ー初体験の章 6- 神帝暦645年 8月23日 その6
俺たちを乗せた箱馬車はゴトンゴトンと揺れながら、目的地に向かって進んでいく。運転手を含めて6人ものニンゲンが乗っているため、さほど速度は出ていないのであるが。まあ、どれくらいの速度かと言えば、大人が荷物を持たずにゆっくりと走っているよりマシな程度にしか出ていないわけだ。
なので、クエストの対象の幽霊が住みついた館は駅から歩いて2時間。ひとが乗った馬車で1時間程度であり、本当なら別に箱馬車を用意してもらうほどの距離ではなかったりする。でも、やはりそこはこの大津の領主さまの依頼なだけあり、向こうとしてもそれなりの歓待をしてくれていると理解したほうが良いのであろう。
ちなみに大津にも冒険者ギルドは存在する。大津の冒険者ギルドに登録している一門で有名どころなところと言えば、平安京を追われた【偉大なる将軍】くらいであり、そちらに今回の大津の領主が依頼しても良かったとは思うのだが?
「なあ、タマさんにこんなことを聞くのは変なのかもしれないけれどさ? 大津だって、草津とは変わらないくらいの都市じゃん? で、そこを拠点に活動している【偉大なる将軍】って一門があるのに、なんでそっちに頼まずに、草津の冒険者ギルドに依頼を持ち込んだんだ?」
「ボクもそこは不思議なのデス。有名どころの【偉大なる将軍】だけでなく中堅どころの冒険者が集う一門が大津には存在するのデス。でも、領主さまやセ・バスチャンは何故か、草津の冒険者ギルドに依頼を出したのデス」
ふーーーん。何か大人の事情があったってことなのかなあ? 【偉大なる将軍】は元々、大津を拠点にしていたわけじゃないし。ちなみに【偉大なる将軍】は平安京を活動拠点にしていたのだが、昨今、【副王連盟】の勢いに押されて、大津に流れ込んだだけだしなあ?
そんな大津にゆかりのない一門に頼み込むよりは、草津の有名どころの一門に頼み込んだほうが利益があるとホソカワ家は考えたのかもしれない。あともうひとつ考えれることとしたら、もしかすると、ホソカワ家は近い将来、草津の領主になる可能性がある。
だからこそ、大津ではなく、草津を優先したと考えたほうが自然なのではないだろうか? 領主ともなれば、その都市の冒険者ギルド、魔法使いギルド、銀行並びに商工ギルドと繋がりを持つようになるのは当然だ。なので、今の内に草津の冒険者ギルドと縁を繋げておくのは悪い方法ではないわけだ。
まあ、これは推測の域を出ない考えなので、これ以上は無駄な気もしたりする。
「大津の領主さまの考えがどうであれ、俺たちとしては依頼をきっちり完遂して、報奨金をもらうことのほうが大事だな」
「うふふっ。上には上の考えがあるものですわ? 私たちが気にしたって、どうにもならないものですわ?」
「ウキキッ。それよりも、件の幽霊が住みついた館の情報を入手するほうが先決なのですよウキキッ!」
それもそうだな。ヒデヨシの言う通りだぜ。
「なあ、タマさん。幽霊が住みついた館ってのは、元々、大津の領主さまが寝泊まりに使っていたんだろ? タマさんはその館の構造について、詳しくないのか?」
「ハイ! もちろん、ある程度までなら、ボクでも説明できるのデス! でも、屋根裏部屋にはボクは上がれなかったので、1階と2階までしか説明できないのデス」
「ん? そりゃまた、何か引っかかる言いだなあ? 屋根裏部屋にはいったい、何があるんだ?」
「噂話程度でしか説明できまセンが、それでも良いのであればデスケド。なんでも、領主さまの隠し子がそこに住んでいるとかなんトカ。それで、その方の世話が出来るのは一部の使用人だけダト。実際にセ・バスチャンさんを含めて、2~3人程度しか、使用人はあの館の屋根裏部屋には踏み入れなかったのデス」
ふーーーん。さすが領主さまともなれば、色々と表には出せない裏事情があるってわけかあ。
「俺たちは依頼で、その館に踏み込むことになるわけだけど、屋根裏部屋部分に上がったらダメとかは、セ・バスチャンからは言い渡されてないけど?」
「ハイ。ボクも屋根裏部屋部分については、領主さまやセ・バスチャンさんからは何も言われてはいまセン。ですので、冒険者さまたちが屋根裏部屋部分に踏み込んでも、とやかく何か言われることは無いと思うのデス」
「ウキキッ。なら安心なのですよ。あとで言った言わなかったで揉める心配はないということですウキキッ!」
まあ、どちらにしろ、館をくまなく探索しないことには、幽霊を全て、館から排除するのは難しくなっちまうからなあ?
「うふふっ。もしかしてですけど、屋根裏部屋に上がれない理由と幽霊が館に住み着くようになったのは関係があるのかもしれないのですわ?」
「あたしの直観だと、屋根裏部屋に住んでいた隠し子が幽霊を召喚しているんだよー。あたしたちが本当に倒さなきゃならないのは、その隠し子だったりするんだよーーー!」
いや、それはさすがに安直すぎると思うんだよな? ユーリよ。でも、それを頭から否定できるほど、俺たちに情報があるわけでもないし。うーーーん。
「まあ、とりあえずは初日は予定通り、館周りの探索からだなあ。それで、次の日からは1階部分を探索開始って感じだなあ」
「うふふっ。いったい、館にはどんな秘密が隠されているんでしょうね? もしかして、私たちは依頼を完遂したあと、領主さまに刺客を送られるかもしれませんわ?」
「さすがにそんなたいそれた秘密なんてないだろうさ。もし、俺たちに刺客を送られるような秘密があるのなら、冒険者風情にこんな依頼を出すわけが最初からあるわけないしな?」
「ウキキッ。ただ単に偶発的に幽霊が住みついたと思っておいたほうが無難ですね。いらぬ推測は判断を誤らせるのですウキキッ!」
「なーんだ。あたしとしては、知られてはいけない領主さまの秘密が隠されていることに期待していたのになー? それこそ、このヒノモトノ国を根底から覆しかねない秘密とかー?」
「そんなのあるわけないだろうが。そんな秘密があったら、帝立鎮守軍が直々に動いてるわ」
と俺はユーリにツッコミを入れるわけである。
「うふふっ。領主さまの隠し子が実は魔王の子孫であり、彼を守るために幽霊たちが現れたとかなら、面白いのですが」
「ウキキッ。それこそ、物語の題材としては面白そうな話なのですよ。そうとは知らずに館に入ってきた冒険者たちが、その魔王の子孫が力を蓄えるための餌であったとかですねウキキッ!」
「さすがに出来過ぎな話だわ。本当にそんなことになったら、俺がそれを題材に本にして、出版してやるわ」
と、こんな感じの笑い話を箱馬車の中でしていたわけである。箱馬車は2匹の馬に引かれて相変わらずゴトンゴトンと揺れながら進んでいく。
あと、20分ほどもすれば、目的地に到着だ。俺は鎧下の鎖帷子の左ポケットから懐中時計を取り出し、現在の時間を確認する。さて、いったい、館には何が待ち構えているんだろうな? 出来るなら、そこそこの討伐報酬が出るモンスターが居てくれることを期待しているんだがな?