第8話 霧と剣戟
遅くなってすみません……
アクションシーンは難しいです。
霧の中からヒュッという風を斬る音が聞こえる。
霧が深すぎて斬撃が見えない。ナリルとの戦闘の様に、ブラノヴァから供給されるエネルギーを耳に回して聴覚を強化するも、敵は複数いるようで、音が判別できない。
「っ!」
とっさに右に跳ぶ。シュンッという音とともに俺の髪が数本宙を舞う。
ダメだ。これじゃジリ貧だ。いくら躱し続けても、いつか一発食らってあの世行き。だが、攻撃しようにも敵が複数いるせいで音源がはっきりしない。多分相手も立ち位置を頻繁に入れ替えて、場所を分かりにくくしているのだろう。
下手に突っ込めば、すぐに避けられていらぬ反撃をもらう。
「グギャアアアッ!」
「ギャギャッ!」
明らかに人間じゃない声とともに2つの斬撃が向かってくる。
「クソッ!」
俺は後ろへ跳んで後退する。だが、
「ぐぁあ!」
躱しきれず右の太腿から血が噴き出す。
痛みに集中を乱され、着地に失敗した。手からブラノヴァが離れ、黒塵の噴出が止まった。俺は無様に地を転がっていく。
やべえ、死ぬ!
丸腰で地面に転がってたら格好の的だ。しかし、焦って勢いよくバックステップしたせいで、体の回転が止まらない。
背中に硬質な感触を覚えて転がるのが止まった。
瞬間、俺の目の前の霧が晴れたかのように敵の姿全てを認識できるようになる。
敵はやはり人間ではなく、しかもまたもや恐竜もどきだった。
今回の恐竜もどきは足の細い小型の恐竜、ラプトルにとてもよく似ている。ただ1つの点だけを除いて。
腕が長く伸び、カマキリの鎌にそっくりな刃を持っている。さっきまでの斬撃は全部この鎌によるものだろう。
この感覚が広がる感じは、センシズか!
起き上がって後ろを見ると、白銀のエストックが石畳の上に立っていた。
敵は全部で4体。
『感覚』による超強化を受けて個別に認識できる様になっただけだから、視覚でしかわからない色彩とかは霧に隠されて判別がつかない。だが、1体だけ胴体と後ろ足の部分が鎧に覆われた様なゴツイなりをしているのが分かった。残り3体は、腕以外普通の恐竜っぽいかな?
敵の姿を認識できはしたが、このまま長い時間『感覚』を使用し続けると、さっきみたいに見えているものの拡大化が始まり、逆に戦いに支障が出るだろう。
原子分子見えてる状態で戦えるかっての。
センシズから離れれば『感覚』は解除され、再び触れることでこの丁度いい状態で戦えるようになりはするが、今ブラノヴァは数メートル先に転がっており、手元にはセンシズしか武器がない。
この状況で唯一の武器から手を離すのは致命的な隙だ。
敵はすぐ目の前にまで迫ってきている。
「つまるところ、短期決戦しか俺に残された道はないと。」
しかし悲しいかな、俺のもやしボディはブラノヴァなしだとほとんど戦えないのだ。
果たしてセンシズの攻撃力A+と『剣心Lv.1』がどこまで補正をかけてくれるのやら。
「グゲギャギャギャッ!」
斬! という音がしそうな勢いで鎌が振り下ろされる。俺はセンシズを石畳から引き抜き、剣の腹で鎌を受け流す。横に逸れた斬撃を避けて、俺は後ろへと退がる。
『感覚』による強化が効いているようだ。さっきまでギリギリで躱していた攻撃が、よく見えている。
別のラプトルもどき2体がそれぞれ同時に鎌を振り上げて向かってきた。
1つはセンシズで流せる。だが受け流しでは同じタイミングかつ別方向の攻撃に対処することはできない。もう1つは……
「『エネルギー操作』でなんとかするしかないか!」
物理無効(無制限)なら多分鎌を止めることができるだろう。鎌の運動エネルギーを熱エネルギーに変換すれば、鎌のスピードを奪える。熱を奪うものはそこら中にある。うまくいけば1体倒せるはずだ。
「ゲギャァアアア!」
「ギャギャアアア!」
斬撃が向かってくる。俺はセンシズを横に構えて、受け流す体勢をとる。
まず1つ目。上段から振り下ろされた鎌をセンシズの腹で受け、斜めに傾けることで横にそらす。
2つ目、横から俺の腹をかっさばこうと迫る刃をしっかり両目で睨み、エネルギーを減少させるイメージをする。
しかし、鎌は止まらなかった。
「ぐぁあああっ!」
脇腹に鋭利な異物が刺さっている。
太腿以上の鋭くきつい痛みに俺は意識を手放しそうになる。
しかし、もう1つ斬撃が向かってくるのが目に入り、歯を食いしばって地面を蹴って後ろへ跳ぶ。
ギリギリ躱した攻撃は、俺のいた地面をスッパリ斬り裂いた。
「ちくしょう……しくった!」
『エネルギー操作』には気づいていない欠点があるだろう。
ついさっきそんなことを考えていたのに、完全に信用しきっていた。まだ全容がわからないものに期待するとはなんとも愚かなことだ。
傷口から血がドクドク流れている。さらに、体から徐々に力が抜けていく。まずい。視界が霞む……。これじゃ次の一撃は躱せない……!
傷を抑えたい衝動にかられながらも、必死に強化された感覚を頼りになる前へと注意を向けて、剣を構える。
「意識が朦朧としてると……『感覚』も……強化が追いつかないんだな……。そうだよな……どんどん悪くなってるんだからな……」
『感覚』のおかげで敵は見えているが、それ以上の強化は行われないでいる。出血多量により脳が直接弱体化しているため、いくら感覚を強化しても現状以上にはならないのだ。さらに、異常な体力の消耗が脳の弱体化に拍車をかけている。
「ははは、これは発見だ……ぜ……」
不意に、足から力が抜けた。
俺は膝から崩れ落ちる。すでに四肢には、力が入らなくなっていた。
避けるどころじゃねぇな。もう次で終わりじゃん。情け無いな……俺……。
ここで、俺は意識を手放した。
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「フム」
どこからか声が聞こえた。
「此度ノ勇者ハ本当ニ実力ガ無イヨウダ。モウヨイゾ。戻ッテ来イ」
「ハイ……魔王様」
レイが意識を失って少しした時、片言の男声が聞こえ、それに応えるように鎧風のラプトルもどきから女の声が聞こえた。
3体の普通のラプトルが霧に溶けるように消え、鎧のラプトルは徐々に人の形へと変わっていく。
「………………ょ。つ……く……って……ぇ、黎」
ボソボソと何かをつぶやいて、1人の女は霧の中に消えた。
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少し黒い霧がかかっているように、視界が狭く、ぼやけている。目に映るのは見覚えのある光景だ。
これは、最近よく見る。懐かしくも、辛い夢だ。
1枚の絵が、宙を舞う。
暴走するダンプが、絵と反対方向に進路をとる。
俺の目の前を通り、巨大な車体は、1人の少女の身体を跳ねる。
俺は少女へ駆け寄り、彼女の言葉に誓いを立てる。
少女が目を閉じたとき、俺は彼女の名を叫んだ。
「風葉ぁあああああああああっ!!」
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「風葉ぁあああああああああっ!!」
俺は飛び起き、手を前に伸ばす。目に入るのは、彼女の死に顔やアスファルトの地面ではなく、見覚えのない木の部屋だった。
「どこだここ……?」
俺は確か……小さい恐竜もどきに斬り殺されそうだったはず。霧の中、石畳の上で。
どうなってるんだ……?
考えていると、木製のドアの外からドドドッっと駆け上がるような音が聞こえてきた。
「大丈夫っ!? 叫び声が聞こえたよ!」
ガタッとドアを勢いよく開けて入ってきたのは、俺と同じくらいの背の、赤髪の男だった。瞳の色は黄緑。なかなかの好青年だ。
「あ、大丈夫……です。ちょっと夢を見ただけです」
「そうか……よかった……」
男はホッと息をついて、胸を撫で下ろした。
「あの……あなたは……?」
「ん? 僕? 僕はキアだよ。あんまり堅くならなくていいよ。性に合わないんだ」
「わ、分かった。俺は……レイだ」
「ああ、よろしく、レイ」
「こ、こちらこそよろしく、キア」
キアが手を差し出してきたので、俺はその手を握り、挨拶をする。そして、キアはにっこり笑って言った。
「レイが濃霧の森で倒れててさ、ここまで運んできたんだよ」
「あ、ありがとう……」
ずいぶんと人が良さそうだ。俺と同い年くらいだろう。赤い髪が紅葉のように穏やかな色をしていて、とても爽やかな印象を抱く。
「ところで……ここはどこ?」
ふと、俺はキアに問いかける。
キアはそれを聞いてふっと笑い、答えた。
「ようこそ、王都北西の外れ、天才魔術師ラキアの工房へ」
ちょっと短めでした。
新キャラ登場。
そして少しだけ現れたレイくんの過去。
ここからどんどん話が進んでいきます。