第5話 ギフトと人の価値
長くなったので2話分割します。
なんで!? なんで私が押されているの!!? 平和な異世界でのうのうと生きてきた一般人の男に!
目の前の、黒い霧のようなものを噴く真っ黒な魔剣を持つ男、レイ・ジンドウは今、私の動き全てを圧倒し、その黒剣で私を斬り捨てんとする。
つい先ほどまで、私に手も足も出なかった男が。さっきまで、温室育ちの御坊ちゃまのようにナヨナヨしていた男が。王宮で長年鍛錬を積んできた私に、勝とうとしている。
「うぉおおおあああ!!」
「くぁっ…」
私の動きを読んだレイが、横薙ぎで私が両手に握る折れたモップを弾いた。
まずい、このままじゃ!
レイはまたも人間に不可能な動きで、振り抜いた剣を即座に構え直す。腰だめに構えて、私を見る目を鋭くする。
もしかして、『剣術』の技…?
レイが、私を終わらせる力の名を叫んだ。
『ブーステッド・スラァアアアッシュ!』
黒が輝き、私の視界を黒が奪っていく。
ここで、私、ナリルの意識は途切れた。
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私は、物心ついた頃から寂れた農村の隅にあるあばら家に、1人で住んでいた。
1人で畑を耕し、畑で採れた少ない野菜を食べて生活していた。
村のみんなが優しくしてくれたから、あの時は元気に生きていれた。
特に優しかったのは、隣の家に住むおばあちゃんだ。よく、畑仕事の合間におばあちゃんの家に行き、彼女に異世界から来たという勇者様のおとぎ話を聴いた。お話の勇者様は大抵、お城のお姫様に召喚され、最初は戸惑いながらも、面白おかしく冒険して、最後にはみんなの幸せを築いていた。私も、彼らのように華々しい活躍がしたい。おとぎ話として語り継がれたい。そう当時は思っていた。
けれど、ある日、真理神殿の司祭を名乗る男が村に現れ、村のみんなに彼ら自身のギフトを教え、自身のコメントを伝え始めた。今なら分かるが、彼は『鑑定』を行って、神殿に行くお金と余裕の無い人間から日銭を稼ぐ、ただの詐欺師だったのだろう。ほとんどの村人は、自分の才能を知ることができ、男に感謝の意を述べていた。けれど、
「なんだこのギフトは? 訳が分からない。こんなものなんの意味もないじゃないか。」
「…え?」
「知ってるか? 神が意味の無いギフトを授ける理由はな、その人間に価値が無いからなんだぜ? お前は神からこんな意味の無いギフトを授かった。つまり、お前にはこれっぽっちも価値なんて無いんだよ。お前みたいな神から見放された人間がいるから、この村は栄えないのかもな?」
男は私のギフトを訳が分らない、意味が無いと言い、私の価値を否定したのだ。もちろんその時、私は彼に反論した。私は1人でこんなにも頑張っている。だから価値が無いなんて嘘だ、と。
だが、彼にはすでに村のほとんど全員が味方していた。
村人は私を迫害し、私の家の畑を滅茶滅茶にした。今までの優しさが、全て憎悪に変わったかのような行いだった。彼らは私を指差し、なんで価値の無いお前なんかがこの村にいるんだ、この村から出て行け、と非難した。
私は多分、本当に1人だったら耐えられなかっただろう。自殺していたかもしれない。けれど、おばあちゃんは私に味方してくれた。そのおかげで、私はおばあちゃんの家で静かに暮らすことができた。
私がもうすぐ18歳になるだろう月に、おばあちゃんは寿命で亡くなった。おばあちゃんがいない村にいても仕方がない。村を出て都会で生計を立てようと、私はおばあちゃんの家を片付けた。
その時に見つけたのが、アーガレオン王国王宮のメイド服だった。ロングスカートの黒いワンピースに、真っ白なエプロンドレス。おばあちゃんは昔、アーガレオン王宮でメイドをやっていたのだ。
私に価値がないのなら、価値のある人間を支える仕事がぴったりなのではないか?
おばあちゃんのメイド服を見て、そんな考えが私の頭をよぎった。
そして気づけば、私はアーガレオン王宮でメイドとしての研修を受けていた。
ギフトがあてにならないから、価値が無いから、私はどんなことも一生懸命にやった。他の同期の人たちは皆、ギフトの使い勝手が良く、ギフトで全てを片付けて、それを自慢していた。ギフトが無意味なものである私を指差して嗤い、私に雑用を押し付けた。
村とほとんどかわらない生活。けれども私は、私が支えるべき価値ある人を待つために、耐え続けた。そんな時、彼女に会った。アーガレオン王国第3王女、リリーシア姫様に。
「あなたは、今が辛い?」
最初は、リリーシア様が私に話しかけてきた。
当時12歳のリリーシア様は、まだ幼さを感じさせつつも、王族の1人としてすでに威厳を持っていた。しかし、すでに他の兄弟姉妹は功績を残し、彼女よりも王位継承権をはるかに強めていた。彼ら自身が持つ、強大なギフトの力で。
彼女のギフトは家族と比べて使い勝手が非常に悪く、ギフトを持っていないも同然であることは、王宮に知れ渡っていた。それ故に、彼女が自分への劣等感と周りの人間からの評価に苛まれていることは容易に想像できた。
だから、同じ存在であろう私に接触したのだろう。今が辛いかと尋ねてきたのだろう。自分に付いた傷の痛みを和らげたくて。私に慰められたくて。
この子はとても弱い。自分の価値が分からず、不安に押しつぶされそうになっている。しかも、私にとってのおばあちゃんのように、自分を支えてくれる人がいないのだろう。父親は政務で忙しく、母親はすでにこの世にいないのだから。
私は、リリーシア様の、今にも崩れそうな儚い緑色の瞳を見て、そう思った。
なら、私が支えなければいけないのだろう。
あの男の言葉を借りれば、彼女に価値は無い。けれど、同じかそれ以上に価値の無い私が、彼女を助けなければいけない。そうでなければ、彼女はきっと壊れてしまうから。
「いいえ、辛くはありません。貴女様が必要としてくれるなら。」
こうして、私はリリーシア・ロイ・アーガレオン第3王女に仕え始めた。
そして4年後の現在、リリーシア様は異世界からの勇者様を召喚することに成功した。この国の姫が皆競って勇者召喚の術を行なっている中で。
盛大なパレードが行われた。私はチャンスだと思った。リリーシア様はマグレだと言うが、勇者レイ・ジンドウを私が強くすれば、私と姫様の価値を証明できる。勇者を召喚したリリーシア様、勇者を鍛えた私。格闘術を修めた私なら、勇者をある程度鍛えることはできるだろう。そうすれば私たちの価値は改められる。
ならば、勇者に認めてもらおう。勇者の力を確認し、そして勝つのだ。召喚されたばかりなら私でも勝てる。
私はそう決意して、勇者に接近した。
まさか、あんな結果になるとは思わずに。
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「く…あ…」
吹き飛ばされたナリルが、しばらくして目を覚ました。
先ほど発動させた技は、本来ならナリルの体を綺麗に二等分していたのだが、俺は刃を向けずに威力を下げて剣の腹で殴ったため、ナリルを気絶させるくらいで済んだ。
ぶっちゃけ肋骨何本かいってるだろうけど。
まあ、それくらい安いものだろう。説教代としていただいておく。
「ナリル」
「…はい。」
「俺は怒ってる。何に怒ってるか分かるか?」
「それは…」
「待って!」
「姫様!?」
ナリルが俺の問いに答えようと口を開きかけたが、リリがそれを制して俺たちの間に立った。
「全部私が悪いの! 貴方を強くすれば、私の価値が見直されるから! だから…」
「い、いえ! 姫様は関係ありません! 私が独断で…」
リリとナリルのかばい合いが始まる。けれど、
「バカかお前ら。」
「「…え?」」
2人の考えていることは的外れだ。俺は利用されそうになったことは怒ってない。
「なんだかんだ人間の関係は利用し、利用される関係、打算で成り立ってるんだ。そんなことにいちいち怒るのは、馬鹿か恐ろしいほど正義感が強いやつだけ。」
確かに2人に半ば騙される格好で利用されそうだったが、今言った通り、そんなのいちいち気にしていては、元の世界の会社員たちはやっていけないだろう。
「俺は別のことに怒ってるんだ。ナリルとリリ、お前ら2人に。」
最初はナリルだけだったが、今のやりとりでリリにも腹が立った。
グツグツと腹の中で何かが煮えるような感覚を覚える。逆に、俺の頭は氷ができたかのようにどんどん冷めていくのが分かる。
俺には、元の世界でも異世界でも、絶対に許せないことがある。だから、ナリルに負けるわけにはいかなかった。自分が唯一許せない、諦めた人間に負けるなんてありえないから。
「ナリル、お前は"自分に価値がないから、価値ある人間を支える"って言っていたな? リリだって、同じことを考えていただろう?」
「う、うん…」
「はい…私たちはギフトが意味のないものだか…」
「ふざけるな。ギフトなんて一要因だけで人の価値が決まるわけないだろうが!」
ギフトなんて訳わかんない物が何だってんだよ。人の価値は訳が分からないもので決まるなんて俺は認めないね。
だか、2人はそうは思っていないようだった。
「は!? あんたこそふざけないでよ! 異世界からたまたま召喚されて、この世界のことなんてこれっぽっちも知らない男に何が分かるのよ! ギフトがどれだけ重要なのか理解できてないくせに! 」
「私も、今の発言は撤回を要求します!」
リリとナリルは俺の言葉に猛烈に反発してきた。
「ギフトは、人が生まれた時から永遠に持ち続ける魂に刻まれた魔法です。ギフトは神によって授けられ、その人間の価値を決める絶対のもの。つまり使い道のないギフトは、その人間は価値が無いと神が定めた結果なのです。そのギフトを、貴方はたかが一つのものと言うのですか!?」
「ああそうだよ! 俺はその考えに賛同できない。できるわけない。神だろうが何だろうが、他人に自分の価値を決められていいのかよお前らは!」
徐々に頭も煮えるように熱くなっていく。語調も強く、声も大きくなる。
リリも次第に叫ぶように話し始めた。
「いいわけないでしょ! でも、ギフトは変えられないし、捨てることもできない。強力なギフトは奇跡を起こすこともあるけど、私たちみたいに全く使えないギフトは、他人から蔑まれるだけのただのお飾り。そんなの持っていれば当然要らない、生きてて意味の無い人間だって言われるのは当然じゃない!」
「お前ら…!」
ふざけんな。生きてて意味の無い人間がいる訳ないだろうが。何だよその風習は。無駄に人を不幸にするだけじゃないか!
「どうせ私達には価値なんて無いのよ。勇者を召喚できたから、価値が見直されると思ってたけど、それも間違いだったしね…」
「どういうことですか姫様!?」
リリは俺を見て、そのエメラルドの瞳を絶望と諦念で染めながら、ナリルの問いに答える。
「今、レイを鑑定したの。今までマナー違反だって思ってしてなかったけど、やることにしたわ。もう、こんなムカつく男の信頼なんて要らないって思ったから。そしたら、何よこのステータスとギフトは…。筋力E、体力D、魔力Cって、こんなのオールCの一般人の方が強いわよ! ギフトはよりにもよって『エネルギー操作』! 使えないものを除いて最弱と呼ばれる操作系ギフトよ!?」
「そ、そんな…」
さすがに、もやしは一般人より筋力と体力が低かったようだ。
そしてギフト、『エネルギー操作』。どういう能力かは分からないが、最弱らしい。
実に勇者らしくないな、俺。
「さっきのナリルを圧倒してたカラクリはこれよ! 魔力を自分の筋力に置き換えることでほぼ丸腰のナリルと力を拮抗させてただけ。実際に魔王と戦えば、一瞬で消し炭になって終わりよ!」
「つまり、これ以上強くはならないということです…か…?」
ナリルも、リリと同じ絶望の表情を浮かべ、その場に崩れ落ちる。
「無価値な人間は、魔法を扱えても無価値なようですな。ましてや召喚するものも無価値とは。」
ロレンツ大臣がそう言って部屋に戻って来た。その顔と態度にさっきまでの柔らかさは無く、ただ俺たちへの侮蔑があるだけだった。
「姫様、もう用はありませんので、さっさとお部屋へお戻りください。ナリル、お前も元の持ち場へ戻れ。」
「わかったわ…。」
「…はい。」
リリとナリルは大臣の言葉を受け、部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待てよ! 俺の話はまだ…」
「レイ殿、」
俺は2人の後を追おうとするが、大臣が俺の肩を掴み、押し留める。俺は一歩も進めなくなった。大臣の掴む力が万力のように強かったのだ。
ギリギリと俺の右肩が嫌な音を立てる。
「ぐぁあああっ!」
「貴方たちのせいで随分と無駄な時間を取らされましたよ。ですが、明日からは授業なんてありませんので、どうぞお好きにお過ごしください。あ、お食事は厨房から自分でもらって、お部屋で摂るように。間違っても王族の食卓にはいらっしゃらないでくださいね。」
肩を握り潰されるような痛みを感じながら、振り返って大臣の顔を見る。
ロレンツ大臣の顔はにこやかでありながらも、そこには陰が落ち、確かな怒りと軽蔑、そして失望があった。
大臣は手を放し、俺を大部屋の中央へ突き返す。
「お部屋へは自分でお戻りください。案内はつけません。」
は? この広い王宮を案内なしで移動しろと? 絶対迷うぞ!
大臣の態度が急変し、俺の扱いはどんどん酷くなっていく。
しかし、俺にその変化を止めることはできなかった。
「改めてアーガレオン王国へようこそ。最弱ギフト、『エネルギー操作』の勇者様。別に歓迎はしていませんがね。おい、この部屋の掃除を頼む。」
さっきまで照明を反射するほどピカピカだった床は真っ黒で、何も映さず、ただ人に踏みつけられるだけのものであった。
使用人が、掃除か面倒だと嫌そうな顔をしたのがとても印象的だった。
レイくん’sハーレム2日目にして崩壊!?
次話、レイくんのギフト『エネルギー操作』の詳細が…!
そこで答え合わせ(仮)します。
ハイ、作者は2度読者を裏切ってしまったのです…
すみませんでしたぁあああ!!(土下寝)