ー初体験の章28- 神帝暦645年 8月24日 その17
ヒデヨシは何を言ってやがんだ!?
ヒデヨシの知り合いに【根の国帰り】ってのがいるのかよ! あそこはとてつもない方向音痴が誤って侵入する、もしくはモンスターにさらわれて、あの地に連れ去られるニンゲンといった特別な事情がない奴しか、マツダイラ幕府は基本的には立ち入ることを禁止してんだぞ? 闇より黒いウロコで覆われたドラゴンを視たって、俺に吹聴してた奴も昔、モンスターにさらわれて、あの地に連れ去れた奴のひとりだったはずだ。
「おい。ヒデヨシ。そいつは誰なんだ? 【根の国】に国の許可無しで入り込んだって野郎はさ!」
「ウキキッ。勘違いされては困るのですが、そのヒトもモンスターにさらわれたのですよ。でも、自ら進んでモンスターにさらわれたのですがね? ウキキッ!」
ん!? ヒデヨシは何を言ってんだ? そんな豚ニンゲンに犯されたい姫騎士みたいな物語のようなことを現実世界で実行するニンゲンなんて本当に居るのか?
「うふふっ。色々、ヒデヨシさんに聞きたいことがありますが、とりあえず、ここでお昼休憩に入るか、それとも、もう1度、アタックをするのかを先に決めておいたほうが良いと思うのですわ?」
とまあ、アマノに俺とヒデヨシの話を止めさせられるわけである。うーーーん、どうするかなあ? ユーリはやる気まんまんで魔法の香草を口の中でモグモグさせてるし、ヒデヨシは気になることを言い出すし、アマノがこう提案する以上は暗にアタックをやめて休憩をしようと促しているし。
よっし、決めた!
「持って来ている魔法の香草には限りがあるんだ。だから、時間はかかるが昼飯を喰って、小一時間ほど談笑しつつ、午後からのアタックの内容を詰めていくぞ!」
「えええーーー!? あたしとしてはやっと幽霊たちがやる気を出してくれた以上、ちぎっては投げての大活躍をお父さんに見せたかったのにーーー」
ユーリがブーブー文句を垂れてくる。まあ、当然だわな。本人は両手に魔力残量確認石を持って、魔力の残量を確認しているくらいだもんな。
ただ、魔法の香草による魔力の回復方法にも限界がある。この香草は1日に3回までしか服用してはいけないのだ。1日4回以上の服用を行うと、1時間ほど高揚感に包まれて、そのあと、崖から飛び降りたいほど気持ちが沈むのだ。
冒険者の中には魔法の香草を服用しすぎて、しまいには中毒症状を起こし、病院の狭い個室で1か月間ほどの隔離生活を送ることになるモノも居る。
「ユーリ。もしかして、魔法の香草による、変調をきたしたりはしてないよな?」
俺は念のためにユーリにそう聞いてみる。
「んー? それって、もしかして、あたしが香草中毒者になっちゃったのかなー? って心配してくれてるってことー?」
「そうそう。その通り。俺が視てきた限りでは用法を間違えてないようには思えるが、万が一ってことがあるからな? その辺り、どうなんだ?」
「大丈夫だよー。お盆進行でも、きっちり1日3回までに抑えてるからー。変な症状は起きてないよー? だから、安心してねー?」
そうか、そうか。それなら安心だ。もし、魔法の香草中毒者になろうものなら、ユーリの貴重な1カ月を棒に振ることになっちまうからな。
「魔法の香草を俺、アマノ、ヒデヨシが1回、ユーリが2回、服用しているわけだな。じゃあ、午後からは、よくて2回まで、アタックを行うってことで調整しようか。って、今、何時だっけ?」
俺は肩下げカバンから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「午前11時45分かあ。まだタマさんは昼食の準備中だろうし、今から拠点に戻ったら、もしかしたら準備の邪魔になっちまうなあ?」
「うふふっ。私はタマさんのお手伝いをしたい気もありますが、タマさんとしては客である私たちに手伝わせるのは気が引けると思いますし。どうしたものなのでしょうね?」
「ウキキッ。では、わたくしから提案なのですが、何か食べれそうな草をこの辺りで、むしっておくのは如何でしょうか? もし、あの館の中に閉じ込められた場合、水は魔法で具現化できますが、食べ物は具現化できないのですからウキキッ!」
「食べられる草あああ!? E級冒険者でもあるまいし、なんで好き好んでそんなモノ食べなきゃならんわけよ。それなら、タマさんに携帯食料を準備してもらえば済む話じゃんかよ」
「ウキキッ。タマさんだって暇ではないのですよ。それにこういった空き時間を潰すためにも、食べれる草を採取しておくことも、ユーリ殿の訓練になるのではないかと思ったまでなのですよウキキッ」
ふむっ、なるほど。ユーリの訓練になるって言うのであれば、俺も反対しづらいな。やるな、ヒデヨシ。これは1本取られたぜ!
「んじゃ。ユーリの訓練も兼ねて、その辺りに生えてる食べれる草とかキノコを集めておこうか。間違っても毒のあるモノは取ってくるんじゃねえぞ?」
「野草採集かーーー。クエスト中に遭難した場合は命を繋ぐっていうもんねー。あれ? 食べれる食べれないはどうやって判断するんだっけー?」
「そりゃ、実際に腹に入れてみて、ぎゅるぎゅるぎゅる! って腹が鳴ったらアウト。鳴らなかったらセーフ。ただそれだけだ。簡単だろ?」
「うふふっ? ツキト? あまり適当な説明をしないほうが良いのですわ? 四元魔法を使うのと同じく、精霊に語りかけるのですわ? 毒がある植物の場合、草やきのこから立ち昇るかすかな魔力によって暗い色に視えるのですわ?」
「あっ、そういえば訓練中に教えてもらってたっけー? すっかり失念していたよー」
「おいおい。ユーリ。お前、本当に冒険者D級昇格試験に合格したのか? これは魔法を得意とする冒険者なら、実技試験で必ず出題されるんだぞ?」
「あの時は覚えていたよー? でも、それからまったくやってなかったんだもんー。忘れて当然だよー」
「うーーーん。確かにそうだな。これは1年でC級冒険者並に育てようとしている弊害かもしれんな。おっし、復習も兼ねて、ユーリには思い出してもらおうか。アマノ。疲れているところ悪いけど、ユーリの指導を頼むわ。俺はヒデヨシがわざと毒のある植物を選ばないように注意しておくからさ?」
「ウキキッ。ツキト殿は何の心配をしているのですか? わたくしが徒党を壊滅に導くような真似をするわけがないのですよウキキッ」
「冗談だよ、冗談。幽霊に占拠されている館の近くで植物採集をするんだから、二人一組になっていたほうが安全ってだけだよ。それくらい言わなくたってわかるだろ?」
あともうひとつ理由を付け加えるならば、アマノと俺が二人っきりになった時に、アマノが俺を押し倒しかねないからだ。なんたって、今回のクエストで用意された寝室はひとつであり、そこにユーリも寝泊まりしているのだ。
ぶっちゃけ、三十路の女性の性欲は恐ろしい。この一言につきるわけなのだ。
「ウキキッ。なんだ、冗談なのですか。それはホッとしたのですよ。では、ツキト殿。わたくしの腕前をとくとご覧あれなのですよウキキッ!」
まあ、食べれる草やきのこに毒があるかないかを調べるのは、魔力探査にも似ているのだが、俺は何故か、こちらのほうでの才能は神から見放されてなかったんだよな。
本当に不思議な話だぜ。なんで同じようなことなのに、俺には魔力探査の才能がからっきしなのだろうか? ほら、視てみろよ。植物が放つかすかな魔力を。こんなに毒々しい魔力の耀きを放ってんだろ?
「って、なんで、こんなところに危険なスイ・センが咲いてんだよ! ニッラかと思って、掘り起こすところだったわ!」
「ウキキッ。スイ・センとニッラはニンゲン族の植物採集の名人でも見間違えるほどなのですよ。いやあ、高い金を払って魔力回路の開放をしておいて良かったと思うのですよウキキッ!」
そりゃ、植物採集の名人と言えども、ただの一般人だからな。生きるために魔法を使えるようにならなきゃならない冒険者や、家が金持ちでその道楽の延長線上の魔術師サロンに所属したいっていうモノ好きくらいだしな、魔力回路の開放をしているしているニンゲン族ってのは。