ー初体験の章26- 神帝暦645年 8月24日 その15
よっし。これで幽霊は残り6体だ。しかしだ。いくら知性がほとんど残って無いような幽霊と言えども、仲間が4体も消されれば、うかつには手を出してこなくなるだろう。
「と思ってたんだけどなっ! くっそ! 注目を集めるのは良いとしてもだ。なんでこんなに威勢よく、火に突っ込んでくるんだよ! お前ら、飛んで火に入る夏の虫かよっ!」
幽霊たちは仲間がやられたことなど、まるで気にもせずに、炎を纏った俺の構える丸盾めがけて突進を繰り返しやがった。
ガンッゴンッガキッ!
くあああ! 少しは休ませてくれよ! マジで左手が痺れてきて、盾を持ってかれそうだわ!
「水の洗浄ー! 水の洗浄ー! 水の洗浄ー!!」
ユーリが連続で水の魔法を唱え続けて、残り6体の内、3体の幽霊の存在をかき消すことに成功する。ついに幽霊たちは最初に居た10体から残り3体まで数を減らしたところで、館の東側へと一目散に逃げ出すのであった。
ふううう。やっと戦闘終了かあああ。しっかし、あいつら、あちら側に逃げていったところを視るに、館の1階部分は東側を根城としてるみたいだなあ。西側を探索している時には、まったく手を出してこなかった以上、そういうことなのだろう。
「うふふっ。ツキト、お疲れさまですわ? 幽霊が増援を呼びに行った可能性がありますので、さっさと館から出るのですわ?」
「おう。そうだな。ヒデヨシ、ユーリ。すぐに動けるか?」
俺が後ろの方へ振り向き、ユーリとヒデヨシの姿を確認する。ユーリは、はあはあと呼吸を荒くしているが、ヒデヨシはへっちゃらと言った感じである。
「うんー。こっちは大丈夫だよー。ちょっと、魔力を使い過ぎた感はあるけれど、まだ平気だと思うー」
「ウキキッ。ユーリ殿は、わたくしがお姫さま抱っこをしてでも担ぎ出すのですよ。だから、撤退を開始するのですよ。殿は任せてくださいなのですよウキキッ!」
「んじゃ、アマノ。ユーリに肩を貸してやってくれ。んで、ヒデヨシは幽霊に憑依されてくれ。割りと真面目な話」
「ウキキッ!? 冗談を言ったのに、真面目な返答をされると困るのですが? ウキキッ!」
さて、猿そっくりの馬鹿は放っておいて、さっさと館の外に出ますかね。俺は館の正面扉に何か仕掛けられているのでは? と疑念を持ちながらも、ガンッ! と扉を勢いよく開いて転がるように外へと脱出をするのである。続いて、アマノがユーリに肩を貸しながら外へ出てくるわけだ。
どうせなら、ここで扉を閉めてしまって、ヒデヨシを犠牲にするのも悪くない手であるが、夜、枕元に立たれてはシャレにならないので、それはやめておく。
俺たち4人と1匹は花壇がある館前の広場を走り抜け、鉄柵の門を越え、館の敷地内から脱出する。敵が攻勢を仕掛けてきた以上、いくら太陽の日差しの下とはいえ、敷地内に居れば、多少なりとも危険を伴う可能性があるからな。
館の鉄柵の門から50メートル離れたところで、俺たちは草の上に座り込み休憩に入る。
「ふううう。2回目のアタックには、あちらさんも仕掛けてきやがったな。こりゃ、次からのアタックでも何かしらの妨害はしてくると考えたほうが良いかもしれんな」
「うふふっ。大人しくしてくれていればいいものを、帰りの玄関・ホールで待ち伏せとは、あちらもなかなかに趣向を凝らしてくれるのですわ?」
「ぼくが退屈だあああって言ってしまったのが悪かったのでッチュウかね? それで幽霊たちを怒らせてしまったのでッチュウ?」
ネズミのこっしろーが申し訳なさそうに俺たちにそう言ってくる。いや、たぶん、こっしろーが何か言ったから、あいつらが出張ってきたわけじゃないと思うんだが、生憎、俺には幽霊が何を考えているかはわからない。まあ、とりあえず、こっしろーが気にやむ必要はないぞ? と俺は一応、フォローを入れたのである。
「だめだーーー。あの館の中で魔法を使うと、ごっそり魔力を持っていかれるみたいだねー。ほら、お父さん、魔力残量確認石を視てよー。せっかく回復させた魔力がまた尽きそうになっているよー」
ユーリが手に持っていた魔力残量確認石を俺の方に向けてくる。おお。またもや赤色に石が発光してやがんな。こりゃ、やばいな。俺の方はどうなんだ?
ユーリの消耗具合を視て、俺も少なからず火の魔法を使っていたので、もしやと思い、急いで肩下げカバンから魔力残量確認石を取り出し、両手でその石を包み込み、むむむ! と念を送り込む。
「うっわ。俺も赤色まで魔力が減ってるわ。こりゃ、予想外だったわ……。おい、アマノ。お前も魔力の残りをチェックしておけよ?」
「うふふっ。私もかなり魔力を削られていますわ。石が黄色に発光していますもの。これは館の中で魔力を使う何かをすると、普段の10倍近くを消費してしまうと考えたほうが無難なのですわ?」
「うわーーー。これはかなりえげつない仕掛けだねー。魔法を主戦力としている、あたしたちの徒党には、このクエストとかなり相性が悪いんじゃないのー?」
ユーリが魔法の香草を口の中でモグモグさせながら、アマノが手に持つ石を視るのである。さっそく、魔力を回復させようと、自ら進んで魔法の香草をモグモグしてくれるとはなかなかに高評価だぞ? ユーリ。
「ウキキッ。わたくしがこの徒党で消耗が一番ゆるやかみたいですね。1回目のアタック後とあまり魔力の残量は変わっていないようですよウキキッ」
ヒデヨシが手のひらに乗せた魔力残量確認石を俺たち3人に見せてくる。ヒデヨシの言う通り、先ほどと同じく石は橙色に発光していたのである。
「うーーーん。こりゃ、魔法の香草がいくらあっても足りなくなるなあ。極力、魔法を使うのを控えないと、1日の探索時間がかなり制限されちまうわ」
「うふふっ。魔力探査だけでも、かなりの消耗を受けますので、これからはずっと、魔力探査は魔力貯蔵量に比較的余裕がある私が担当することになりそうですわ?」
「すまねえ、アマノ。ユーリの訓練がどうとか、まったく言ってられなくなってきたわ。負担は大きくなるけれど、アマノに魔力探査を一任するぞ?」
「わかりましたわ? あと、戦闘時でもなるべく魔法を使わずに、ヒノキの棒を使うのですわ。せっかく買ったのですから、使わなければもったいないのですわ?」
まあ、わざわざ職人が作ったヒノキの棒を銀貨4枚(※日本円で約4000円)で買ったアマノとしては、それで幽霊を叩きのめしてみたいという気分になるのも仕方ないのかもしれない。現状、通常の10倍もの魔力を消費してしまう館の中で、俺たちが頼れる武器と言えば、ヒノキの棒だけなのである。
「しょうがねえか。ヒノキの棒だと、ダメージがそんなに稼げないかもしれないが、その分、より多く、幽霊をぶん殴れば良いだけの話だしな。俺も長時間、盾に炎の神舞を発動し続けれない以上、アマノやユーリに幽霊が襲い掛かることが多くなるが、その時はそれぞれ、ヒノキの棒で撃退してくれ」
「うん、わかったー! くふふー。やっぱり初クエストはヒノキの棒で戦わないとダメだよねー。もしかして、せっかく買ったのに、使わずじまいになるんじゃないかと心配になってたよー」
「ウキキッ。久方振りのヒノキの棒による戦闘なのですよ。昔は【ヒノキの棒マイスター】とまで呼ばれたのですよ、わたくしは。ユーリ殿にヒノキの棒による戦闘の極意を見せつけるのですよウキキッ!」
【ヒノキの棒マイスター】って、普通、なりたがらないんだけどな? 他の武器を買う金を長い期間、稼げなかったという不名誉な証であるため、【ヒノキの棒マイスター】の称号を辞退する冒険者は山ほどいるんだけどな?