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買い物帰りにスライムがあらわれた

作者: ター
掲載日:2016/06/04

 買い物帰りに、スライムがあらわれた。

 白濁色なゼリー状の固形生物だ。どろどろ動くのが気味悪いと評判であったりする。俺の住む村の周辺によく出てくる。我が家の夕食にもたまに出てくる。普段取れないビタミンが摂取できるらしい。食感的には、ぬゅみょり、という感じだが、伝わるだろうか。

 食材としては歓迎される彼らだが、あまり生け捕りも趣味でないので、俺は迷わず殴る一択。

 彼ら種族は総じて潰れる瞬間の感触が心地よい。冷たさと水に手を打つ感覚に、固めた泡を吹き飛ばすような触感。それが絶妙に入り混じっているのだ。

 どこか癖になる触感に打ち震え過ぎて、一時期一日二十個体潰していたら、この近辺から彼らスライム族が一時期絶えてしまったので、最近はちょっと自粛している。


 とにかく彼らは消える瞬間にこそ魅力があるのだ。手には血液というか体液がべっとりとこびりつくのだが、かといって彼らは遺体となるとすぐに地面に吸い込まれるため、腕についたそれも重力に従い流れ落ちる。その柔らかな愛撫にも似た撫で方も快いのだ。

 いやぁスライムは世界の生態系が培ってきた英知の結晶だね。

 どこぞの研究家などは蝉の身体の構造こそ世界の真理などとのたもうていたが、彼らはスライムを潰したことがないのだろう。


「もったいない話だ。これだけ魅力にあふれた獣だというのに」


 名残惜しむように地面を見る。雑草としかいいようのない草に覆われた土の表面には、彼らの体液で濡れた痕跡すら存在しない。

 吸い込んで何をしようとしているのか悩んだこともある。

 しかし、年間降水量が控えめすぎるこの辺りで雄大な草原が広がっていること自体が、潰された遺体の栄養源を吸い尽くしている証拠だろう。

 そう結論づけて、答えと代えた覚えがある。そりゃおなかが減れば何だって喰うよね的な。

 まぁ勝手に生きろ、と言うことで地面を蹴る。左手には買い物かごを提げたままであった。背中には人でも入りそうな背負いかご。

 中にはトマトやネギやキャベツやニンニクや香辛料や小麦や大豆や米や鶏肉や牛肉や羊肉などがこぼれんばかりに入っている。

 今日と明日、ぎりぎり明後日分の食料である。日持ちさせるために必要な、食糧備蓄用の洞窟がうちの村にはないので、いちいち一日がかりで食料をもらいに隣村に行くのだが、それも面倒な話である。

 基本的に買い出しに行くのは軽快に動ける村人の役目である。俺を含め、買い出し役は合計八人いるのだが、毎回三人で交代制。

 今回は俺とコウゾとミツマタの、男性二人、女性一人のパーティ。

 荷物持ちと、護衛と、特攻(ぶっこみ)。

 コウゾは無駄に力自慢なので、荷物がほかふたりの合計より存分に多い。

 それで飄々としているなら格好がつくのだが、いまはへばって草原に寝転がっている。汗だくなので本当に余裕がないのだろう。

 よりにもよって何故、通風性悪く重量のある黒色銅の鎧など着てきたのか不明だが、まぁポリシーなんだろう。所々凹みのあるその鎧に思い入れを持てる精神が信じられん。

 いつも自慢げに振り回している鉄棍棒を杖にして歩いていたのもきっとポリシーだ。

 ミツマタはさっきから、緑色の巨躯をもてあましたように動くでっかい人食獣と追いかけっこをしている。元気でなにより。

 ミツマタもあれはあれで戦闘狂だから放っておいても良いだろう。

 光を受けると紫色に輝く防護ベストを纏っているため、目で追うとチカチカするんだ。正直見たくない。


「おーい、コウゾ。ちょっとは復活したか? なんなら荷物を村においてから迎えに来ても良いけど」


 気を遣った素振りを見せてみた。正直、余力のある俺はさっさと村に荷物を置きたいのだ。背中と肩がずきずき痛い。


「いらない。もう少し横になったらすぐ歩けるから。むしろアオイ、アタシの横で寝ない? 回復量あがる気がするんだけど」


 顔を赤くしながら言っている。これが俺を誘った故だったら可愛気があるのだが、息が整ってないから、体力以外の理由に他ならんだろう。

 しかし、ひとが隣で寝ると回復するってのも妙な話では無かろうか。


「それをひとは気のせいと言うんだ。俺から体力を吸収する魔女などなら話は別だと思うが。完全に肉体派だしなぁ、コウゾ。・・・しかしここまで息が上がるとは。まったく、だからほんの少しくらい荷物持つと言うとろうに」

「アタシの役割が奪われる気がするから、ヤダ」


 大人げなく頬をふくらませて意固地になる。そういうところがまるで進歩しないと言うんだ。額にはまだ汗の珠が浮かび、そこに黒く艶ある前髪がはりついている。


「ったく、だったら回復工数奪われない量にしろよ、せめて。結局足止め食らってるんだから」

「へへ、ごめん。でもさぁすっごく疲れた時に草原で横になるの、好きなんだよねぇ。癖になっちゃう」


 と言いながら草に顔を埋める。愛しいものを扱うかのような優しげな動きで。貴様は土マニアか。


「それは要するに俺のスライム狩りみたいなもんか。ならまぁ、癖になるというのも分からなくはないな。何か気が向くごとにやっちまうし」


 返答はすさまじいしかめっ面を生んだ。そして遠くでは、あんぎゃあー、とか怪獣のような悲鳴が聞こえる。うーん、この怪獣、ミツマタの声に似てる。向こう見たくないなぁ、ホント。まぁ、あいつなら勝手に自己解決すんだろ。ぼんやりとそう考えていたら、足元から声が届いた。コウゾだ。ちょうどコウゾが日陰になるような位置に俺が立っているので、身体に細長い影が伸びている。


「・・・・・・アタシの眠りは生態系を崩さないからね。一緒にされるとちょっと切ないって言うか・・・、というよりアオイ、あんたまだスライム狩りやってたの!?」


 おもいっきし怒鳴り、そして噎せた。仕草は可愛らしいが、装備が無骨な部分で損をしている。演出というものを一から教えてあげた方がよいのだろうか。まぁ語れるほど経験も無いし、むしろ俺の好みに沿わせても失礼だ。

 しかし、風に草の匂いが乗ると、こうも清々しい気分になるのは何故だろう。さっきから延々と続く地鳴りのような足音も予定調和な自然の音(ね)のように聞こえてくる。

 そして、しかめっ面継続中のコウゾに返すのはこちらも予定調和な一言。


「いや、だいぶ抑えてますよ? 流石に以前みたいな植物大暴走を見たくはないし」



 まぁ良い思い出なんだけれど。

 スライム潰すのが面白くて、この一帯のスライム絶滅の危機に追いやった昔の話、俺の推測によるところもあるんだけど、地面に吸い込まれた栄養源の過多が影響して、この周囲の雑草が育ちすぎてしまったことがあるのだ。

 草なのに背丈が四mくらい。木とかだと五十mくらいあっただろうか。まぁ、そんなんに覆われてしまった。

 草は刈れば良かったけれど、問題だったのが木々であり、虫であり、草食獣であった。

 結論から言うと、みーんな育った。草をかき分けてると自分よりもデカいダンゴムシに遭ったとか、蟻に補食されかけた、とか。特に気質、気性に変化が出たわけではないので そうそう人が襲われることもなかったが、まぁ生態系は崩れたさ。早いとこ言うと、肉食獣が草食獣よりちいさいから、そりゃ襲えない襲えない。

 結局、増えた草でも食料が足りなくなり飢えた草食獣の暴走やら、当然獲物が減った肉食獣の人食シフトや、序でに言うと問題を引き起こした俺への制裁とかも複合して来たからなぁ。村全体が前代未聞の大パニックだった。懐かしいなぁ(遠い目

 そんで、村総出で獣狩りと、スライムの養殖と、植樹植草に一年近くを費やしたりして。あれをどうにかした時、俺は俺を褒めてやりたくてたまらなかったね。あれから今まで事あるごとに説教かますおっさんらの意見を聞き流し続けていられるのも、その達成感が己の価値を揺るぎないものとしているからに他ならないだろうよ。



「もうあんな面倒なことヤダからね」


 回想を打ち消すようにダレたひとこと。


「あーでも、そうだなぁ、うーん。あれはあれで良い経験だったと、若い俺たちは受け取るべきなのだと思うのだよね」

「ホントヤダからね!」


 と、上体を起こし、耳元であるにも関わらず大声を出すコウゾ。あのときはあのときでノリノリだった気がするんだけどなぁ。こいつ。

 まぁ何にせよ、生態系を早々弄るべからず。これ宇宙の真理ね。


「ま、あんときは助かったよ・・・・・・。お前がいなかったらあの事態の収拾にはあと八十と七日はかかってた」

「な、生々しい数字ね」

「まぁ状況把握は得意だからね。だから次もよろしくな」

「だぁから! あれのせいでアタシなんて力付きすぎて! 知ってる? 隣村の男衆が裏でつけてるあだ名。抜木のコウゾよ!!? そんなに力無いって言うのに。これでまた只でさえ少ないアタシの貰い手が消えてるんだからね。ていうか、減ってるんじゃなくてゼロだからね! 隣村で。ホント最悪!」

「いやいや、まぁまぁ。次って言うのももし何かあったら、ってことだって。怒るな、そうカッカするなって。何だかんだ言って性格的にも魅力的なんだから、隣村限定のゴタゴタ言う奴らなんて無視しましょうや。な?」


 コウゾの(俺が貰ってやるくらいのことは言えないの・・・)という独りごちはもう、全く聞こえなかったね。うん。


 ご機嫌取り、というにはあまりに俺に原因が有りすぎるこの案件。まぁ見た目は細身なんだけど、堅いからなぁこいつの腕とか腿とか腹は。

 だけれど、全く、とむくれているところを見ると、うん、体力は戻ってきたみたいだな。


「だあーっぶねぇー!!!!!」


 叫び声と共に転がってくる紫色。何が起きたのか俺たち二人とも分かっていない。目をしばたかせながら問いかける。

 ミツマタ、お前なにやってんの?

 わたわたしながら刀を掴み、体勢を整えている。呼吸を落ち着け、真っ直ぐに前を見つめる。視線の先に目を遣ると、

 ・・・まぁそうだよねって感じで人食獣が荒い息。


「おい、ミツマタ」

「何」

「まだ倒してなかったの?」


 デカイだけに見える輩に圧されるこいつでは無かろうに。


「いや、そんな責めるように見るな。事情があるんだって。皮膚に刃が立たないし。てか強いんだってこいつ。あ、コウゾまでそんな目で見る~。酷いなぁ頑張ってるのになぁ。俺をいじけさせたってな~んも解決しないのにぃ」

「勝手に藪突いてあれを叩き起こしたのはあんたでしょ。面倒見ないわよ、ミツマタ」


 そう言ってコウゾは寝転がる、振りをする。


「おいおいおい、そりゃあ無いぜ。助け合ってこそのパーティでしょ。流石に辛いよ、あれを俺一人は」


 指差したのは、会話の空気を読みながら、間合いを取ってくれている緑色巨体の怪物さん。通り名を『KYぐりーん』とかにしとこうか。いや、だめだな、何か赤とか青とか五体揃いそうだ、この通り名だと。フルスイングしてるしなぁ棍棒。


 それでも尚やんややんやと騒いでいると、


「仕っ方無いなぁ」


 そう言ってコウゾは立ち上がろうとする。いつだってこいつは面倒見が良すぎるのだ。貧乏くじな全力疾走大好きっ子である。

 主に俺の面倒が多いけど、不利な現実には目を向けません。ええ、向けませんとも。

 とは言え、割に合わない仕事を常に押しつけるのも忍びないなぁ、と思う天使的良心側の俺もいるわけで、


「・・・はぁ。コウゾはちょっと退(の)いてろ。オマケ係の俺がこいつの手伝いしてやるから。今日のコウゾは運搬係だし、それ以外にあまり体力を使わせたくない」


 言いながら伸びをする。腕を前から上にあげて、のびのびと背伸びの運動、っていうあれだ。

 隣には刀を手近な石に押しつけて乱暴に刃を研ぐ馬鹿。もとい、ミツマタ。お前、何余裕をこいているんだ。戦えよ、まず特攻(ぶっこみ)が。


「いや、アオイが出張るなら止め刺すだけで良いからさ。俺。だから、その準備。自分のやることが分かってるって天才の所行だよね」

「うるせえ、天災。お前なぁ。俺のやる気を何でそんなに削ぎたがるんだ。実力無い割に威張ってるお山の大将じゃないんだから、お前も働けよ」

「だから止めは任せとけ! きっちり働くから!! ・・あーあと、天災はお前だと思うよ?」


 白い歯が日差しを受け、キラリと光る。

 なんともベタな奴だ。そうそ、ミツマタの言う通り、と言葉尻に乗っかってきたコウゾ。お前は寝転がってのんびりしてろ。

 まぁいいけどね。こいつ、調子乗りのミツマタにも以前の生態系壮乱戦ではお世話になったしな。木の六割近くはこいつが斬ったんだから。うん、損な役回りを振ってきた実績はどちらが多いかって話だな。

 頭でどうにか考えを構築して、拳を構える。徒手空拳でぶつかるのは愛しのスライムの時だけなので、当然手甲装備。材質は知らんが金属製、スパイクがびっしり付いているので地味に痛い。序でに拳と手甲内部とスパイクのある外面の間に砂鉄が詰め込んであるので、拳の重みが増している。拳を振り回すというのがぴったりな、そんな逸品。我が村唯一の武具屋であるタンタラ工房の堂々たる失敗作である。お求めは下記連絡先へ?

 ということで、まぁ仕方がないので『KYぐりーん』を退治するために、俺は真っ向から緑の巨躯と対峙することになったのでした。



 しっかしなぁ。改めて見ると、デカ過ぎるだろうこいつ。

 この辺にはふらっと餌を追いかけてやって来たのだろうなぁ。大物の草食獣、多数の人というあからさまな餌があまり豊富でないこの地域で生まれ出る巨体では無い。六mくらいかなぁ。通常の三倍だと!? とか言ってみたいけど、まぁ俺の三倍以上はある。でも赤くないし。全く、何番煎じか分からないネタをやってしまった。おー怖い怖い。

 頭髪とかいう概念のない頭。耳が大きく、一つしかないのが不気味である。何でこいつの耳はカチューシャのようなつくりになっているのだろう。あと十字を刻むように顔全体に配置された五つの目も、正直見続けたくはない。背筋に怖気が走る。首の太さが顔の三倍くらいあるのでアンバランス。で、その首に沿った大きさの身体作りになっているの小さな頭を乗っけた雪だるまを彷彿とさせる。

 緑色だけど。

 その固めた雪がそのまま筋肉で構成されていると考えてくれるとイメージがしやすい、まさに肉ダルマ! という風情ながら、実は敏捷。

 棍棒を持っているのだけれど、それにはべっとり血が付いている。赤い。更にその棍棒が見事な太さで、何でこいつ丸太振り回してんのって思うような太さの棍棒である。笑顔はデフォルトだろうか。この上ないほど凶暴なんですが。


 ・・・帰っていいかなぁ。


「アオイがやんないなら、私が出るよ。体力は戻ってきたし」


 棍棒相手に鉄棍棒使いの心が燃えたのだろうか。すっげくやる気になっているコウゾ。振り返ったらその熱意ある目にやられそうな気がする。振り返るな、振り返ればヤツがいるぞ、俺。


「・・さぁてじゃあ気合い入れてやりますか。やりますよ。やりますとも。やってやりますよ。どうにかしましょう。あーするともするとも」


 半ば己に言い聞かせる独り言を纏い、腕をブンブンと振り、肩をほぐす。

 問題は、どこを殴れば崩れるのか、だ。

 ちなみに俺は蹴りが使えないので、足払いとか小技ができないという厄介な面がある。そもそもこの不良品ナックルと違い、シューズはどんな時にも使えるので得物関係なく皆が買うのだ。タンタラ工房が値段を釣り上げるのも仕方がないと言える。うん、不器用とかそう言う問題じゃなくて普通に鉄が入ってるだけの安全靴弄っただけのシューズだから戦闘に耐えられないんだ。

 何でそんな妙な生々しさをカミングアウトしたのだろう。やっぱりこいつに勝つのきつそうだなぁ、とか思う心がそうさせているのだろうか。思い残さず言っとけぃ、みたく。


 考えるだけ無駄、と息を吸い、一辺駆けだしてみた。。こちらの動きに驚いたように身を仰け反らせるKY(ry。こいつ、自分が絶対的優位な位置にいるからといたぶるつもりだったわけか。全く以て空気を気にしていたわけじゃないじゃないか。


 ちょっと怒り心頭。

 かがみ、踏み込み、飛び掛かる。身体全体のバネを生かしての弾丸走。狙うは頭。ていうか、若干柔らかそうな、眼球である。

 跳躍。

 しかし身長差が半端じゃなかった。跳躍一回じゃまるで頭頂部に届かない。装備的に身軽とは言え、跳躍には限界がある。

 踏み出してきたKYの、異様に突出した膝小僧を踏み台に更に飛翔。途中、メタボっている腹を三角蹴りし、三段跳びでKYの顔の高さまで飛び上がる。

 真正面からまじまじ見てみると、顔だけで俺の身長近くあるじゃねえか。これだから三頭身はうっぜぇ。もうちょっと生物的に見栄えを気にしろ。

 観察終了、落下が始まりそうなので右手で十字下のまぶたを掴み、手前に引く。

 引き寄せた勢いで身体が顔に寄せられ、間近に迫ったその目を、運動乗せた左手で打ち抜く。

 ガラスを殴ったような衝撃。飛び散る液。黒ウェアの袖に染みこんだそれは、酸を被せたような焦げを生み出した。鼻に酸っぱく苦い刺激臭が届く。

 危険を感じ、打ち抜いた目から左手を抜く。手甲に影響なし。右手でまぶたを押し下げて、強引に閉じさせるような体重の掛け方に入る。

 腕の力とは逆ベクトル、自然に上がる全身の、右脚を元眼球に突っ込み、足場保持。金属が溶けないなら靴は無事という判断。間違ってたら泣ける。

 そこまでやって、やっとKYからあがる悲鳴。痛覚への反応が遅ぇよ。脳への伝達と脳からの伝達に時間が掛かるということだ。

 左足が届く位置にまた目があったので、愛想で蹴り抜いておく。ごめきゃ、という効果音はご愛敬。諸に脚が突っ込んだ割にこちらは服から煙が上がらない。

 体内の毒素位置の問題かな?

 左足引き抜いている頃に、KYが頭を振る。痛みに耐え兼ねての本能が取らせた動き。振り落とさんと必死のヘッドバンキングに、蚊を空中分解させるような勢いで迫る左腕。

 俺のいる位置に正確に迫る腕は空気を圧縮するような音を伴う。

 引っかけていた右足を、オーバーヘッドキック宜しく蹴り抜く。足先に吸い付いていた眼球が平和の象徴ハトがのどかに飛ぶ青の空に溶け込んでいく。

 まじミスマッチである。

 しかも考え無しの方向に蹴ってしまった。これがあいつらのいるところに落ちたら俺は・・・ボコられるだろうなぁ、絶対。

 頭上で轟音、己を張り手で叩き付けてしまったため、身体から揺れている。おぼつかない足取りでいながら、落下中の俺を見ている十字の目の最上段。怒りで充血している。

 憶測混じりのKYの右手。棍棒を逆手に持って、餅搗きでもせんとばかりに俺を狙う。

 速度はあるが、悲しいかなこちらは万有引力から逃れられない身。KYの棍棒が狙っているのはさっきまで俺がいた、己のみぞおち。何故そんなに遠慮無く突く、と言いたくなるほど力強くスタンプ。骨の砕ける音がした。耳に不快。

 俺は俺で受け身の体勢。でも落ちると痛いだろうなぁ、などとKYを見ながら想像していると、


 右手から身体がぐん、と引き上げられる。


 体勢が頭を下から足を下に。速度も減速中。

 気の利いた真似をしてくれたのは、落下開始時にはまだ刀を研いでいたような気のするミツマタ。彼の右手には赤褐色の刀。本人曰く、血の色が紛れる、らしい。

 やっぱり紫で目を痛めつけてくれた我が村一の剣客はKYの身体を駆け登る。角度にして九十度以上の斜面を、しかも足場が肉の壁であるにも関わらず平然と走ってのける。そこにしびれる、あこがれるぅ! じゃないが、ムカツクくらいにその疾走は絵になっていた。

 みぞおちを抑え九の字に折れ曲がったKY。その背を踏み切り台とばかりにミツマタは高く、高く舞い上がる。



「渾身の、一撃ゃぁあああああああああああああ!!!!!!」



 一閃。



 刀が陽光を受け、眩しく輝いたかと思うと、天には血飛沫が飛び散った。

 頭を真ん中から割られたKYは、折れ曲がったまま二、三度小さな痙攣を起こし、崩れ落ちた。


 ・・・俺の着地地点に。オチを付けんな!!


「バーロー! 倒れるとこ位、調整したって良いだろが!!」


 と、眼鏡っ子探偵的な理不尽な叫びはKYの倒れ込む騒音にかき消された。



「あー、ありえねぇ。マジ死ぬかと思った」


 未だに鼓動が早鐘のようである。久し振りに死の危機に直面した。あー、まじありえねぇったらありえねぇ。


「頑張った人間に死で報いようというその死神的発想にはビックリだ。俺はミツマタを全力で軽蔑してみようと思う」

「だぁーって、悪いのは倒れる箇所を考えないでこいつだよ?」


 KYを踏み付けながらミツマタは涼しい顔で対応する。お前、所行が外道だぞ。


「というよりも、本当に死の危機を感じたのがこのデカイのが死んだ後、って言うのが怖いよね。もうちょっと危機感を感じても良かったんじゃない? 見てて不安に駆られたわよ。特に頭から落ちる気満々だった、とあるアオイとかに」


 思いがけない援軍に喜ぶミツマタ、焦る俺。花を弄りながら言うんじゃない。何でこいつらだけこうも絵になるんだよ・・・・・・。不公平だ。


「そーそー、命の危機救ってるじゃん、むしろ。そっちを棚上げして俺を責めるのは心外だよ。どっちかというとなけなしの良心の侵害だよ。さぁもっと言ってあげて、コウゾ」

「だけど、その後に命を奪う間接的要因をつくったわけだしね。どう、差し引き無しと言うことで手を打ってやってくれない? その手甲纏った手で一発くれてやればアオイも気が収まるでしょ?」


 そして返す刀でコウゾはミツマタをもぶった切る。諦めろよ、ミツマタ。俺らにこいつに勝てる口はない、無いというのにむくれるミツマタ。


「まぁそれもそうだな」


 そう言って俺は手甲を打ち合わせる。話は面白い方向に乗せたモン勝ち。ガッキン、と金属質の鈍く高い音が周囲に鳴り響き、右手にある森から鳥が慌てて飛び立った。その中の一羽が様子を伺うようにこちらを見たので、お前たちに敵意は無いよ、と笑みを見せる。

 その鳥はチチッ、と鳴いた。


「いやいやいやいやいやいや! そんな物理的に手を打つの? いや、それは無いって。俺が悪かった。謝るから謝るから落ち着け、物騒な拳を収めろよ」


 両手を壁のように、出来るだけミツマタが距離を取りたがっている。怯えすぎだろうに。思わず追い詰めてやりたくなるじゃないか。


「否、俺の拳が新たな血を吸いたがっている。足りない、足りない、と・・・」

「どこのメンヘラ邪気眼な中二病だお前は! ありえんから、そんな方向にキャラ立てしようとしなくて良いから。な!!?」


 やれ、撲つな。ミツマタ手を擦り頭垂れ。・・・語感悪いな。しかし、さっきあれだけ気合い入れて一刀両断かました奴がこの姿って言うギャップは・・


「あーもうむりっだぁーはっはっ」


 さっきからこらえていた笑いが噴火したように沸き上がる。


「アタシもだぁっっひゃひゃひゃ」


 そして俺とコウゾは腹の底から笑った。笑い転げた。この弄られ役と剣客の差があまりにツボなのだ、俺たちには。可愛すぎるんだ、本気で怯えるから!


「は~酸欠にひひっ、酸欠になる~っ」

「一日になん、何度ぶはっ、何度殺しかける気だぁーっはっはっは」


 草原に転がって笑い続けた。どの位したかでミツマタは顔を真っ赤にして、


「お、おお、おーまぁーえーらなぁ~!!! 本気でびびったんだかんな」


 と両手をぐるぐるさせて本気で怒鳴りだした。


「びびんなくってぃあーはは。俺は仲間は潰さねぇからさっ。~-・・・・・・・・・・・・・・あー、笑った。いや、でもホント」


 乱れ気味の息を整えつつ、ミツマタに笑いかける。


「・・~わ、笑い涙を見せながら言われたって説得力ねぇ!」


 ふん、と明後日の方向を向いてしまうミツマタの仕草はまさに幼児のそれである。むくれかたがまた子どもなのは、ミツマタとコウゾの共通点である。こいつら、実に可愛らしいったら無い。


「そうだぞ、アオイ~ひひひひひゃはひゃ」


 コウゾはまだ立ち上がれそうにない。


「コウゾはいい加減笑い収まれよ!」

「無理だ、こうなるとまだ掛かる。あーあ、日が暮れるまでに帰れっかなぁ・・・」


 少し傾いてきた陽を見ながら、俺はそう呟いた。


「ま、いつもの時間になるんじゃないか? この位なら」


 相鎚をくれるミツマタ。さっきまで手にしていた刀は土に刺してある。根元までびっしりとこびりついていた緑色の血は、もう地面に吸い込まれていた。

 足元を見ると、KYのいた場所には棍棒が横たわるだけだった。もう、吸ったのか。


「なぁ」

「ん?」

「俺たちも死んだら、こんな風に土に還るのかな」


 何となく、目を伏せてミツマタは言う。


「さぁな。死んだ後の事まで考えたことはねぇよ」


 おそらくはそうなのだろう、と思いながら、俺は答える。まだ若い俺たちは死に近寄らなくて良いと、村の葬儀に参加したことはない。


 人が死んだらどうなるのか、それは想像の範疇でしかない。


「俺は今さ、あのデカイのを殺したじゃんか。そいつがそのまま吸い込まれてる地面の中。俺が今まで殺した全てが一気に目の前に押し寄せると思うと、怖くてならねぇよ」


 怖くて、怖くて、とぼやくように言いながら、ミツマタは震えていた。

 久し振りに死を受ける方にも与える方にもなって、妙なことを考えてしまったのかもしれない。

 頭の上で急に始まった話に、コウゾもまた、耳を傾けていた。少し、顔を青くして、ゆっくりと立ち上がった。地面から距離を取っているかのように。


「ひとつだけ、気紛れに約束してやろう」


 俺は、地面に腰をつける。ひんやりとした、俺たちの知らない地中につながる土の上に。今立ち上がったコウゾが、複雑な表情で俺と地面を見比べる。


「ミツマタ。お前が俺より先に死んだら、俺はお前を灰にして、俺が逝くその時まで傍に持っていてやる。俺が死んだら、その時は俺と共に土ん中にでもどこにでも行ってやろうじゃないか」


 そこで一息入れて、恥ずかしさによる顔の火照りを抑えながら、目を見て、言った。


「例え土の中だろうと、俺とお前が一緒で倒せない獣がこの世にいるのか?」


 と。


「ま、遺体を燃やすなんてお前を溺愛してる妹が許すとは思えないけどな」

「……ははっ、違いないや。でも、ありがと。不安が、治まってきたよ」

「何よりだ」


 そう言って、俺はミツマタの肩を軽く叩いた。


「ちょっと。アタシだけ仲間外れなの?」


 不満げに口をアヒルにし、コウゾは言う。ずるいよ、男共は勝手に絆結んじゃってさ、アタシも討伐に参加すればアンタたちの仲に入れた? と。冗談めかして。でも、不安も不満も隠せなかった真っ直ぐ光を見据える目で。

 ごめんな、勝手に盛り上がっちゃってさ、と頭を撫でてやると、一瞬気持ちよさそうに目を細めた後、違うー、と悔しそうに上目遣いになる。


「アタシの灰は、身に付けてくれないの?」


 大して変わらない身長。目と目が同じ高さにある。静かな風。


「お前の将来の連れが、それを許可したらな」


 考えて、俺はそう返した。この村は窮屈だ。女性は二十歳までに強制的に婚姻させられる。そうしたら、どんなに望んでも、どれだけ腕の立つ者でも旅には出ることが出来なくなる。男は、違う。旅が奨励される。旅をして人生を見つめ直した方が、成長するのだそうだ。

 全く、どれだけ考えが老害化しているのだか。

 要するに男の方がいつまで経っても女性の成長に追いつけないと、歴史がそう言っているのだろう。

 コウゾがこの村で生まれた以上、この鬱屈した螺旋からは逃れられないかもしれない。そしてそれは、死んでまで付きまとう。例外は、滅多にない。


「難しく考えなくて良いよ。アタシも、期待しないでその時を待ってるから。そ・れ・に、アタシがアオイより先に死ぬなんて考えられないからね。・・この無茶しい」


 ぽん、と右ストレートがどこまでも柔らかく胸を突く。全く。ダメだな、男は本当に成長が遅い。こんな時にかけてやる言葉が思いつかないなんて。


「浮気はひどいわ、アオイさんたら」


 と、ミツマタがこの空気に切れ間を見せてくれる。


「はっ、浮気なんてお前の方が多いだろ、このプレイボーイが。・・・じゃ、みんな、荷物を持とう。本当に日が暮れちまうぜ。まだ村は見えてないんだから、さ」

「全く、損な役回りだね、俺は」

「モテる男はその位の損をしてもお釣りが来るだろ?」

「鏡を見ろよ」

「ホントよ」

「は、何だよ、それ」


 軽い言葉を交わし、俺たちは村を目指してまた歩み出した。恐れるべき土は、俺たちの体重を受け止め、次の一歩を踏み出す支えとして、ただそこにいてくれた。

 陽が赤くなる中、アオイとコウゾ、ミツマタの笑い声はいつまでも続いていた。

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