遠距離恋愛
「百年待ってください、必ず会いに来ますから。」
私なんか、6年でいいのだけど、待ってもらうの。でも、彼はちっとも待つ気さえないね。
「おいおい調子乗りすぎ!」って、銀行員さんはお堅いのね。理系だからかなあ。確かなことしか言わないのね。未来の事なんて、誰にもわからないのに。調子乗りすぎか。あなたの方はその気ないの、まったく。もっと柔らかい心で受け止めてくれないかなあ。あなたは懐が広いと思ったのに。その程度なのね。がっかりだなあ。
あの後もし会ってたら、今はなかったね。私は性急に迫って、彼はしり込みして、それで終わり。もう会わない。そして、こんなやり取りもなく、ネタにもならなかった。なんたって、遠距離恋愛は私の初体験なんだもの。
いろいろ想像して、一年後に会えるのを楽しみにして、なかなかいいものじゃない。初めて出会って、他の人達もいて、2時間しか一緒にいなかったのに、なぜこんなに夢中になっちゃったのか、自分でも冷静に考えれば不思議。彼はもっと不思議に思ってるでしょうね。
来年までの一年間、いや、10か月、絶対に会えないという前提が、恋という気持ちを持続させて、高めるのに効果的なんだな。今までは、こういうことは少なくとも自分には絶対に起こらないと思ってた。それが今、恋してる、遠くの人に、2時間一緒にいただけの人に、面白いね。人間て、やっぱり変わるんだ。昔の友達に会って、「変わらないねー」って言い合うけど、本当はとっても変わっていて、でも、昔も今もそんな奥の部分までは知り合っていないから、表面的には変わってないという結論に達して、ちょっと安心してるのかな、みんな。
彼の手はどんな感触なんだろう。握ったら、どんな指の太さなんだろう。すらりとして、上品にそろえてある写真写りの良い指。暖かいのか、冷たいのか、湿ってるのか、乾燥してるのか。顔を近づけたら、どんな匂いがするんだろう。どんな気を発してるんだろう。彼の胸ってどんな匂いなんだろう。
来年の夏、新宿駅西口地下で待ち合わせて、「会いたかったー」って飛びかかって抱き着いたら、どんな反応するんだろう。唇に素早くビズしちゃったら、どんな顔するんだろう。公衆の面前で、彼はほんとに面食らって、戸惑って、怒るかしら。
美容院で、「どんな手入れしてるの、触ればわかるよ」って言われた、自慢の直毛ロング。ほんとは本当に、なーんにも手入れなんてしてないんだけど。彼に撫でてもらいたい。「ほんとうに笑顔が素敵だね」って言ってくれたけど、私のいい所、それだけじゃないのよ。でも、あの飲み会で、「ああ、その笑顔…」ってあなたが漏らした言葉、私は聞き逃さなかった。それが心に喰いついちゃって離れないのよ。マダニみたいに、心臓に喰いついて、頭も体も入り込んじゃって、取れない。そして、恋ウイルスに感染しちゃったわけよ。その気がないなら、あんなセリフ、漏らしちゃいけないわ。それに、あのメッセージも。




