデヨシさんの血の脈動を感じ取れば良いのですわ?」
アマノがそう言うと、ヒデヨシの血がにじんだヒノキの棒をユーリの右手に握らせる。
「なるほどー。ヒデヨシさんの血の脈動を感じることができるよー。これなら、成功率が跳ね上がること間違いなしだよー。水の浄化発動だよーーー!」
ユーリが見取り図が写し書きされた紙に呪符を1枚貼り、右手でヒノキの棒を握りしめ、左手を広げて、紙の上にかざして浄化の魔法を発動させる。するとだ。墨で描かれた部分には何の変化もなく、ヒデヨシの頭から飛び散った血だけがキレイにシュワワワと炭酸水から泡が出てくるような音を立てて、紙の上から消えていくわけである。
「オオーーー! これは便利な魔法なのデスヨ! ボクも魔法が使えるようになりたくなったのデス! お洋服やカーペットに着いた染みを抜くのに便利そうなのデス!」
タマさんがホッホウ! と感嘆の声をあげながら、ユーリが発動する魔法の効果をしげしげと眺めている。実際、水の浄化は身体から毒素を吐き出させるだけでなく、クリーニング屋でも重宝されるほど、衣服等の染み抜きに使われている。
女性冒険者で水の魔法を会得しているヒトなどは、クエストをこなすにはつらい真冬の時期などにはクリーニング屋の工場で出稼ぎなんかもしていたりするんだ。クリーニング屋も年末から冬の終わりにかけて、大量の着物の洗浄を頼まれるわけであり、クリーニング屋としても、水の魔法を会得している女性冒険者の存在は貴重だったりするのだ。
「ウキキッ。わたくしも若かりし時は、クリーニング屋で出稼ぎをしていたものですよ。【染み抜きマイスター】の称号をいただいたことがあるのですよ? これでもウキキッ!」
「あらあら? ヒデヨシさんも【染み抜きマイスター】の称号をいただいたことがあるのですか? 私もその称号をいただいたことがありますわ?」
「お父さんー。【染み抜きマイスター】って、そんなにポンポン生まれるものなのー?
「ああ、ユーリ。草津や大津、そして平安京の街のクリーニング屋さんたちが、年に1度、クリーニング大会を開いているんだよ。んで、洗濯部門、染み抜き部門、アイロンかけ部門の三つがあるんだってさ。確か、アマノが642年度の染み抜き部門での優勝者だったよな?」
「うふふっ。そうですわ? 3年ほど前の冬はかなり厳しいものでしたので、真冬にクエストを受けるのは控えていたのですわ。それで、出稼ぎに久しぶりにクリーニング屋を選んだのですわ?」
「んで、クリーニング屋で働いていたアマノを団長が視つけて、B級冒険者がそんなところで油を売っていてはいけません。【欲望の団】に来れば、1年中、クエストに出ずっぱりになれますよ? と勧誘したんだったよな?」
「はい。だいたい、それで合っていますわ? でも、団長さんはなんで私がクリーニング屋で出稼ぎしていることを嗅ぎつけたのでしょうか?
まあ、団長のことだから、アマノのプロポーションの良さと冒険者としての腕の良さに眼をつけてたんだろう。俺とアマノが結婚するようなことが無ければ、下手すりゃ、団長のハーレムの一員にアマノは加入していたかもしれんな。
「団長がスカウトしてくる冒険者はひと癖もふた癖もあるからなあ。きっと、アマノに何か感じるところでもあったんじゃね?」
と俺はごまかしておく。
「うふふっ。まあ、前の一門では私は少々、浮いた存在だったので、団長の声掛けには感謝していますわ?」
「えー? そうなのー? B級冒険者だったら、普通は一門から引き抜かれるのは嫌だと思うんだけどー?」
ユーリの疑問も当然だわな。
「ウキキッ。女性冒険者が冒険者全体を占める割合は3割もあるのですが、やはり、そこは女性の癖に生意気だ! というけしからん風潮を持つ一門も存在するのですよ。アマノ殿は多分、そういった環境のために一門内で浮いてしまったと想像できるのですよウキキッ!」
全くもって、ヒデヨシの言う通りである。しかしだ。アマノが浮いていた理由はもうひとつあるんだよな。
「アマノが不幸だったことは、アマノが以前所属していた一門のリーダーがB級冒険者だったってことだな。一門のリーダーってのは、構成員に舐められたら、立ち行かなくなる部分も多々あるわけだ。それで、女性であり、さらに自分と同格の冒険者が居れば、煙たがれるのも当然と言うわけだ」
「何度聞いても、ひどい話だよーーー。冒険者社会は実力主義であるべきだと、常々思うんだよねーーー!」
「アレレ? 冒険者の皆さんは実力主義社会では無いのデスカ? ボク、てっきり、腕に覚えがあれば、一門内でもガンガン、地位をあげれるものだと思っていまシタヨ?」
「冒険者社会に縁が無いタマさんがそう思うのも無理が無いかもしれないが、実際は、普通の会社や企業と同じく、冒険者が所属する一門も基本は年功序列社会なんだよ。もちろん、実力主義を謳っている一門もあるぜ? だけど、やっぱり、一門のリーダーを越えるような存在はなかなか認めてくれないんだよ」
「ウキキッ。わたくしは冒険者になったときは、【欲望の団】に所属したので、ついうっかり、冒険者の社会は実力主義だと勘違いしたのですよね。そのため、団長と意見がぶつかった時に、自分の実力と潜在能力があれば、他の一門でも実力に見合った相応の地位を手に入れれると思ってしまったものですよウキキッ!」
「アマノはまだマシなほうだったよな。一門のリーダーからうっとおしく思われてても、B級冒険者昇格試験は受けさせてもらえたんだしさ。ヒデヨシはうちの一門を飛び出して大失敗だったな。そのせいで、未だにC級冒険者なんだしさ?」