ようこそ! 倫理崩壊ノスタルジア
大林 倫理は後悔した。こんなことになるのなら異世界転生などしなければよかったと、自分の選択を大いに悔やんでいた。
『身体が弱く、若くして死んだ倫理。私は其方を天から見ていました。己の境遇を恨むことなく純粋なまま人生を過ごした倫理よ。私はその無垢な魂に感銘を受けたのです。だからこそ提案させてください。其方には特別に選択する自由を』
闇で染まった世界を身から出る光で照らす女神。今まで見た女性の中で一番美しいと思えたその女神が提示した選択は二つ。
一つ目はこのまま記憶を失い、高い知能を持った生物に生まれ変わる。
二つ目はこのまま記憶を保ち、高い知能を持った生物に生まれ変わり、そのうえ倫理が望むモノを一つ授ける。だがその代わり、神が指定した世界に飛ばされる。
といったモノだった。
倫理は悩むことなく二つ目を選択した。神が指定した世界というのが気にかかるが、それを無視しても問題がないほどの大きな利点があったからだ。
その選択をした倫理を見て、女神は微笑む。
『わかりました。では、倫理。其方の望みを申しなさい』
『はい、僕は――――』
誰にも危害を加えられない強靭な身体が欲しいです。
「わ、わぁぁぁぁぁぁぁ!」
「い、嫌だ! 死にたくないぃぃぃぃぃ!」
空調から青いガスが部屋に流れ込む。その中にいた人々はそれを見ると暴れ出し、絶叫しながら扉や壁を殴打した。
「ここから出せぇぇぇぇぇぇ!」
地獄。その小さな部屋に内包された濃縮した負は、真っ当な精神を持つ人間ならば目を背ける凄まじい光景だった。
だが、これを行い、今もなお観察している彼らはそのような精神など持ち合わせておらず、更に言えばこの世界にそのような正常な人間は存在していなかった。
――――いや、ただ一人を除いては。
「実験終了。お疲れ様でした。お疲れ様でした」
機械音声が部屋に木霊すと、空調は正常に稼働し、青いガスは綺麗に取り除かれる。そして、空気が抜けたような音とともに部屋の扉は横にスライドした。
床を擦る音が部屋の中でする。
それを発生させているモノは、移動しているのか扉のほうに近づいていくと、ゆっくりとした動作で部屋から出た。
「…………」
ソレが出ると部屋の扉は自動的に閉まろうとする。
生存者は一人。
それ以外は全員死に、部屋の中には無数の死体が転がっていた。
倫理――この世界での名はザ・ミステリアス。
彼は扉が完全に閉まるまで、命を失った肉の塊たちを眺めていた。その視線はどこか羨ましそうで、生き残ったはずだというのに、その表情は絶望で満ち溢れていた。
「…………ほんと、最悪だ」
彼はボソッと呟くと、スリッパで音を奏でながら自分の部屋に戻る。他の部屋から聞こえる狂気を少しでも妨げるために。
ここは技術の発展により倫理が崩壊した世界。
ザ・ミステリアスは思い出に耽る。
過ごした年月は短かったが、美しかったあの前世(故郷)のことを。
17/06/25 修正しました。