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第3回 隠された狂気

 聖堂から走って逃げた雅は下校途中だった上級生の群れに突っ込んでしまった。

 肩と肩が当たったことに気づき、雅は伏し目がちであたふたして謝る。

「ご……ごめんなさい」

 すぐにこの場を立ち去ろうと背を向けた雅の肩が掴まれ引き戻された。

「ちょっとアンタさぁ、なんか態度がムカツクんだけど」

 鋭い目つきが並んでいる。

 三人の女子生徒に囲まれ、雅はすぐに逃げることを諦めた。

 ぶつかったのがリーダー格だったらしく、三人組は執拗に雅を小突いてきた。

「もっとちゃんと謝んなさいよ」

 代わり代わりに雅は肩を何度も小突かれ、足をもつれさせそうになりながら後ろに少しずつ下がった。

 正門近くで下校途中の生徒たちも多くいるにもかかわらず、三年生にからまれて蒼い顔をする雅を皆、見ない振りをして大きく迂回しながら通り過ぎていく。

 目の前の三人組よりも、雅は周りの人々を憎んだ。

 ――どうしてみんな自分を助けてくれないの?

 歪んだレンズで見ると、世界中の人々が今は全て敵に見える。

 こんなとき、雅を助けてくれたのは兄だけだった。

 震える拳を抑えながら、雅は上目遣いでささやかな抵抗をしようとした。

 だが、上級生の手が眼前に迫り、頬を握りつぶすように口をぎゅっとされてしまった。

「財布出しなよ、それで許してあげっから」

 脅えた表情で雅は持っていた鞄の中に手を突っ込んだ。

 そのとき、上級生の背後から誰かが声をかけた。

「放してあげてください」

 凛としたその声の主は紅葉だった。

 恐れることなく上級生に近づいていく紅葉に、間近にいたつかさが心配を抱いた。

「ちょい紅葉ったら、もぉ!」

 普段の紅葉は大人しいのに、こういうときはいつもこうなのだ。つかさよりも紅葉が先に前へ出る。

 上級生は振り向きざまに雅を地面に押し倒し、紅葉に眼を飛ばした。

「なにアンタ?」

「下級生を苛めるのが楽しいのですか……武田先輩?」

 紅葉の口調は明らかに毒気を含んだ喧嘩腰だった。過去にも数回、衝突をした仲なのだ。

 武田朱美の悪い噂は生徒数の多いこの学校でも広く知れ渡り、暴力団の彼氏がいることも有名だった。そのため、表立って朱美のことを悪く言う者もいなければ、積極的に歯向かう者もいなかった。

 しかし、紅葉は違った。

 事の発端は去年の学園祭に遡る。紅葉のクラスが出していた屋台で、朱美が金を払わずに飲食物を持っていこうとしたのを、紅葉が強引に止めたのがはじまりだった。

 一歩も引かない紅葉の肩を朱美の横にいた仲間が小突いた。

「いつもちょっかい出しやがって」

 続けてもうひとりの仲間も紅葉の肩を小突いた。

「ムカツクんだよ」

 下っ端の香織と由佳。朱美を恐れていない紅葉には取るに足らない存在だった。

 朱美の手のひらが高く上げられ、つかさが止めに入る間ものなく、バシンと音を立てて叩かれた紅葉の頬は赤く染まった。

 頬を片手で押さえた紅葉の眼が狂気を孕んだ。だが、その瞳は大きく見開かれ、驚きの表情へと変わる。

 紅葉の目の前でつかさの拳が朱美の頬を抉ったのだ。

 殴られるままに地面に手をついた朱美を見下すつかさ。

「ごめんウチ、フェミニストじゃないんだよねー。それにさ、紅葉に手出したらウチが承知しないって前にも言ったじゃん?」

「覚えてないね!」

 舌打ちがどこからか聴こえたのと同時に、朱美たち三人がまとめてつかさに飛び掛った。

 三対一では躱わし切れず、三発目の朱美のパンチがつかさの腹を殴り上げた。しかし、つかさは顔に苦痛を浮かべることなく、チャンスを逃さず思いっきり朱美の顔面を正面から捉えた。

 眼を剥いて脅えた表情をする朱美の鼻先で、つかさの拳は止められた。

「まだ続ける気なら殴るよ。やならさっさとウチらの前から消えて」

 つかさの言葉に息を呑んだ朱美は数秒の沈黙を置いて、なにも言わず仲間を引き連れて立ち去った。これで完全に終わりとは思えないが、ひとまずは終わりだ。

 機嫌良さそうに鼻で笑いながらつかさが振り返ると、紅葉が雅の怪我の手当てをしていた。

 先ほどに雅が地面に押し倒された際、荒れたアスファルトで手のひらに怪我を負っていたのだ。

 紅葉は白いハンカチを出して雅の傷口を押さえていた。

「草薙さん大丈夫?」

「あ、ありがとうございます」

 視線を泳がせながらも雅は好意的な表情で紅葉を見ていた。その頬は照れたように少し赤みを刺している。

「わ、わたしなんかを助けてくれて……雨宮さんって優しい人だったんですね」

「わたしのことは紅葉でいいよ。それに、あの人たちを追い払ってくれたのは、わたしじゃなくてつかさだよ」

 紅葉に顔を向けられ、つかさは照れ臭さそうにはにかんだ。

 しかし、つかさに向けられた雅の視線は、紅葉に向けられていたような好意は含まれていなかった。

 クラスでいつも独りの雅は知っていた。明るく社交的なつかさだが、周りの人間をよく観察している雅は気づいていた。紅葉が近くにいないと、つかさはたまに冷めた態度を取ることがあるのだ。

 今回のことも、紅葉が近くにいなくてつかさだけだったら、進んで雅を助けてくれただろうか?

 助けてはくれるかもしれない。しかし、それを雅は好意と感じることはできなかっただろう。

 雅はつかさのことをあまりよく思っていなかった。

 自分を見る雅の眼差しにはつかさも気がついていた。まるで敵を見るような目つきだ。

 そして、つかさは視線だけを動かし、地面に落ちて開いている革の鞄を見た。

 ナイフの柄が少し見えていた。

 雅はつかさの視線に気づいたのか、慌てて鞄を拾い上げた。

「あの、わたし、用があるので失礼します。助けてくれて、ありがとうございました。ハンカチは洗って返します」

 紅葉からハンカチを奪い取り、何度か頭を下げて雅は逃げるように立ち去ってしまった。

 つかさの深い瞳は雅の背中を射抜くように見据えていた。

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