ー初体験の章33- 神帝暦645年 8月24日 その22
「ふえっ!? ふええーーー!?」
あっ。ユーリが衝撃の事実を受け止められないでいるぞ? こんなすっとんきょうな声を出すのは、おつむのネジが緩いユーリでも、あんまり視ないんだよな。でも、タマさんの生まれについてはユーリには俺から説明するって言ってなかったっけ?
「タマさんって、井ノ口の生まれだったのーーー!? ってことは、あたしのことを知っていたのーーー!? 実は生き別れのお姉ちゃんだったりーーー!?」
「い、いえ。ボクは残念ながら、ユーリさんの生き別れのお姉さんではないのデスヨ。ユーリさんには姉がいたのデスカ?」
「う、うんーーー。あたしには2歳上のお姉ちゃんが居たよー。名前はマツリって言うんだー。でも、あの日、井ノ口が滅びた時にお姉ちゃんは行方不明になっちゃったんだー」
俺はユーリに姉が居る、いや、居たことを知っていた。ユーリを井ノ口の街で助け出したあと、眼を覚ましたユーリが錯乱状態で、お父さんー! お母さんー! お姉ちゃんーーー! と叫び続けてたからな。
俺がユーリを助け出した時には大人の大きさの真っ黒に変色した大人の亡骸が2人分、ユーリに覆いかぶさるように重なり合っていた。ユーリが言うマツリと言う姉らしき亡骸をその時には確認できなかったが、ユーリが当時住んでいたと思われる家は全壊し、瓦礫と化し、さらにはその一部からは火の手が上がっていたのである。
俺はその状況を視た限りでは、ユーリの姉は既に亡くなっていると予想している。だが、当時6歳であり、両親を亡くしたユーリに姉までも亡くなっただろうとはどうしても言えなかったのである。
ユーリはたまにだが、思い出したかのように、お姉ちゃんは今頃、どこで何をしているのかなー? とふいに口から漏らすことがある。最近はすっかり、そんなことも無くなったので、ユーリの心のどこかで整理がついたもんだと思っていだのだが、そうでは無かったことを示すユーリの発言が俺の心に200のダメージを叩き出す。くっ、こりゃつらいぜ。アマノ。あとで俺の心に治療魔法をかけてくれ。
「す、すいマセン。ボクが幼い頃にはユーリさんたちとは出会ってないと考えてイマス。だって、ユーリさんんは紅い双眸をしているのデス。ボクの知り合いや友達には、そんなキレイな眼をしていた子供は居なかったのデス」
「そ、そうかー。それは残念だよー。あたしのお姉ちゃんも紅い双眸だったから、タマさんがそんな目立ってしょうがない子供2人を知らないなんてならないよねー」
ユーリがあからさまにしょげているのが視てとれる。ってか、ユーリの姉まで紅い双眸なのかよ! 俺は今、初めて知ったわ!
ユーリ自身、以前の家族のことを口に出すことはほとんど無い。ユーリが小さい頃はうなされて、夜中に飛び起きることはあったが、それでも、家族の名前を言うだけで終わり、それ以上は何も言わなかった。俺もユーリをただ優しく抱きしめて、大丈夫だぞ。俺がお父さんだから安心しろ? とユーリを宥めて、寝かせていたもんだ。
ユーリは自分から以前の家族のことは言わないように注意を払ってきたんだろうな。くそっ。俺はそれを分かっていながらも、ユーリの心の傷に踏み込むことが出来ずに10年もの歳月を費やしてしまったんだ。
「ツキト? あなたまでしょげる必要はないのですわ? せっかくのタマさんが作ってくださった、キャベツ巻き煮込み肉の味がわからなくなってしまいますわ?」
「あ、ああ。すまねえ。ユーリが凹んでいるから、俺までつられちまった……。ユーリ。きっとマツリちゃんは生きているさ。ユーリが冒険者として大成すれば、ユーリの名前はヒノモトノ国中に響き渡ることになる。そしたら、マツリちゃんもユーリが生きているってわかって、向こうから草津に来てくれるかもだぞ?」
「そ、そうかなー? あたし、お姉ちゃんにもう一度、会うことができるかなー?」
「ああ、心配するな。それよりもアマノが言ってただろ? 凹んだまま、ご飯を食べてたら、せっかくのご馳走の味がわからなくなっちまうって」
「うんー。わかったー。タマさん、ごめんねー? せっかく腕によりをかけて作ってくれたキャベツ巻き煮込み肉が台無しになるところだったよー」
「い、いえ。良いのデス。言い出したのはボクのほうなんデスカラ……。その代わりと言っては何デスガ、場が明るくなるためにも、ボクが面白い話をするのデス!」
タマさんが何やら面白いと自称する話をしだすみたいだぞ? 大丈夫なのか? 自分で面白いと思っている話題ってのは、滑ると周りだけでなく、自分もいたたまれない気持ちになっちまうぞ!?
「セ・バスチャンさんには皆さん、クエストの打ち合わせのときにお会いになってイマスヨネ?」
「ああ。セ・バスチャンさんとは、先日、じっくりとやりとりをしたぜ? セ・バスチャンの称号を与えられているだけあって、すっごく礼儀正しいヒトだったな。今からそのセ・バスチャンさんの面白話をしてくれるのか?」
「ハイ、そうなのデス。セ・バスチャンさんは顔の彫りが深くて、髪の毛が真っ白なのですが、アレでもまだ36歳なのデス」
「はあああ!? タマさん、それはさすがに嘘だろ!? あれはどう見ても、50歳以上ってツラだぞ!」
「うふふっ。セ・バスチャンさんって、うちの一門の団長より1つ年上なだけなのですわ。あらあら。いったい全体、何がどうなったら、あんなに老け顔になれるのですわ?」
「それがデスネ。セ・バスチャンさんは昔、バンパイア・ロード・マダムに精の吸収をされたのデスヨ。森に鹿を獲りにいったのデスネ。その時に運悪く、バンパイア・ロード・マダムに出会ったわけなのデス」
な、なるほど。バンパイア族は精の吸収でニンゲンの精を吸い取るもんな。しかも、その吸い取った精を精の解放で他者に分け与えれるといったとんでもモンスターだ。
「しっかし、よくもまあ、あんな高位モンスターに出くわして、命を取られなかったもんだな。精の吸収だけで済んだだけ、幸運だったな、セ・バスチャンさんも」
「そうデスネ。ボクもあの場に居たのデスガ、セ・バスチャンさんが身を挺してボクを庇ってくれたせいで、セ・バスチャンさんは視た目50代に変えられてしまったのデス」
「うおおおーーー。なんだか燃えるシチュエーションだねーーー! やっぱり、愛する女性をその身を挺して守るのは、男として当然の義務なんだよーーー!」
おっ? ユーリが凹んでいた状態から、いつもの元気な状態に復活したぞ? やるな、タマさん。おかげでユーリが元通りだぜ!
「そ、そ、そんな、セ・バスチャンさんが、ボクを愛してくれているわけがないのデス……」
またまたー。そんなことを言いながら、タマさんの顔が真っ赤になってんぞ? と俺は思いながら、ニヤニヤと顔がにやついてしまうわけである。
「ウキキッ。バンパイア・ロード・マダムが精の吸収をセ・バスチャンさんにしたのですか。でも、よくタマさんはそのマダムに精の解放をされなかったですね? ウキキッ!」
「ん? どういうことデスカ? ボクはセ・バスチャンさんがマダムに襲われた時に気絶してしまったため、セ・バスチャンさんがボクを守ってくれたところまでしか覚えてないのデス。眼が覚めたあとには、変わり果てたセ・バスチャンさんしか、ボクの周りには居なかったのデス」
あっ。やばい。これ以上、踏み込んじゃいけない話題だわ。
「タマさん、ありがとうな? セ・バスチャンさんの話は面白かったぜ? ヒデヨシ、アマノ、ユーリ。そろそろ喰い終わらないと、昼からのアタックに支障が出るぞ? 悪いが、タマさん。夕飯時にでも、セ・バスチャンさんの面白話の続きを聞かせてくれよ?」