ー初体験の章27- 神帝暦645年 8月24日 その16
「お父さんー。ヒデヨシさんの言っている【ヒノキの棒マイスター】って何なのー? なんかどこかで聞いたことがあるようなー? 無いようなー?」
「毎年、冒険者ギルドと草津の商店街が共同で、その年に活躍した冒険者を祝うイベントがあるのは知っているよな?」
9月中頃の中秋の名月の昼間に草津の街は祭り一色に変わる。主に米の収穫祭が行われるのだ。その時に、草津の商店街では色々な催しモノを行っており、そのひとつとして、その年に活躍した冒険者に多彩な称号を贈るのであった。
「うん。知ってるー。毎年、うちの一門の団長が毎年【クソ野郎マイスター】の称号を授与されてるよねー? でも【ヒノキの棒マイスター】ってのがあるのは知らなかったよー?」
「そりゃ、【ヒノキの棒マイスター】は冒険者にとっては恥以外の何モノでもないからな。だから、選考されても、当人は辞退するわけよ。だから、ここ2,3年は【ヒノキの棒マイスター】が産まれてきてないだけだ……」
「なるほどー。ヒデヨシさんはその不名誉溢れる【ヒノキの棒マイスター】の受賞者なんだー。ヒデヨシさんってもしかして馬鹿か何かなのー?」
「ウキキッ! ユーリ殿。わたくしのことを猿と言っても100歩譲って許しますが、馬鹿呼ばわりはやめてほしいのですよウキキッ!」
なんか怒るところを間違えているような気がするのは俺だけか?
「ウキキッ。確かに【ヒノキの棒マイスター】は一般冒険者にとっては不名誉です。しかしながら、マイスターの称号は数あれど、それを受賞できるのはひと握りの冒険者だけなのですよ。わたくしは借金とゴミ以外はもらう性質なのです。もしかしたら、将来、【ヒノキの棒マイスター】の称号が役に立つかもしれないじゃないですかウキキッ!」
「うふふっ。【ヒノキの棒マイスター】の称号がまさにゴミのような気がするのですが、そこは気にしないのですか?」
あちゃあ。アマノはきっつい一言をヒデヨシにつきつけやがるなあ。喧嘩になっても知らねえぞ?
「ウキキッ。失礼ながら、わたくしはお金が無かったから、ヒノキの棒を愛用していたわけじゃありませんので、そこは勘違いしてほしくないところなのですよ。自ら進んで、ヒノキの棒を極めようとしたのですよウキキッ!」
「ヒデヨシがヒノキの棒を極めようとしてたのって、いつの話なんだ? 【欲望の団】旗揚げ時には、ヒデヨシは既に旋棍に武器を買い替えてたじゃんか?」
【欲望の団】創設は今からちょうど10年前である。俺がまだピチピチの30歳だったころだな。ヒデヨシはあの時、確か17歳かそこらの話じゃんか? 冒険者ってのは基本、成人である16歳にならないと、冒険者ギルドには登録できないはずなんだがな?
「ウキキッ。5年前に【欲望の団】を飛び出して、他の一門に所属していた時に、自分の可能性を拓くためにも、一度、初心に戻ったのですよ。数々のモンスターをヒノキの棒で攻略できないかと知恵を振り絞ったモノです。その甲斐あってか、3年で【ヒノキの棒マイスター】の称号をいただくほどの腕前となったわけなのですよウキキッ!」
ふーーーん。ヒデヨシは5年前に一度、【欲望の団】から脱退したわけだから、その後からの話なのか。
「あれ? でも、今はまた旋棍に武器を戻してるじゃんか。せっかく、ヒノキの棒を極めたのに、もったいなくないか?」
「ウキキッ。ヒノキの棒の問題点は、1回でモンスターに与えるダメージが少ないのですよ。ヒノキの棒3発分イコール旋棍で殴る1発分程度なのですよ。それで、前の一門に居た時はお荷物扱いにされて、泣く泣く、武器を旋棍に戻したというわけなのですウキキッ」
それはつらいなあ……。ヒトは努力を認められないのが一番つらい。世の中、結果を求める奴らが多すぎなんだよ。他の奴らから視れば、無駄な時間の浪費かもしれないが、本人にとっては実に有意義な時間なんだ。それを認めてやってこその仲間ってもんだろ。例え、それが【ヒノキの棒マイスター】なんていう不名誉な称号だったとしてもだぞ?
「ユーリ。ヒデヨシを反面教師にするんだぞ? 本人は良かれと思っていようが、他人が評価しなかったら、それは時間の無駄と言われてしまうんだ。俺はユーリにそんなつらい人生を歩ませたくない!」
「うーーーん。別にあたしは【ヒノキの棒マイスター】を目指してないから、そんな心配しなくても大丈夫だよー? でも、努力は認められるべきだよねー。それが例え、結果をともわなくてもさー?」
ユーリ……。お前、冒険者になりたての時は、水の魔法を攻撃に特化させようとしていたのをすっかり忘れてやしないか?
「うふふっ。逆に言いますと、結果さえ残せれば、どんな回り道であろうが、ヒトは評価をしてくれるのですわ? 努力をすること自体は無駄ではありませんわ? ですが、やはりヒトはヒトの結果と評価を気にしてしまうものなのですわ?」
アマノの言う通りなんだよなあ。人生、正しい道なんてありゃしない。皆が皆、それぞれに努力をしてんだよ。でも、やっぱりヒトである以上、評価は欲しいんだ。評価がもらえなければ、心が折れてしまう。ヒトがそのヒトを評価する時、考慮に入れるのは【結果】なのだ。結果がともわないならば、自分自身ですら、その努力を【無駄だった】と思ってしまうものなのだ。
「ウキキッ。ツキト殿、アマノ殿、そしてユーリ殿。わたくしはヒノキの棒を極めようとしたことを無駄だとは思っていないのですよ。ヒノキの棒で闘うことにより、わたくしは自分の戦闘における立ち回りを熟考することが出来たのですからウキキッ!」
「ヒデヨシ、すげえな! よくもまあ、そこまでポジティブにモノを捉えられるよな! 俺なら、絶対に1カ月くらいで、心がポッキリ折れちまうわ!」
「ヒデヨシさん。ごめんねー。さっきは馬鹿って言っちゃってー。ヒデヨシさんを反面教師どころか、心の師として仰ぐことに決めたよー」
「おい、ユーリ。それはやめておけ! ヒデヨシは悪い方向で諦めない男なんだぞ! こいつを心の師として仰ぐのは絶対に許さん!」
俺が何故、ヒデヨシの心意気を真似るな! と口をすっぱくして言うかと言うとだ。
「こいつはな? 団長に猿さるサーーールウウウ! って呼ばれたことに腹を立てて、二度と猿などと呼ばせはしないのですよウキキッ! って言い出して、化粧を始めたり、女装に走ったりしやがったんだ! それでも、やはり産まれながらの猿顔はどうにも出来なかったんだ。しまいには、伝説の【人魚がニンゲンに変わる薬】を手に入れるって言い出して、【欲望の団】から飛び出して行きやがったんだよ!」
「えええーーー!? そんな理由で【欲望の団】から飛び出していって、他の一門では、うだつがあがらず、さらには【ヒノキの棒マイスター】まで受賞されちゃったのーーー!?」
「こいつの猿顔がニンゲン顔になってないってことは、たぶん、人魚はニンゲンになれても、猿はニンゲンになれなかったって言う証なんだよ!」
「ウキキッ。そろそろツキト殿をぶん殴って良いですかね? アマノ殿」
「うふふっ。ツキトをいじめて良いのは私だけなので許可できませんわ?」
「ウキキッ。それは残念なのですよ。ツキト殿、それにユーリ殿。【人魚の変身薬】の所在だけは掴んでいるのですよ。ただ、それは現時点では手に入らないのですよ。だから、まだ、わたくしが猿からニンゲンに変身できるかは試せていないのですよウキキッ!」
「へーーー。薬の所在を掴めているだけ、すごいってもんだな。いったい、どこにあるんだ? その【人魚の変身薬】ってのはさ?」
「ウキキッ。その変身薬は【根の国】にあるのですよ。あそこは国が立ち入り禁止区域に指定しているのですよ。だから、現時点では、どうやっても手に入れることが出来ないというわけなのですよウキキッ!」
「あちゃあ。【根の国】にあるのかよ。てか、その情報をどこから仕入れてきたんだ? そっちのほうが気になるわ」
「ウキキッ。それはもちろん、【根の国】に侵入して、帰ってきた人物からですよ?」