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चंद्र讚歌 -La L'inno per il Candra-

ル・ジベ

作者: 関ひだり

 KLOCHE has been ringing ever and ever.

 鐘がひっきりなしに鳴り響いている。燃えるやうな太陽が、このまちと鐘塔(Carillon)を真っ赤に染めながら沈んでゆく。もうじき夜になる。このまちに住む人々は足早に家路を辿る。母親が、屋外で遊んでいる子供たちに、早く中へ入りなさいと促していた。私は、塔の天辺(てっぺん)から、この日常の風景を眺めていた。


 私の知る限り、この鐘は朝も昼も夜も、休むことなく鳴り続けている。子供の頃にも、いっときの間もあけず鳴っていた。私の父が子供だった時も同じく鳴っていたという。彼の父も同じことを言っていた。そして、その父も同じことを言っていたらしい。


 このまちの住人は『静寂』をきいたことがない。あるいは、知らない人さえいる。このまちの住人はうまれてから死ぬまで鐘の音をききながら生活している。この鐘塔はいつ、誰が何のためにつくったのかを知るものはひとりもいない。また、どうやって鳴らされているかを知るのも、ひとりもいない。


  ***


 月の綺麗な夜である。鐘の音は相変はらず一定の規則で鳴り続けている。この上から見下ろすまちの中で、外を歩く人影はひとつも見当たらなかった。このような静かな――つまり、ひとの気配のしない夜は、私は初めて経験したことになる。陽の出ているうちは、眼下を動き回るひとや猫などを眺めて退屈を凌いでいたが、それらがなくなると次第に苦痛に感じてきた。


 と、


 「サブリや、」


 頭上から私の名前を呼ぶ嗄れた声がした。可能な限り首を上向けると、月と目が合った。


 「サブリや、」

 「何用か」

 「とうとうこの時が来てしまったなあ。お前の父親を同じ場所で見送ってから、私は数えきれないほどこのまちの上を通り過ぎた。できれば会うようなことがなければ良かったものを。血は争えないのだなあ」

 「私の名を知っているのか」


 それに、何故父のことを、私は問おうとした。しかし、それは愚問だと気付いた。

 

 「私は夜の神だよ。神が知らずして、誰が知ろうか」


 そう言って、月は溜息をついてみせた。


 「私の父は、五日間ここにいた。六日目、いなくなった」

 「その通り。サブリ、お前もきっと、父親と同じ運命を辿ることになろう。このまま五日間そこにいて、六日目、いなくなる」

 「五日か。長いな。退屈しそうだ」

 「私の前でそれを言うか」

 神は笑った。確かに、我々人間より遥かに長い時間を生きてきた者にとって、五日といふのはあまりに短すぎるのだろう。


 ふと気付いて、私は再び訊ねた。


 「月ならば、この鐘塔がいつ、誰の手によって、どういう理由で建てられたのか、知っているのか」


 月は微かに表情を歪め、答えた。


 「もちろん、知っているとも」


 それから、私にだけ聞こえる小さな声で告げた。その音は、鐘の音に交じって幽かに私の鼓膜を震わせた。


  ***

 

 遥か彼方に見える地平線より、朝日の兆しが感じられた。陽に暖められる前の冷たい風が吹き付け、私の身体は頼りなげに揺れた。


 今日も鐘は鳴り続け、罪人(わたし)の骸はここに吊るされたままである。




...Le Gibet

C'est la cloche qui tinte aux murs d'une ville, sous l'horizon, et la carcasse d'un pendu que rougit le soleil couchant.

  Aloysius Bertrand. ―Gaspard de la Nuit - Fantaisies a la memoire de Rembrandt et de Carrot -


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