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第4回 潜む操り士

 モニターにスクリーンサーバーが映し出されている。

 幾重にも折り重なる赤いラインが奇妙なアートを描き出す。

 部屋の明かりは点いていなかった。

 真っ暗な部屋での明かりはデスクトップパソコンだけ。

 モニターのライトを浴びながら、青年は椅子にもたれ掛かりながら目を瞑り、遥か遠くに意識を集中させていた。

「草薙雅……解せないな。あの瞳、僕らに似ている」

 青年は紅葉がつかさに隠している秘密を知っている。

 しかし、紅葉はつかさの秘密を知らない。

 フェアではない。それは『紫苑』が紅葉たち姉妹を拾った、その瞬間からだ。

 復讐で胸を燃え滾らせながらも、それを成就できぬまま、死に絶える運命にあった姉妹の命を救ったのは紫苑だ。

 妹の生を妄執に駆られ強く願い、紫苑に懇願したのは『姉』の呉葉だ。

 呉葉の妹への愛が紫苑の心を動かしたのか?

 紫苑はそれを否定する。

 呉葉が妹を愛しているのは事実だろう。しかし、あのとき紫苑が感じたものは、溶岩が煮え滾るような憎悪の念。そうでなくては紫苑は姉妹を救わなかった。

 紫苑と呉葉が共通し、固執する胸中の念――それは復讐。

「僕らは似ている。共通の敵を持ち、相手を地獄に叩き堕とすと誓った。だから、僕は君に手を貸し、君も僕の為に動く」

 目を瞑りながら青年は呟いた。

 たとえ自分が息絶えようと、復讐を終わらすつもりはない。それを紫苑よりも強く魂に抱いているのは呉葉だ。彼女自身がそれを一番わかっている。

 愛する者への想いが、敵への憎しみを呼び、復讐の渦をつくった。

 呉葉は妹の紅葉を想い、彼は誰を想い戦う?

「……いつか必ず」

 その言葉は青年の脇のベッドで安らかに眠る傀儡に向けられたものだった。

 白いドレスに身を包み、人間と見間違うほどのしなやかな身体つきをした傀儡。

 しかし、その傀儡には顔がなかった。

 指先を世話しなく動かし、そこに意識を集中させていた青年の耳が微かに気配を感じた。

「アリスか?」

 目を瞑りながら青年が尋ねると、ドアを開けて小柄な少女が部屋に入ってきた。

「失礼いたします愁斗しゅうと様」

 名を呼ばれ、覚醒したように愁斗は瞳を開けた。

 メイド服を着た金髪の少女。カールした長いまつ毛の下で輝く大きな瞳は魅惑的に蒼く、フランス人形のような顔立ちは創られたように端整だ。

 愁斗は指を細かく動かしながらアリスに尋ねる。

「なにか用かい?」

「またお人形で戯れているのでございますか?」

 外見はいたいけな少女なのに、その音声には毒がこもっていた。けれど、愁斗は気にしたふうもなく艶然としている。

「僕が『つかさ』を操るのがそんなに気に喰わないのかい?」

「いいえ、滅相もございません」

 即答でアリスは否定した。

「ただ、つかさ様は大嫌いでございます」

「うふふふ、そうか。つかさと僕はあくまで別の人間だ。けど、紫苑と僕は二人でひとつ。絶対運命共同体だ」

「わかっております」

「ならいいんだ。さあ、おいでアリス」

 誘うように片手を伸ばした愁斗の手を、アリスが舞踏の申し出を受けるように取った。。

 そして、そのままアリスは抱き寄せられ、愁斗の膝に寝かされた。

「つかさはさっき紅葉と別れ、今眠りについた」

 髪を撫でられながらアリスは微笑んだ。

 今だけは愁斗の両手はアリスに構っている。それがアリスにとって至福のときだった。

 しかし、アリスは愁斗との関係が一線を越えないことも知っている。二人の関係は主従関係であり、上辺だけの愛しか注いでくれない。

 主人が本当に愛しているのは世界でただひとりだけ――。

 アリスの蒼い瞳はベッドで眠る傀儡に向けられ、夢想は刹那にリアルへと引き戻された。

「愁斗様、ご用件を申し上げるのを忘れておりました」

「どんな?」

 アリスの髪を撫でながら、愁斗は優しい眼差しをしていた。

「源家を襲撃した一人の潜伏先がわかりましてございます」

「やっと一人目か。名前を探るまでが長かったけど、さすがは帝都の情報網だね。それでどこに?」

「ホウジュ区のマンションで愛人と同棲中でございます。愛人の名前は草薙早苗、マンションの名義はその愛人の物になってございます」

「……草薙」

 その苗字に愁斗は聞き覚えがあった。

 運命か偶然か?

 思いを馳せ、遠い眼差しをする主人にアリスは疑問を抱く。

「なにかございましたか?」

「いいや、別に。その草薙という女、彼女もD∴C∴の関係者かい?」

「まだ草薙早苗までは調べてございません」

「そうか……。とにかく紫苑に行かせよう。そこで女に尋ねればいいこと」

 愁斗が指先を動かすと、ベッドで眠っていた傀儡がゆっくりと上体を起こした。

 覚醒める傀儡――紫苑。

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