ー初体験の章21- 神帝暦645年 8月24日 その10
「ほれ。魔力残量を調べるための魔法結晶を手に乗せるんだ。使い方は訓練中に教えておいたから、ユーリは覚えているよな?」
「うん。この通称、魔力残量確認石だよねー? 両手で包み込んで、一分ほど、ふぬぬぬー! ってやると、そのひとの魔力の残量を示す色に変わるんだよねー?」
ふぬぬぬー! ってのはどうかと思うが、まあ感覚的な話だし、それで良いのかもな? と俺は思ってしまうわけである。
俺たち4人はそれぞれに魔力残量確認石を両手で包み込み、その石に向かって魔力を、いや、念を込めていく。するとだ。魔力残量確認石はほんのりとした淡い耀きを発し始め、俺たちに魔力の残量を教えてくれるのである。
ちなみに魔力残量確認石はその本人の魔力に反応して、色が変化するのである。それはまさしく虹色にだ。魔力が低い順に赤・橙・黄・緑・青・藍ときて、紫が最高値である。魔力に反応していない時は白色だ。だから、虹色より1つ多い、8段階あると言って良いのかもしれない。
ニンゲンの魔力はFからAまであり、魔力Aの団長のようなニンゲンだと、魔力がフル状態の場合は青色以上で藍色に少し足りないくらいとなる。あと、魔力Fは本気で魔力から見放されているレベルであり、魔力残量確認石が反応せず白色のままとなってしまう。だが、そんなニンゲン、実際に居るかどうかは謎だ。なんたって、全身を筋肉でコーティングされた【筋肉の悪魔】と噂されるカツイエ殿だって、魔力E級あるからなあ。
この魔力残量確認石が便利なところは直接、肉体のどこかしこに触れない限りはそのニンゲンの魔力に反応して色が変わるといったことがないところである。だから、普段は肌に触れないように革袋や布袋に包んでおけば、白色のまんまというわけである。
こんな便利なモノを、何故、今の今まで、ユーリに魔力残量確認石を使わせてこなかったと言うとだ。それは、感覚的に、自分の内側の魔力の残量を感覚で捉えることが出来るようになるのも訓練の一環だったからである。
まあ、それとはまた別に、もうひとつ理由があるのだが、それは、ユーリ用の魔力残量確認石が先日、完成したばかりだったりだからだ。魔法を使うことが出来る冒険者や魔術師、魔導士は、各々専用で職人に作ってもらった魔力残量確認石でないと、うまく作動しないところが厄介な魔法の道具なんだよなあ。
さて、そろそろ1分経ったな。どれどれ。俺の手に持っている石の色はと。
「うーーーん。橙色か黄色かはっきりしないところだな。俺はほとんど魔法を使ってないのも考慮すると、やっぱり少しはあの館に魔力を吸われているってところか……」
魔力残量確認石は橙色と黄色を交互に発光し、それを繰り返すのであった。俺の魔力C級の貯蔵量からすれば、調子が良い時で緑色。普段なら黄色ってところだ。ここから推測するに、今日はまだ魔力をさほど使っていない俺ではよくわからないという結果に落ち着く。
「うふふっ。私は青色がたまに緑色に発光している程度なのですわ? 私は風、水ともに魔力B級なので、そもそもとして、魔力貯蔵量が多いため、あまり変化がわかりづらいみたいですわ?」
そうだな。俺の魔力貯蔵量を数値で表せば200であり、アマノはその10倍の2000だ。その2000から少し魔力を吸い取られた程度では変化量などたかがしれているってもんだな。
やはり、ここは参考にすべきは、俺と同じ魔力貯蔵量を持っているユーリの結果を視るべきであろう。
「おおー? おおー? おおおー!? あたしとお父さんは魔力の桁が同じくらいなのに、石がはっきりと赤色に発色しているよー? 魔力探査をし続けたからと言って、この減り方は半端じゃないよー!?」
ユーリが手にしている魔力残量確認石は赤々と輝いている。こりゃ、確定だわ。長時間の魔力探査は精神的な疲労は起きるものの、その本人が持つ魔力を多大に消費するわけではない。
この石がここまではっきりと赤色を示す以上、ユーリはその体内に宿る魔力の8割近くをも30分で消費してしまったことになる。
「こりゃ、ユーリに魔力探査の役目を負わせるのは酷だな。それと、30分で出てきたのは大正解だったわ。水の魔法を使えるメンバーがひとり減るのは、実質4分の1もの戦力が削られるってことだからな。おい、ユーリ。早いところ、魔法の香草を口の中でモグモグしておけよ? ユーリが欠けちまったら、館内の探索なんか出来なくなるからな!」
「うん、わかったーーー! えっとー。魔法の香草はどこにしまってあったかなー? んーとっ。あったあったー。これを口のなかでよーーーくモグモグしてー」
ユーリは俺に言われた通りに魔法の香草を口に含み、ガムを噛むかのように口を動かすのである。
「ウキキッ。下手をすると、ユーリ殿が魔力切れを起こして戦闘不能となるところでした。いやあ、早めに退いて良かったのですよウキキッ!」
「おい。ヒデヨシ。お前の石はどんな色をしてんだ? って、はっきりとした橙色してんな。ヒデヨシもかなり消耗してんじゃねえか。お前も魔法の香草をモグモグしておけよ。ヒトのことを構ってる暇なんかねえだろが」
「ウキキッ。元々、黄色にギリギリ届くくらいしか魔力貯蔵量がないので、つい、大丈夫かな? とタカを括っていたのですが、ダメだしを喰らってしまいましたのですウキキッ!」
「そんな言い訳してないで、さっさと魔法の香草を口の中に突っ込んでろっての」
ヒデヨシは俺に促されて、肩下げカバンをごそごそと漁り出し、その中から魔法の香草を1枚取り出し、口の中でモグモグさせるのであった。
「うふふっ。私も念のため、魔法の香草をモグモグさせておきますわ? あと、ユーリに魔力探査を任せていましたが、私が次から担当させてもらいますわ? 良いですよね? ツキト?」
「ああ、頼むわ。アマノ。ユーリの訓練のためとか言ってられない状況だからな。ああ、こんなことなら、苦手意識を持たずに、俺も魔力探査の腕前を鍛えておくべきだったなあ」
幽霊に対して、水の魔法は四属性の中で一番効果が高い。次いで火の魔法となるのだが、そもそもとして、館を燃やしてしまうわけにもいかないわけである。
ならば、魔力探査は俺の役目となるはずなのだが、俺はその辺りの才能がからっきしのため、今の今まで、誰かに任せっきりにしてきたわけだ。そのツケがユーリの初クエストにて回ってくるとは思いもしなかったのだ。
「お父さんー。気に病むことなんてないよー? ヒトにはヒトそれぞれの才能ってのがあるんだからー。繊細さからかけ離れたお父さんが魔力探査に不向きだなんて、誰もがわかっていることだからー」
うっ。それは慰めのつもりなのか? ユーリ。どっちかというと嫌味に聞こえるんだが!?
「魔力探査に関しての才能がからっきしなのは認めるぜ? でも、俺がまるで無神経でずぼらだって感じで指摘するのはやめてほしいところなんだけどな!?」
「あ、あれー? あたし、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどなー? うーーーん。お父さんは気にしすぎだよー。気遣ったつもりなんだけど、逆に傷つけちゃったのかなー?」
「うふふっ。ユーリの方こそ、気にしすぎなのですわ? 徒党を組むということは互いの弱点を補い合い、強みを生かすことなのですわ? 自分が出来ないことを出来るようにするよりは、出来る誰かにやってもらうほうがてっとり早いんですもの」
「ウキキッ。アマノ殿の言う通りなのですよ。自分が不得意なことを克服する時間があるならば、自分の得意なところを伸ばすことに時間を費やすべきなのですよウキキッ!」
「【人生短く 光陰 エルフの矢の如し】ってことですわ? 出来ないことは出来ないときっぱりと斬り捨てたほうが、気分的にも軽やかになるのですわ?」
エルフの矢はニンゲン族が放つそれよりも1.5倍の速度で飛んでいく。それゆえ、人生や時間はあっという間にすぎさるものだという戒めを込めてのコトワザなのだ。
「なるほどー。あたしは出来ないことを出来るように克服するのが当たり前だと思っていたよー。そっかー、時間は有限だもんねー。あたしはあたしの得意なところで勝負していくよー!」
おっ? ユーリが大事なことに気付いたみたいだな? それで良いんだ。徒党ってのはそのために組むんだしな。
まあ、そうは言っても世の中、料理から洗濯、掃除、さらには戦闘までそつなくこなす、あいつみたいなのもいるんだが。あいつは出来過ぎのせいで、未だに嫁さんをもらえてないって噂があるなあ。男は抜けているところがあったほうがモテるとは言うが、抜けてる姿のあいつなんて想像がつかないぜ。