ー初体験の章23- 神帝暦645年 8月24日 その12
休憩が始まって、そろそろ1時間が経とうとしていた。俺たち4人と1匹は館の見取り図を草の上に広げて、ああでもこうでもないと、次のアタックに向けて、入念に打ち合わせを行っていたわけである。
「あたし、思ったんだけど、使い魔のこっしろーくんを先行させたら良いと思うんだよねー? ほら、こっしろーくんの身体のサイズなら、ドアの隙間から部屋の中に入って、そこに何がいるか、目視できるじゃないー?」
「ユーリ。それはお前が使い魔との感覚共有を上手く使いこなせるなら、是非ともやってもらっていたさ。だけど、こっしろーを使い魔にしてからまだ日が浅いだろ? ぶっつけ本番でやらせるには危険すぎる。だから、却下だ!」
俺が却下だ! と宣言した途端に、ユーリがブーブー! とぶーたれる。まったく、感覚共有の訓練をまだろくにやってないのに、そんな意見が通ると思っているほうが間違いだ。先日、こっしろーとの感覚共有がいきすぎたのを忘れたとは言わせないぞ?
「ウキキッ。ツキト殿の使い魔をもってくるべきだったのかもしれないのですよ。確か、火のトカゲのトッカーくんでしたよね? ウキキッ!」
「いんや。今は2代目のカッゲーくんだぜ? 初代のトッカーくんは2年前に天に召されたんだよ」
「ウキキッ? そうだったんですか? これは失言をしてしまったのですよ。悪気はないので、気を悪くしないでほしいのですよ……ウキキッ」
「私としましても、トッカーくんには申し訳ないことをしたと思っているのですわ?」
「ヒデヨシもアマノも気にすんなって。トッカーくんは細切れになっちまったけど、アマノを恨んだりはしてないさ。きっとな……」
2年前、【欲望の団】で受けたクエストで、俺、アマノ、団長、カツイエ殿、そして、団長のハーレムの一員であるヨシノさん。さらには遺物探査師かつ俺の悪友であるゴエモンを含めての6人の徒党を組んだのだが、その時、アマノは死にかけた。
いや、まあ、本当に死にかけたのは俺なんだけどな? 開けゴマの二つ名をマツダイラ幕府に与えられたゴエモンが異形なるモンスターに喰われたんだ。そして、そのモンスターが次に狙った相手はアマノだった。ゴエモンが目の前で千切れた肉片に生まれ変わっていくのを間近で視ていた俺は頭の中が真っ白になり、股間を自分の小便で濡らした。
だが、身体は勝手に動いた。アマノを救うべく、俺はその異形なるモンスターが口を大きく開いているところに自分の右半身をねじ込み、右手に掴んでいた火のトカゲのトッカーくんに俺のありったけの魔力を注ぎ込み、トッカーくんを自爆させたのである。
異形なるモンスターの鋭い前歯に噛まれたことと、トッカーくんの自爆に巻き込まれた俺は半生半死状態となったのだ。それから、半年間、アマノが付きっきりで俺の傷の治療、そして看病を行ってくれたおかげで、俺はなんとか冒険者稼業に復帰することが叶ったのである。
遺物探査師のゴエモンとは、悪友といった感じの付き合いをしていた俺であり、あいつはろくな死に方はしないだろうと常々思っていたが、案の定、モンスターに噛み千切られ、物言わぬ肉片に変わっちまった。
俺は悪友と使い魔を同時に失い、さらには、自分の命すら落としかけていた。そのことが未だに、俺の心を掻き毟る。結果的に、アマノを助けることが出来、アマノの献身的な看病に心打たれた。そして、俺は傷が完治したあと、アマノに正式にプロポーズして、受け入れられることになった。彼女と結婚し、今は週2~3回はずっ魂ばっ魂する間柄になった。だが、それは結果論に過ぎない。
失ったモノがあっても、その代わりに得るモノがあっただけ良かったじゃないかと言ってくれるヒトは居る。だが、俺は全てを失いたくないわがままな男なのだ。悪友を救い、使い魔を救い、さらにはアマノまでも救いたかったという強欲モノなのだ。
だからこそ、それが出来なかった俺にはB級冒険者になる資格など有していないと思っている……。
「ウキキッ? ツキト殿? どうしたのですか? 眉間にしわを寄せて?」
「おっと、すまねえ。ちょっと、トッカーくんのことを思い出してな? あいつには悪いことをしたなあって、センチメンタルになっちまってた」
「ツキト。あの時のことは重ね重ね、感謝するのですわ。でも、思い悩むことはやめてほしいのですわ?」
「ああ、大丈夫だって。俺はもうトッカーくんを亡くしたことは克服したからさ。だからこそ、2代目の火のトカゲのカッゲーくんをただいま絶賛、育成中なんだしさ?」
そうは言うが、俺としてはもしかすると、アマノがまた再び命の危険に晒された場合が来た時、カッゲーくんすらも犠牲にするのではないのか? という疑念を払拭できずにいた。だからこそ、俺は自分の使い魔のカッゲーくんをお盆進行の際には同行させなかったのである。
あと、今回のクエストに連れてこなかったのは、単にカッゲーくんの調教不足を心配してのことだがな? 館を焼亡させてもらっては困るのだ。報奨金をもらえるどころか、多額の負債を背負わされそうだからな!
「カッゲーくんってスモークチーズが好きだよねー。カロリーの高いモノはダメだってお父さんに言っているのに、お父さんはカッゲーくんに与えすぎだよー」
「ひどい話でッチュウ。ぼくなんて、天カスなのでッチュウ。ぼくもスモークチーズを食べたいのでッチュウ!」
「ん? こっしろーはスモークチーズが好きだったのか? 言ってくれれば、分けてやったのにさ?」
「そこはツキト家の新たな居候としては言い出しにくいのでッチュウ。ツキトさんが、その辺の機微を勘付くべきなのでッチュウ」
なんか、ネズミに説教されているのは俺の思い過ごしか?
「わかる、わかるよー。あたしにはこっしろーくんの気持ちがよおおおくわかるよーーー。あたしもアマノさんがお父さんに嫁いできてから、なんだか居候の気分なんだもんー」
「えええ? 俺、ユーリに対して、肩身の狭い思いをさせてたのか? すまねえ。やっぱり年頃の娘が、熱々新婚カップルを見せつけられてたら、気に障るもんなあ?」
「うふふっ。私としましては、ユーリを邪険に扱っているつもりは毛頭ないのですが、ユーリがそんな風に思っているなら、家の中でツキトとくっつくのを控えなければなりませんわ?」
「ちょっと待ってくれよ! それ、ただ、俺が損なだけじゃんか! おい、ユーリ。俺とアマノは新婚2年目の熱々カップルなんだ。多少は我慢しろ! 俺は今、遅れてやってきた青春を謳歌してんだからな?」
実を言うとだな。俺はアマノとお付き合いをするまで、特定の【彼女】が出来なったのである。そりゃあ、その辺りの事情をよく知らない奴らには、俺も昔は両手で収まらないほどの女とずっ魂ばっ魂してきたぜ? とは言う時がある。
だが、俺がずっ魂ばっ魂してきたのは、アマノを別とすると、全員、遊女が相手なのである……。そういった事情もあるために、余計に見栄を張ってしまうわけなのだ。
俺の女性関係事情を知っているのは、【欲望の団】の創立以来のメンバーや、ユーリ、そしてアマノくらいだったりするのであった。ヒデヨシは【欲望の団】から途中離脱してはいるが、なんとなく察してはいてくれているみたいではあるんだよな。
「えええーーー!? 少しは娘の前でイチャイチャするのを控える気は、お父さんにはこれっぽちも無いのー!? お父さんとアマノさんが、ひと目もはばからずに、ちゅっちゅ、ちゅっちゅしてたら、イライラがマックスに到達しちゃうよーーー!」
「許せ。我が娘。毎朝のちゅっちゅ。お昼のちゅっちゅ。そして、夕飯前のちゅっちゅは、アマノとの【約束】なんだ。だから、いくら、可愛い娘が嫌だ嫌だと言っても、俺は愛する嫁のわがままを優先する。これは絶対だ!」
「ウキキッ。普段、まったくモテない男が結婚すると、ダメな男になるとはまさにツキト殿のことを指すのですよ。ユーリ殿? さっさと、彼氏を見つけて、結婚して、家から飛び出したほうが良いのですよ?」
「それは困る! 俺はユーリを嫁に出すつもりは毛頭無い! ユーリ、良いか? 結婚する時は、その男を婿養子として迎えるからな!? これはお父さんとの【約束】だ!」
「婿養子も何も、彼氏すらいないのに、何の心配をしてるのー? そんなことより、そろそろ魔力が回復しきるよー? 次のアタックへの作戦をまとめてよー」
ユーリの発言で俺は、はっ! と我に返るのである。
「う、うむ。俺としたことが気が動転してたわ……。さって、どうやって館を攻略していきますかねえ? 今日は館の1階部分の西側の探索に集中するのは変わらないが、何かが出てきた場合にどう対処すべきかってところだよなあ」
「さっき、ユーリちゃんが言っていた、ぼくを部屋の中に先行させる案でッチュウけど、別に使い魔との感覚共有が出来なくても、ぼくはニンゲンの言葉をしゃべれるので、それで伝えたいことを伝えることは出来るでッチュウよ?」
「ああー。そうだった。こっしろーはただのネズミじゃなかったわ。そこのところを失念していたわ。まあ、その方法もおいおいと考えておかないとなあ?」