ー初体験の章 4- 神帝暦645年 8月23日 その4
アマノの右手の親指で弾かれた銀貨が宙にクルクルと回転しながら昇って行く。それが今度は地面に向かって降ってくる途中で、俺が右手でパシッと掴み取る。俺はその後、右の手のひら部分を上に向けて、手を開くわけである。
「ふーーーむ。表か。じゃあ、俺が今回のクエストの司令塔ってわけだな。なんだ、こんな結果だったら、別にコインの裏表で決める必要性なんて無かったかもなあ?」
「ウキキッ。残念半分、ほっと安堵したのが半分なのですよ。やはり冒険者稼業を20年以上もやっているベテラン冒険者に指令塔を任せたほうが安全なのですよウキキッ!」
「おい、ヒデヨシ。それは嫌味か何かか? 20年以上も冒険者をやっておきながら、C級どまりで申し訳ないですなあああ!?」
「うふふっ? ツキト? 別にヒデヨシさんは嫌味のつもりで言ったわけではありませんわ? 純粋に褒めているだけですわ? 気にしすぎなのですわ?」
うーーーん。それはわかっているつもりなんだけど、なんか棘があるような言い方に聞こえたんだよなあ?
「ウキキッ。悪く聞こえたのなら謝ります。遺憾の意! なのですよウキキッ!」
「遺憾の意は謝ってねえよ! ったく、俺をあまりいじるんじゃねえよ。いい加減にしないと、俺、すねちまうぞ?」
「うふふっ。ツキトはいじり甲斐があるから仕方ありませんわ? でも、いじられるのは悪いことではありませんわ? それほど、ツキトに魅力があるということでもありますもの。でも、ヒデヨシさん? ツキトをいじめて良いのは私だけですから、そこは注意してほしいのですわ?」
「ウキキッ。そこのところのさじ加減はわかっているつもりなのですよウキキッ!」
やれやれ。いじられている内が華と言いますからね。そこは俺としても嫌がるつもりはないわけなのだが?
おっと。そろそろ時間だな。俺は懐中時計で時間を確認すると、幽霊屋敷クエストの依頼人の従者と合流する5分前となったわけである。俺たちは荷物を担ぎ、駅から外に出ることにする。
するとだ。大津駅の外には4人乗りくらいの馬車がすでに駐馬場に待機していたわけである。ちなみにある程度の大きさの駅の駐馬場には、個人馬車会社の馬車が何台も止まっている。何故、俺たちがその並ぶ馬車たちの中から、依頼主の従者が持ち寄ってきたのかがわかるかというとだ。
「うわあああーーー。屋根付きの馬車があるよおおおーーー!? もしかして、アレに今回は乗っていって良いってことーーー!?」
ユーリが驚いているように、他の馬車は屋根の無い荷車に1匹の馬が繋げられたモノがほとんどなのだが、依頼主の従者が持ち寄ってきたと思われるのは、荷車に雨よけの屋根がついており、さらにはそれを引く馬が2匹といった、豪華すぎるのモノだったからだ。さらには、その馬車の側にはメイド服姿の女性がきょろきょろと辺りを見回していたので、誰かを探しているのかが一目瞭然だったわけである。
そのメイド服姿の依頼人の従者と思わしき女性がこちらを視認すると、パタパタと小走りで近寄ってきて一言
「スミマセン。間違っていたらアレですけど、もしかして、草津からお出での一門【欲望の団】所属の冒険者の方々デスカ?」
なんか片言のヒノモトノ国の言葉をしゃべっているなあ? もしかして、外ツ国の出身なのかなあ? と俺は思ってしまうわけである。
「ああ。俺たちは幽霊退治のクエストを受けて草津からやってきた【欲望の団】所属の冒険者だぜ? 俺がツキト。隣に居るのが俺の嫁のアマノ。そして、この生意気そうなのが俺の娘のユーリ。んで、この猿のモンスターがヒデヨシだ」
「ウキキッ! 猿のモンスターって何なのですかね!? こんな素敵な女性を前に、そんなアホな紹介はやめてほしいのですよウキキッ!」
初対面の女性に向かって、【素敵な】なんて修飾語をつけるような奴は猿のモンスター扱いで充分だろうが? 何か、俺、間違ったことを言ったっけ?
「あまり間違っていない気はするのですが、初対面のひと相手に適当な受け答えはやめたほうが無難なのですわ?」
「俺としては冗談のつもりで言ったんだけどな? やっぱり、初対面なら、なるべくフレンドリーになれるように冗談を交えるべきじゃんか?」
「お父さんー。それは時と場合によると思うよー? あと、自分の奥さんを隣に控えさせておきながら、他の女性とフレンドリーに会話するのは、あまり好ましくないと思うよー? アマノさんが本当に言いたいのはそのことだよー?」
ああ、ユーリの言う通りだな。アマノはやきもち焼きだから、そこを考慮するべきだったわ!
「アマノ。すまねえ。ユーリの言う通り、俺の配慮不足だったわ」
「うふふっ。わかってもらえれば良いのですわ? ヒデヨシさんを猿のモンスター呼ばわりするのは許しますけど、私の前で他の女性とフレンドリーに会話されては、痛い眼を見せる必要が生じますもの?」
「ウキキッ。わたくしを猿のモンスター呼ばわりするのは変わらないのですね? ウキキッ!」
ヒデヨシがじと眼で俺を睨んでくるわけだが、俺をそんなに見つめても何も出せないぜ?
とそんなやりとりをしていると、依頼主の従者が口元を右手で軽く抑えながら、クスクスとおかしそうに笑うわけである。
「あっ、スミマセン。つい、やりとりが可笑しくて笑ってしまいマシタ。冒険者さまって荒くれモノが多い印象でしたけど、あなたたちは違うのデスネ?」
「まあ、うちの一門は一般人を威嚇するような奴はほとんど居ないからなあ?」
冒険者に荒くれモノが多いのは事実である。そりゃあ、日常、モンスターと命を賭けて闘っているわけだから、どうしても、気性が荒くなっちまうってもんだ。でも、それはただ余裕がない冒険者において割合が多いだけであり、生活がある程度安定しているようなC級冒険者以上では、逆に人当たりが良かったりするわけである。
「申し遅れマシタ。ボクは大津の領主であるホソカワ家の使用人のひとりであるタマと申しマス。大津に滞在中はボクが案内並びに、皆サマのお世話を担当させてもらうのデス!」
ほう。視た目、18歳ってところだけど、ユーリよりもしっかりしてそうだなあ。この娘さんは。やはり、大津の領主の使用人だけはあって、教育が行き届いていることが、彼女の仕草からもわかるわけである。
「あたしはユーリだよーーー! タマちゃん、これからよろしくねーーー!」
ユーリがタマさんの右手を両手で握ってブンブンと振っているわけである。うーーーん。育ちの違いってのはこういうところではっきり出てくるんだよなあ? と俺は思ってしまうわけである。
「ユーリさん。よろしくお願いしますのデス!」
「別に「さん」づけしなくても良いんだよー? 気軽に「ちゃん」付けで呼んでくれて良いんだよーーー?」
「い、いえ。そんな、依頼を受けてくれた冒険者サマたちを「ちゃん」付けなんて出来ないのデスヨ?」
まあ、向こうとしては仕事で俺たちと付き合うわけだから、いくら歳の近いユーリ相手でも「ちゃん」付けで呼ぶには抵抗があるんだろうな。でも、一言、言わせてもらうならだ。
「「ちゃん」付けはともかくとして、冒険者「さま」ってのはやめてくれよ。どうせ、冒険者なんて荒くれモノなんだ。「さん」付け程度で良いぜ?」
俺がそう言うと、タマさんがううんっ? と困り顔になっている。
「しかし、せっかく依頼を受けていただいた冒険者サマたちに対して、「さん」付けには抵抗を覚えてしまうのデス……」
「短い期間ながらも、こちらとしては世話になるんだし、あんまりかしこまった態度をされても窮屈でさあ? せめて名前を呼ぶときは「さん」付けでお願いするわ。タマさんよ?」
「わ、わかりマシタ。ツキトさん。アマノさん。ユーリさん。それにおサルさん。これからお願いしますのデス!」