第2話 始まりの予兆
第2話です!
「ねぇ、貴方って、強いの?」
唐突に現れたお姫様からそんなことを聞かれた。いや、チート持ってたとしてもどんなチート持ってるのか知らないし、素の俺なんて研究ばっかしてたモヤシだから強いなんてお世辞でも言えないんだが……。
「あ、異世界から召喚されたばかりだから、まだ自分の"ギフト"と"スキル"は分かんなくて当然ね。ごめん。私ったらせっかちだったわ……」
「い、いえ、お気になさらないでください」
な、なんか重要そうな単語が聞こえたような……。
「そんな堅い口調はやめてよ。私、多分貴方の年下よ?」
「そんなこと言われましても。貴女はお姫様じゃないありませんか……」
「私は第3王女。お姫様なんて呼ばれても、私は現国王の末娘でしかない末端。王位の継承権なんて王族で最下位。持っているギフトも全然役に立たないもの。そんな私を敬ったって全くの損よ?」
ずいぶんと自分を低く見てるな。思春期にありがちな症状。俺も身に覚えがある。
てか、目上と思しき人には敬語を使うのが日本人の美徳です。それにギフトとか、王位とかよく分からないし。
「異世界人なんで、損得とか分かりませんから」
とりあえず、無難な言葉を返しておく。うん、思春期の子には下手に手を出さないのが正解だ。
「そ、そう……」
あれ? なんか顔赤くして俯いちゃったぞ? 困ったなー、ギフトとかスキルとか気になるから聞きたかったんだけど。
2人とも黙り込み、気まずい空気が流れる。にしても、ほんと綺麗な子だよなぁ。
ふわりと揺れるストレートの長い金髪は、流れるように滑らかだ。
ドレスローブから伸びる華奢な手足は白く、きめ細やかで、触れれば壊れてしまいそうだ。白い肌の顔を赤くしているため、ちょっとした色気を感じさせる。
唇は小さく、けれどもとても柔らかそうだ。てか柔らかかった。うん、思い出しちゃった。やべえ、超恥ずかしくなってきた……。
気まずいはずの空気の中で、のんきなことを考えてるとは思うが、本当に綺麗な女の子なのだ。王様が殺気立つのも仕方がないと思う。なんでさっき自分を低く評価したのだろう? ギフトが関係してるのか?
また思考の海に沈んでいくと、何やら外から音が聞こえてきた。
「ぁ…………ぇ……て……!」
「ん?」
不思議に思い、窓に近づき、開けて外を見る。けれども、何も見当たらない。ただ、王宮の豪華で整った品の良い庭が見えるだけだ。ちょっと湿っている。昨日は雨だったのか?
「たーすーけーてー!」
「上!?」
音、というより声が頭上から聞こえた。
上を見やると、メイドさんが落ちてくる!
「ナリル!」
一緒に窓から顔を出したお姫様が、落ちてきているメイドさんのらしき名前を叫ぶ。
「やべえ!」
俺は目の前に来るであろうメイドさんを受けとめんと、両手を伸ばす。
「うぉりゃぁあああ!」
俺は華麗に窓から飛び出し、見事にメイドさんを抱きとめる。
うん、窓から飛び出してね。
「うぉおぁあああ!?」
「ちょ、バカぁあぁぁ!」
ドップラー効果で音が変わるお姫様の叫びを尻目に、俺はメイドさんを抱えて落ちていく。ほぼ初対面の人間にバカとは。教育がなってないな。やっぱり敬語はいいかもしれない。次からは普通に話そう。
生きて戻れたらな。
「うぎゃああああ!」
「ひゃあああああ!」
俺とメイドさんは叫び声をアンサンブルさせて自由落下していく。先ほどお姫様と一緒にいた部屋は高層ビルの推定7階相当の高さのところにある。うん、俺、これで生きて戻るなんて無理だわ。
いやー、短い異世界人生だったな。まあ、お姫様とキスできて、メイドさんを抱いて死ねるなら悪くないのかな……。
俺が諦めかけ始めていると、上から声が聞こえた。
「バカぁ! ふざけないでよ! こんなところで死なないでよ! カッコ悪いわよ!」
お姫様が、涙を流してるのかな? なにか水のようなものが頬にあたる。
カッコ悪いってさ。
そうだよなぁ。召喚されたばかりの勇者が、多くの人にもてはやされた勇者が、窓から落ちて死ぬのは、カッコ悪いよな。
可愛い女の子泣かせて、死因が落下死ってカッコ悪いよな。
男として、カッコ悪いのは、ダメだよな。
「くっそおおおおお! やってやるぅううう!」
今この速度で落ちている理由は、俺とメイドさんの元々持っていた位置エネルギーが運動エネルギーに変わっていっているから。
そして、地面に到達して死ぬだろう理由は、運動エネルギーが弾性エネルギーに変わって、俺たちを歪ませるから。歪みが身体の限界を超えれば、俺たちは砕ける。
つまり、その歪みを許容できるようになればいい!
俺は、足を地面に向けるよう足を思いっきり振る。着地と同時に膝を曲げて、エネルギーを吸収してしまう計算だ。
焼け石に水だろうが関係ない。俺は生きてあの娘のとこに戻る!
「うぉおおお、こいやぁあああ!!」
そして、着地。
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私、リリーシア・ロイ・アーガレオンは今、胸の激しい動悸を抑えられないでいる。
「異世界人なんで、損得とか分かりませんから」
と、私が召喚した勇者はニコリと笑って言ったのだ。
第3王女、お姫様と言えば聞こえはいいが、私は王族で最も劣った存在だ。
ギフトは使い勝手が悪く、兄弟姉妹たちよりもはるかに役に立たない。実力で決まる王位継承権はもちろん王族で最下位。お父様は可愛がってくれるけれど、私には価値がない。
王族としてプライドはある。王宮の外の、そこんじょそこらの人間よりは優秀だろう。けれど、同じ王族内では全くの弱者。外の世界との比較なんて意味がない。お父様が私を外に出すのを許さないから。
王女ではあるから、権力のために私に擦り寄ってくる輩はそれなりにいた。けれども、ほとんどの人間は、私の無能さを見てさっさと離れていく。最初は敬うような態度を取っても、最後には私を見下す。
だから私は、今目の前にいる、私のまぐれで召喚した勇者に、そのことを告げた。黒髪黒目で、冴えない見た目だけれど、それでも勇者ゆえに強い力を持っているだろう彼に。
けれど、彼は敬うような言葉遣いをやめないつもりのようだ。ニッコリと笑う顔は、とても優しげで、損得なんて何も考えていないだろう。勇者の伝説や文献を読んだが、まさかここまで礼儀を欠かさないなんて。皆優しいとあったけど、私なんかにまで優しくするなんて……。
頬が熱くなるのを感じる。先ほど彼と触れ合った唇が、痺れるように疼く。こんなの初めての体験だ。お父様は、怒るかな? 彼とのキスも、私が起こした事故なのにものすごく不機嫌になって、彼を睨んでいたし。
「ん?」
ふと、彼が窓の方を向く。彼は窓を開けて、何かを探すように外を見る。私は気になって、彼の横に立ち、同じく外を見る。すると、頭上から聞いたことのある声が聞こえた。
「たーすーけーてー!」
「上!?」
彼が声のする上の方向をに顔を向ける。私も驚いて上を向くと、そこにはかなりの速さで落下してくる仲の良いメイドの姿が。
「ナリル!」
嘘! なんでナリルが上から落ちてくるの!? まさか……!? いくらなんでもこれはやり過ぎよ!
私がナリルを見て茫然としていたら、隣にいた勇者が動いた。
「うぉりゃぁあああ!」
彼は窓から飛び出し、落ちてくるナリルへ両手を伸ばした。ナリルを受け止める。
「うぉおぁあああ!?」
そして落ちた。
「ちょ、バカぁあああ!」
私は叫んだ。あまりにも情けない彼の姿に驚きを隠せない。
ふと、庭のある場所を見やると、そこにあるべきものが無かった。まずい! もしかして点検!? あれが無かったら2人とも死んでしまう!
私は叫んだ。さっきよりも大きく。なんと叫んだかは覚えていない。彼を罵倒していたかもしれない。けれど、"私の力"を証明するためにも彼に死んでもらっては困るし、なんだか彼が死ぬのを考えると、胸が締め付けられる気がする。それにナリルも死んでしまうのは悲しい。だから私は、彼の勇者としてのギフトを信じて、彼に檄を飛ばしたつもりだ。
「くっそおおおお! やってやるぅううう!」
私の声が届いたのか、彼が慟哭する。
「うぉおおお、こいやぁあああ!!」
そして、彼らは着地する。
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……。
…………。
…………………………。
…………………………………………うん。
「生きてるぅうううっ!!」
「はぃいいいっ! 生きてますぅううう!」
「はっはっは、元気がよろしいですね。勇者様も、ナリルも」
マジで死ぬかと思った……。まさか着地したらなんの衝撃も無いとは……。異世界はなんとも不思議だ。
ちなみに、ロレンツ大臣が俺たちの叫び声を聞いて、衛兵と一緒に駆けつけてくれた。今は、一緒に落っこちてきたメイドさんと互いの生を確かめ合っている。具体的に言うと、ハグしてる。うん、テンション上がってて気づかなかったけど、今超恥ずかしい状況だよな。なんかここら辺温いし……。風呂上がりみたい。
「いやはや、まさかナリルが勇者様と一瞬にしてここまで仲良くなるとは。これはナリルを勇者様の専属メイドにするべきだな」
うわー、さっき空中で目があったのが初めてだったのに、もうなんか今後ずっと関わっていくことになっちゃったよ。恥ずい。
そしてそのナリルさんが手を離してくれない。やばい、完全にがっちりホールドされた。俺のモヤシアームでは抜け出せない!
大臣さん助けて!
「ちょ、ちょっとナリル! 私の勇者から離れなさいよ!」
「むむむ、リリーシア姫様とも仲良くなられたと! これは一大事ですね……」
な、なんか今盛大にやばいフラグが立った気がするけど、大丈夫か? まあ、お姫様のおかげでナリルさんが、渋々といった感じに解放してくれたからいいか。
あ、そうだ。このお姫様に言うことあるんだった。
「あ、あのさ……、バ」
「自己紹介!」
俺の言葉にかぶせるように、お姫様が何か言う。
「へ?」
「だから、自己紹介! まだしてないでしょ?」
「姫様……。王の教育方針が間違っていたようですね……。」
え、えぇ……。死にかけた奴に最初にかける言葉がそれかよ……。大臣も呆れてんぞ。
「知ってると思うけど、私はリリーシア・ロイ・アーガレオン。アーガレオン王国第3王女よ。リリって呼んでね。あと、堅くるしいのはダメよ」
「え、えと……、甚堂黎。日本っていう異世界の国の学生……だ。よろしく……頼む、リリ」
「うん!よろしくね、レイ」
こうして、俺、レイと彼女、リリの物語は始まったのだ。
なんか温い感じで湿った庭から。
さてさて、ここで作者はブッ込んできます。
どうやって主人公のレイとメイドのナリルは助かったでしょうか?
ちなみに、2人とも無傷です。
第4話で答え合わせの予定です。
どしどし感想で予想を送ってください!
作者がニヤニヤします。
10/8追記:爆発のシーンをカットしました。
計算しなおしたら爆発なんて起こり得ないことがわかったためです。はい、「計算」しました。
10/12追記:レイが起こってもいない爆発についての描写を語っているため修正しました。これはやっちまったぜ…。