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第26回 VS大蛇

 病室のベッドで愁斗は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……クソッ、紫苑さえいれば」

 ベッドの傍らでずっと愁斗を見守っていたアリスが口を開く。

「なにかございましたか?」

「つかさが捕らえられた。それと、事件の全容がもう少しで掴めそうだ」

 ノートパソコンを閉めてベッドから立ち上がろうとする愁斗を、アリスは覆いかぶさるようにして止める。

「お身体に障りましてございます」

「つかさを回収しなければならない」

「わたくしが参ります」

 申し出たアリスの瞳を見つめる愁斗。

 そして、彼は冷たく言い放った。

「君には無理だ」

「どうしてでございますか、今の愁斗様よりは十分な活躍が――」

「できないな。敵は人に非ず、この世の力では倒せない」

「それでも今の愁斗様を行かせるわけにはいきません」

 普通の人間ならば死んでいても可笑しくない重症を負い、一命を取り留めた主人をいかせるわけにはいかなかった。死を覚悟してまで『つかさ』を助けに行く理由などないとアリスは思った。

 愁斗はアリスの頭をそっと胸に抱き寄せた。

「つかさは僕にとっても……彼女にとっても大切な『ひと』なんだ」

「彼女って誰でございますか!」

 アリスには珍しく声を荒立てた。

 愁斗は答えを言わなかった。それでもアリスはわかっていた。

 複雑な表情をするアリスを胸に抱きながら愁斗は囁く。

「君が未完成でなければ、僕の代わりを務められたのに、残念だ」

「わたくしが未完成?」

「そうだ、君に黙っていたことがある。君は自分が誰に創られたか知っているな?」

「愁斗様の御父上であらせられます世界最強の傀儡士――秋葉蘭魔様でございます」

 実はアリスを創ったのは愁斗ではなく、その父――蘭魔だったのだ。

「そのとおり、しかしもうひとりいる。君の姉である夜魔の魔女と呼ばれる魔導師」

「わたくしの姉が、わたくしに姉がいるのですか?」

「君はつくり変えられたとき、記憶を封印された。そして、本来、君は魔導兵器として覚醒めるはずだった」

「わたくしはいったい何者なのでございますか?」

 アリスの蒼眼が愁斗を見つめて離さない。

「僕が帰ってきたら、いつか話をしてあげるよ」

「――愁斗様!?」

 愁斗の唇がアリスの唇に重なった。

 静かに閉じられるアリスの瞳。

 アリスの胸の〈ジュエル〉も鼓動を止めた。

 少女の柔らかな唇からそっと口を離し、愁斗は停止させたアリスを自分の代わりにベッドに寝かせた。

「おやすみアリス。僕は少し出かけてくるよ」

 静かな足取りで愁斗は病室を後にした。


 父の仮面を探して、それを手に入れた思われる二人組みの居所を探ろうと紅葉は聞き込みを続けていた。

 紅葉のいるミナト区は帝都一の敷地面積だ。この場所で人探しをするのは容易ではないし、もう他の場所に移動しているかもしれない。

 ミナト区のツインタワービルには帝都一の情報屋がいるというが、その者に頼んでもすぐに見つかるとは思えなかった。なにより、その情報屋は客を選ぶらしく、いくら金を詰まれても、気に入らない客の仕事は引き受けてくれないらしい。

 街を見渡しながら歩いていた紅葉のケータイが鳴った。

 ナンバーディスプレイを見ると、前に一度だけかかってきた相手――雅のケータイからだった。

「もしもし、雅?」

 返事はなく、代わりに砂嵐のようなザザザ……と音が聴こえた。

「誰、誰なの?」

 砂嵐の向こう側で呻き声が聴こえる。

 その呻き声は徐々に笑い声へと変わっていった。

「クククッ……風間つかさは預かった……も……み……じ……愛してるぜ……ククククッ」

「あなたは誰!」

 ツーツーツーと通話は虚しく鳴り、紅葉が力なくケータイを地面に向けると、またケータイが鳴った。

 雅からデータが転送されてきたのだ。それは地図だった。

「……ここに来いということ?」

 ケータイに転送された地図を見ながら呟いた。

 地図はミナト区のものらしく、赤い点が点滅している地点がある。

「この辺りは〈ホーム〉だったような気が……」

 地図を頼りに紅葉は歩き出した。

 歩道を進んでいるとタクシーが通りの向こうからやって来るのが見えた。紅葉はすぐさま手を上げてタクシーを止める。

 タクシーは紅葉の前で止まり後部座席のドアを開けた。

 急いで乗り込んだ紅葉はケータイの画面を見せて行き先を告げる。

「ここに行って欲しいのだけれど?」

 ケータイの画面を見た運転手はあからさまに嫌そうな顔をした。

「〈ホーム〉だろ、そこ」

「はい、おそらく」

「しかも頭のイカレタ野郎が多い場所だ」

「近くまでで良いので、早くアクセルを踏んでください」

「仕方ないな、近くまでだぞ」

 不景気な世の中で客を選んでいられないのだろう。運転手は嫌々ながらアクセルをゆっくりと踏んだ。

 走り出したタクシーはミナト区の繁華街を抜けて北へ向かった。

 向かっている〈ホーム〉は行政からは二番街と番号を割り振られている場所で、海に港が近いことから横流しや密輸入などで、他の〈ホーム〉に比べれば裕福な暮らしをしている者も多い場所だ。

 外の景色を見ていた紅葉のケータイがまた鳴った。

 今度は紫苑からのメールだった。

 内容はこうだった。

 ――君の友達のつかさが雅たちの手によって捕らえられた。相手は君をおびき出そうとするがそれは罠だ、絶対に行くな。

 もうすでに紅葉は〈ホーム〉に向かっている。もう引き返す気もない。罠かもしれないとも思っていた。それでも行くと決めたのだ。

 紅葉が肩から提げているバッグには〈般若面〉も入っている。

 タクシーは目的地の近くに着き、紅葉はそこで降ろされた。

 逃げるように走り去るタクシーを見ることもなく歩き出す紅葉。

 細い路地裏に入っていくと、ここの住民たちがテントの周りで各々になにかをしていたが、皆、紅葉が通るとそれを覗き見ていた。

 奥に進むに連れて人影が少なくなり、冷たい空気がなにかを孕んでいるようだった。

 ケータイを見ながら歩いていた視野の端に紅い影が映った。紅葉はハッとして、紅い影が消えた路地を曲がるが、薄汚い路地が広がっているだけで、人影などなかった。

 亡霊でも見たのか?

 それにしては一瞬しか見ていないのも関わらず、瞼の裏にまで焼きつく鮮やかな紅だった。

 ふと気づくと、紅葉は自分が目的地に着いていることを知った。

 地図上で点滅している赤い点と自分の所在地が重なり合っている。

 上を見上げると、それが縦長で六階建てほどのビルと知れた。

 破壊された正面入り口の自動ドアから風が外に向かって吹いている。凍りつくように冷たい風だ。

 ビル内に足を踏み入れた瞬間、強烈なプレッシャーに押し返られそうになった。それでも紅葉は足を踏ん張り中へと足を運んだ。

 コンクリの地肌を見せるビル内は、取り壊し作業の途中で投げ出されたような有様だった。壁が穿たれ鉄筋を見せる壁や、天井から釣り下がる電気コード、埃を被って空になったカップラーメンのカップなどもある。

 空気には邪気が含まれ、その発生源は地下のようであった。

 巨大な亀裂が地面に走り、大きな口を開けたそこから強風が外へと吐き出されている。

 亀裂の底にはどんな世界が広がっているのか、おそらく死が広がっているのだろう。

 嫌な気配を感じ取った紅葉は身構えた。

 亀裂の底から呻き声が聴こえる。

 紅葉はショルダーバッグの中にゆっくりと手を伸ばす。

 それはまるで何百何千もの怨霊が唸っているようであった。

 亀裂の底からなにかが来る。

 瞬時に〈般若面〉を装着した紅葉に、亀裂の底から飛び出した影が襲い掛かった。

 横に飛んでそれを躱した呉葉はショルダーバッグを投げ捨て、代わりに裁ち鋏を構えた。

 〈般若面〉のその先にいたのは蠢く黒い塊。霧か煙のようなそれには顔があった。ひとつではなく、何人もの人の顔が苦しそうにして蠢いているのだ。

 悪霊の集合体ともいうべきそれは生身の躰に怨念を抱き、泣き叫びながら呉葉に再び襲い掛かってきた。

 裁ち鋏を小太刀のように構えた呉葉は待ち構えずに自ら前で出た。

 実態の曖昧な霊体に物理的な攻撃が効くのだろうか?

 答えは出た。

 呉葉の一刀は悪霊を斬り、裂けた傷口から穴の開いた風船のように黒い風が噴き出た。

 悪霊は怨めしい顔で呉葉を睨んでいる。

「なぜだ……なぜ……斬れる?」

 苦しむ顔のひとつが問うた。

「生憎アタシは死人なんだよ!」

 その言葉を聞いた悪霊は地響きのように唸り叫び喚き、呉葉に向かって分裂して次々と飛び掛ってきた。

「死人に斬られたら成仏できないって知ってるかい?」

 呉葉が裁ち鋏を振りかざしながら舞う。

 シュンと風切音が連続して聴こえた。

 そのたびに聴こえる苦しそうな呻き声。

 向かって来る悪霊どもを次々と斬り刻む呉葉に慈悲の心はない。向かって来るモノはただ倒すのみ。

 最後の悪霊を縦に斬り裂き、呉葉は軽やかに地面へ膝を付いた。

 膝を付きながら耳を済ませた呉葉は感じた。

「もっと巨大な何かが地の底にいる」

 風が叫ぶような鳴き声が裂け目に下から聞こえたかと思うと、その闇から太く長い蛇の頭が飛び出たのだ。

 大蛇の頭は呉葉が手を広げたほどもあり、その全長は裂け目の下まで続き、正確な大きさを測り知ることはできない。しかも、ただ巨大なだけではない。全身を黒く長い毛で覆われ、頭には耳のような蝙蝠に似た翼が生えている。

 ゆったりと動く大蛇は決して呉葉から眼を離すことなく、頭に生えた羽を小刻みに震わせながら喉を鳴らしている。羽は空を飛ぶものではなく、威嚇に使う飾りのようなものらしい。

「帝都の大下水道にはリヴァイアサンが棲んでるって聞いたことがあるけれど、あんたはその亜種ってとこかしら?」

 巨大な蛇の頭が刺すように呉葉に向かって来た。

 正攻法で立ち向かうには無理があると判断して、呉葉は後ろの飛び退いて巨大な頭を避けた。

 それでも大蛇は執念深く、巨大な顎を地面に打ち付けコンクリを砕きながら、長い首を伸ばして呉葉に襲い掛かって来る。

 後ろに迫る壁を感じた呉葉は天井に向かって高く飛び上がった。それは判断ミスであった。

 上空で自由に動けない呉葉を呑み込まんと、巨大な口を開いて大蛇が襲い来る。そして、強烈な口臭がする大蛇の口内へ、呉葉は逃げる術もなく呑み込まれてしまったのだ。

 食道を滑り落ちる呉葉は裁ち鋏を大蛇の喉に突き刺してやった。

 頭を振って暴れる大蛇の食道で、呉葉は振り落とされそうになりながらも、さらに深く裁ち鋏を刺し込んで耐えた。

 このまま落ちれば胃袋で骨まで溶かされてしまいそうだ。

 呉葉は片手で裁ち鋏にぶら下がりながら、もう片手に氣を集中させた。

「中から燃やしてやるよ!」

 炎翔破が呉葉の手から放たれ、紅蓮の炎が大蛇の体内を駆け下りた。

「もう一発喰らわせてやるよ!」

 再び放たれる炎翔破。

 内部を焼かれた大蛇は暴れ狂い、嗚咽を漏らしながら口から呉葉を吐き出した。

 地面に着地した呉葉はすぐに身構えた。

 しかし、大蛇は呉葉に再び襲い掛かることなく、亀裂の中へと逃げ込んで行ってしまった。

「図体がでかい割にはたいしたことなかったね!」

 呉葉は〈般若面〉に手を掛け、ゆっくりと顔から外した。

 深い息を吐きながら顔を出した紅葉の意識が戻る。

 辺りに敵の気配はもうなかった。

 〈般若面〉は手に持つよりも、装着する方が明らかにエネルギーを吸われる量が多い。ここ数日に蓄積された紅葉の身体的疲労を考えると、小まめに外したほうが得策だった。

《紅葉、辺りの雑魚どもは蹴散らしたわ》

「ありがとうお姉ちゃん」

《大物を追い払ったから、当分は小物の出てこないと思うわ。この階にはもうないもない。早く上の階に行きましょう》

「うん」

 紅葉は〈般若面〉を片手に持ったまま、壊れかけの階段を上って二階を目指した。

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