ー初体験の章20- 神帝暦645年 8月24日 その9
「お父さんー! この部屋の中に、もやっとした魔力の反応があるよー?」
今、俺たちは館の西側に続く廊下の突き当りの部屋の前で、ユーリに魔力探査を行ってもらっている。見取り図から言うとこの館にいくつかある客人用の応接間のひとつとなるわけか。広い館なだけに客人用に用意されているのがあと3部屋あるんだよな。わかりやく呼称しておくなら、この部屋はとりあえず応接間Aと名付けておくか。
「んじゃ、この部屋は応接間Aってことにしておくぞ? よっし、次の部屋の魔力探査を頼むわ」
「わかったー。それじゃ、お父さん、先行してねー? あたしはまた、魔力探査に集中するからー」
おう。任せとけってんだ。しっかし、館の西側の通路を今、俺たちは探索中なわけであるが、ところどころに高そうな壺や花瓶が置いてあるなあ。さすがに花瓶に生けてある花はかなり生気を吸われているようではあるが。
「ウキキッ。花瓶に生けてある花がしおれているのですよ。幽霊は相手を選びませんね。生物が居なければ植物から生気を吸い上げてしまうのですよウキキッ!」
「だなあ。野外ならともかくとして、館に住みついちまったら、生気を吸い取る相手なんて、それこそ、ネズミか黒い虫だけだしなあ?」
「うふふっ。では、こっしろーちゃんは重々、気をつけなければなりませんわ? 幽霊たちが、こっしろーちゃんの身体を狙って集まってくることになるのですわ?」
「ひいいいでッチュウ! ぼくは美味しくないのでッチュウ! だから、ユーリちゃんの生気を吸い取ってほしいのでッチュウ!」
なんで使い魔がご主人さまを盾に使おうと宣言してんだよ。水の猫や、火の犬が使い魔だったら、身を挺して、ご主人さまを守ってくれるもんだぞ? って思ったけど、こっしろーはネズミだったわ。期待していた俺が馬鹿だったわ。
「こっしろーくん? 別にあたしのために傷ついてほしいなんて、これっぽっちも思っていなけどー。あたしを率先して盾に使おうとかいうのはやめてほしいところだよー?」
「す、すまないのでッチュウ。心の声がダダ漏れになってしまったのでッチュウ。今度からは思ってても口に出さないようにするでッチュウ」
ふむ。存外、ニンゲンの言葉をしゃべれる使い魔ってのは不便なもんだなって、俺は思ってしまうのである。こっしろーはそもそも、ニンゲンじゃない。だからこそ、ニンゲンが本来持っているような矜持なんて持ち合わせているわけがないのだ。
ただの(?)小動物に過ぎない、こっしろーの観点からすれば、身体がでかい俺たちに守ってもらうほうが自然と考えるのであろう。そんなわけで、使い魔でありながら、ご主人さまを盾に使おうという発想になるのだ、こいつは。
まあ、こっしろーを責める必要はないな。すまん、こっしろー。お前はニンゲンの言葉をしゃべるだけの特殊なネズミだ。ユーリにしっかり守ってもらえよ?
「ううう。なんだか、侮蔑の視線をツキトさんから喰らっているのでッチュウ。ぼく、何か悪いことをしでかしましたでッチュウ?」
「いや? そんな変な視線は飛ばしてないぜ? 気のせい、気のせい。さて、残り時間はあと10分っていったところだな。次の部屋を壁越しに魔力探査を終えててしまおうぜ?」
俺は皆を促し、次の部屋の扉の前まで来る。そして、ユーリはふぬぬーーー! うむむーーー! と唸り声をあげて、部屋の中の魔力探査を行うのである。
「さっきの応接間Aよりはこっちのほうが魔力の高い何かがありそうだよー? でも、応接間Aのほうはうごめいてる感じだったけど、こっちの部屋のは、あまり活発には動いていない感じだねー?」
ふむ。なるほど、なるほど。応接間Aに居るのは幽霊の可能性が高いが、こちらは、不明ってわけか。ただ単に活動を停止させているのか、はたまた、こちらを警戒して動かずに身構えているのか、よくわからないなあ?
「よっし。ここは応接間Bとしておこうか。中に何が居るかは、とりあえず現状だとわからないが、あまり油断はできないってところだな」
「ウキキッ。動き回っていてくれれば、だいたい何が潜んでいるかは察しがつくのですが、逆にあまり動いていないっていうのは警戒に値するのですよウキキッ」
「うふふっ。では、この部屋は後回しということにするのですわ? ツキト? 時間的に少し余裕がありますが、もう1部屋くらい、魔力探査をしておきますか?」
「うーーーん。欲を言えば、そうしたいところだけど、ここは安全策を取っておこうか。一旦、館の外に出ようぜ。んで、30分から1時間ほど休憩してから、他の部屋を探ろうか」
というわけで、俺たちは探索を早々と打ち切り、1度目のアタックを終了する。帰りに何か待ち構えていたり、玄関の扉が開かなくなってしまったりとか、そんなこともなく、無事に館の外へと脱出するのであった。
「ふう。思ったより、すんなりと外に出させてもらったな? なんだろうな? 館の中の幽霊たちは俺たちを中に閉じ込めておきたいとか、そんな感じは受けなかったな?」
「うふふっ。警戒はしていたみたいですが、あちらから率先して危害を加えてくるようなことはありませんでしたわ? なんでしょうか? 妙な統率力を感じるのですわ?」
「ウキキッ。アマノ殿もそう思われたのですか? わたくしも不思議に思えるのですよね。館の正面扉を開けた時は奇襲を仕掛けてきたというのに、その割にはあっさりと、わたくしたちを外に出させてくれたのですよウキキッ!」
うーーーむ。そこなんだよなあ。俺も不思議でたまらん。敵愾心をあらわにしている割には、館内を探索していても、向こうからは手を出してこなかった。
「単純に正面扉での奇襲しか準備していなかっただけじゃないのー? それが失敗に終わったから、次の手が無かっただけのようなー?」
ユーリがそう予測を立てる。
「まっさかー。あんな、誰でも思いつきそうな作戦で、館の中に侵入しようとしている奴らを全員排除できるって考えているのは、おかしくねえか?」
俺としては、そんな単純な話ではないだろうと、ついユーリに反論してしまったわけだ。
「多分、今まではそれでうまくいってたんじゃないのー? 案外、前に館を調べにきた幽霊退治者が同じような手で追い返されたから、それに味をしめちゃったんじゃないのー?」
「うーーーん。何だか、ユーリの言ってることのほうが正しい気がしてきたわ。もしかして、30分で外に出てきたのは失敗だったかも?」
「うふふっ。もし、ユーリの予測が正しいのであれば、退くことイコールあちらに体勢を整えさせる時間をみすみす与えたということになりますわね? でも、私に言わせてもらえば、退いて正解だったのですわ?」
「ウキキッ。そもそともとして、魔力を吸い取られていた感じがしたのですよ。30分でどれほど、あの館に魔力を吸い取られたのかを調べておくのですよ。あの感覚が本物であるならば、ツキト殿の退く判断は正しかったということになるのですよウキキッ!」
ありがたい話である。俺としてはもしかして、徒党の指令塔として間違った判断を下したかもしれないという疑念に囚われかけていたのだが、アマノとヒデヨシは、俺をフォローすることをしっかりとこなしてくれるわけである。
「俺は得がたい仲間を手にいれたのかもしれないなあ? ちょっと、凹みかけてたけど、持ち直すことが出来たぜ。アマノ、ヒデヨシ。ありがとうな? おっし、ユーリ。まずはお前から魔力の残りを調べるんだ。この中で一番疲弊しているのは、お前で間違いないからな? ユーリの魔力の残り量から、これからの1度にかけるアタックの時間を調整するぞ?」
「うん、わかったー! お父さん、あんまり、あたしの言ったことを気にしないでねー? あたしなんて、今回が初めてのクエストなんだからー。ぺーぺーのあたしが経験豊富なお父さんに意見するほうが、おかしく視えるはずだからねー?」