ー13- 6月24日
「さて、今日は、冒険者にとって、一番覚えるのがだるくて、教えるのもだるい、地図作製の講義だ。というわけで、特別講師の団長に来ていただいたと言うわけです! 皆さん、拍手!」
俺がそう言うなり、芝生の上に座っている、ユーリとアマノがパチパチとまばらの拍手を団長に送っているのである。
神帝暦645年 6月24日の座学の時間にユーリに地図作製を教え込むために、わざわざと書斎で書類と格闘中であった団長を【欲望の団】の館から引っ張り出してきたというわけである。
「まったく、クエストから帰ってきたばっかりでさらに事後処理中の先生を引っ張りだして、何をさせるかと思えば、先生が一番嫌がることではないですか。もう、帰っていいですか?」
「まあまあまあ、団長。あとで、アマノの肉じゃがをおすそ分けするからよお。ここはひとつ、頼まれてくださいよおおお」
きびすを返して、この場から立ち去ろうとする団長の左手を強引に掴んで、俺が懇願するわけである。
「アマノくんの肉じゃがですか。仕方ありませんね。彼女の肉じゃがは街の食堂に行っても、あれだけのものを味わえませんからねえ。ここは、地図作製の講師を買ってでますかね」
さっすが俺の愛妻アマノが作る肉じゃがだぜ! 団長もこればかりは嫌だとは言えないところが、あの病みつきになる味が成せる魔の技だぜ!
「うふふっ? 別に、魔法を仕込んであるわけではありませんわよ? ツキト。あれは愛と言うなの調味料が入っているのですわ? ええ、決して、危険なモノが入っているわけではありませんわ?」
「なんか、あたし、肉じゃがの奥深さと怖さを同時に知った気分だよー。あたし、知らず知らずにアマノさんの肉じゃがに精神を支配されていないよねー?」
そんなわけあるか。あくまでも愛と言う名の調味料であり、精神支配をするための秘薬を使っているわけがないだろ? 多分。
「さて、地図作製についてですけど、本当はこんなことしなくても良かったのです。ぶっちゃけ、地面に魔法陣を仕込んで行けば、それが目印になっていたのですよ。ですが、みんなが真似をするようになってから、マナーのなってない冒険者のせいで消されなかった魔法陣により、土地の精霊が荒れ狂い、それによりモンスターが凶暴化したのですよ」
「えええー? じゃあ、地図作製しなきゃならなくなったのって、あたしたち冒険者の自業自得だったってことなのー?」
「はい。そうです。高原や、海に行くのは良いですけど、そこにゴミを残していけば、どうなるのかと一緒なんですよ。だから、国と行政が怒り狂って、冒険者ギルドに厳重注意したわけです。それから、こんなしちめんどくさい地図作製を義務として行うことになったと言う、負の歴史が冒険者にはあるのですよ」
ちなみに地図作製の代わりに魔法陣を地面に仕込むことをしだしたのは、かつては平安京を拠点に活動していた一門【偉大なる将軍】だったりするわけである。
その一門【偉大なる将軍】が数十年前に四国から上京してきた【副王連盟】に都を追われて、東に流れてきたので、そのついでに地図作製の代わりに魔法陣を仕込む方法が、大津や草津、さらには三河まで広まったというわけである。
地図作製自体は古来からあったんだ。でも、やはり、ニンゲンは一度覚えてしまった楽な方法から、しち面倒くさい方法には戻りたくないモノだ。
「じゃあ、冒険者たちがこれからは気をつけますー。二度と同じことをしませんーって宣誓書でも書けばいいんじゃないのー? 団長ー」
「はい。ユーリくんの言う通り、もちろん、そういうこともやりました。でも、結局、同じことになりました。だから、もう3度目はないと言うことで、地図作製を強制されるようになったわけです。ちょっと、先生、イラッとしてきたので、そのマナーの悪い冒険者たちをぼっこぼこにしてきて良いですか?」
「団長。それは、以前にやっただろ? でも、あとからあとから、同じようなことをするような冒険者が現れて、冒険者ギルド側もほとほとに困ってたじゃねえか」
「それもそうですね。人間にお酒とたばこと賭博をやめろと言っているようなモノですね。ですから、一向に改善されることはなかったですね。100人くらい、ぼっこぼこにしたのですが、時間の無駄でした」
「うっわ。団長、怖いー。ねえ? お師匠さまは、団長の片棒を担いでないよねー?」
「んんー? 俺かあ? 団長と一緒になって、ぼっこぼこにしてやったよな? 魔法陣に反応する魔法陣を団長が描いて、そこに俺が魔力を流して罠を発動させてたよな? ついでに、周りの魔法陣が連鎖反応しだしたから辺り一面が吹き飛んだり、焼け野原になったこととかあったよな。あとで、めっちゃくちゃに冒険者ギルドから怒られたもんだったぜ」
「いやあ。先生たちも若い時がありました。まだ、あの時は先生もC級冒険者だったため、どうやって、上の位階の冒険者を懲らしめようか、頭を悩ませたモノですよ」
「まったく、付きあわされる身にもなってほしかったぜ。でも、おかげで【欲望の団】の創設メンバーがあの時、集結したもんなあ。あれはあれで良かったんじゃねえのか?」
「ええ。みんなノリノリでしたからね。上の位階の冒険者って言うのは、下の位階の冒険者をあざけ笑うことが多いですからね。まさに下剋上を味合わせてやりましたよ。ええ」
懐かしい話だぜ。あの時は北陸に居るA級冒険者までもが出張ってきて、俺たちの出来立てほやほやの一門【欲望の団】を潰そうとしてきたからな。それを団長とミツヒデの考えだした計略に乗って、俺とカツイエ殿が実行役となって、なんとか黎明期をしのいだもんだったぜ……。
「なんだか、あたし、とんでもない一門に入ったことに今更ながら、気づいちゃったよー。ねえ、アマノさん? この一門から脱退するにはどうしたら良いのー?」
「うふふっ。そこは諦めてください? 私も冒険者稼業から足を洗ったつもりなのですが、未だに籍は【欲望の団】に入っていますのですわ? 団長は一度、手に入れたモノを手放す気はありませんわ?」
「うっわー。最悪だー。あたし、他の冒険者とはあまりいざこざを起こしたくないよー」
「まあ、そこは諦めるべきですね。ほかの冒険者。いや、一門と言うべきでしょうか。特別、友好を結んでいるところ以外は敵対していなくても、潜在的な敵とみなしておいたほうが安全ですよ?」
ちなみに【欲望の団】と友好関係を結んでいる大きな一門と言えば、大津を根城にしている【偉大なる将軍】であったりする。
「そうだぞ。ユーリ。地図作製も、ちゃんと自分でしておかないと、情報交換だと言いつつ、向こうは嘘の地図を提示することなんて、しょっちゅうあるからな。狩場は基本、取り合いになるんだ。特に、繁殖期を終えたモンスターたちを間引きしろって言うクエストの時は、本当に大変なんだ」
「いっそ、殺してでも狩場を奪い取るとかできたら良いんですけど、そこは国が禁止していますからね。冒険者同士で殴り合いでもすれば、立派な傷害罪ですので、そこはお忘れなく」
「あっれー? 団長、そこはおかしくないー? さっき、冒険者をぼっこぼこにしたって言ってたよねー? 団長とお師匠さまはー」
「ああ、それはだな。上の位階の奴が下の位階の冒険者にぼっこぼこにされたなんて、そんな恥ずかしいこと、冒険者ギルドに報告できるわけないじゃん? だから、通報される心配は基本なかったわけだ」
「うっわ。最悪だよー。このお師匠さま、最悪だよー。ひとの弱みにつけこむことに関してだけは天才的だよー!」
「待て! 勘違いするな! それを言い出したのは団長とミツヒデだ! 団長とミツヒデが、ひたすら悪い笑みを浮かべて、他の【欲望の団】のメンバーを実行犯に仕立てあげたんだよ!」
「はてさて、何の話かよくわかりませんね? まあ、先生たちより下の位階の冒険者をいじめたわけでもないですし、調子くれてた上の冒険者も大人しくなったのです。冒険者ギルドとしては、助かったと言ってましたよ?」
「えっ? 冒険者ギルドって、俺たちが他の冒険者をぼっこぼこにしてたのって知ってたのか?」
「そりゃそうですよ。何人の冒険者をぼっこぼこにしたと想っているんですか? ざっと100人はくだらないのですよ? 冒険者ギルドに泣きつくへたれだっているに決まっているじゃないですか」
「な、なるほど。確かに【欲望の団】って、冒険者ギルドだと、触れるな近づくなって雰囲気を醸し出してたのは、そのせいなのか。長年の謎がひとつ解明された気分だぜ」
「まあ、その大掃除の甲斐もあって、マツダイラ幕府としても、冒険者ギルドへの介入をほどほどに抑えたのです。いやあ、良いことをしましたね。気分もすっきりしたので、そろそろ地図作製の講義に入りますか。では、この地図作製用の方眼紙を渡しますので、先生の言う通り、書きこんでいってくださいね?」