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第18回 歪んだ愛情表現

 アリスと別れた紅葉はあのマンションに向かった。

 太陽は一番高い位置から下りはじめているが、まだ夕闇は遠い。

 道路からも安易に見えるマンションの一階の部屋。ベランダの向こうの窓ガラスは割れたままになっていた。けれど、その先は厚く黒いカーテンに遮られ、中の様子を伺うことはできない。

 マンションの出入り口から出て来た人影をはたと目にして紅葉は驚いた。

「つかさ?」

 連絡が一切つかなかったつかさがここにいたのだ。

 当然の疑問に紅葉は首をかしげる。

「どうしてここにいるの?」

「あ〜っ、あ〜とねぇ。ウチなりにいろいろ考えて、ちょっぴり雅のことが気になったりしちゃったり」

「マンションから出て来たけれど、雅はいた?」

「いないみたい」

 アリスの情報どおり、やはりいないらしい。だからといってこのまま帰る他ないというわけでもない。

 紅葉はマンション前の道路を少し歩き、割れた窓ガラスを観察した。あの場所からなら簡単に中へ進入できそうだ。

 ベランダのフェンスに紅葉が手を掛けたのを見てつかさはからかうように言う。

「神女の優等生がそんなことしていいのかなぁ」

 神女とは紅葉たちの通う神原女学園の略である。

「誰も見てないからいいの」

「ウチが見てるけど?」

「つかさは数に入らない」

 紅葉の言いようにつかさはにやけた。

 誰のないことを確認して紅葉はさっとベランダに上がり、運動神経のいいつかさは紅葉よりも軽やかにベランダに降り立った。

 重いカーテンを退かしながら、窓枠に残る硝子片を跨いで二人は部屋の中に入った。

 闇の中を漂う空気がとても重く、食べ物の腐った臭いが微かにしている。

 壁伝いに探した照明のスイッチを紅葉が点けた。

 蛍光灯の白い光が闇を追い払い、紅葉は目に飛び込んできたモノに絶句した。

 カーテンにびっしりと呪符が無作為に張られていたのだ。

 この呪符はなにを意味している?

 紅葉が疑問に思う横でつかさは部屋を引っ掻き回していた。クローゼット開けて中の衣服を床に放り投げる。まるで発掘だ。

「ちょっとつかさ!」

 紅葉は柳眉を立てた。

「なに怒ってんの?」

 理解できないといった感じでつかさは目をしばたたいた。

「なにって強盗みたいなことしないでよ」

 怒っているというより呆れた口調で紅葉は言い、気持ちを切り替えようとしてハッと気付いた。

「そう、そうだ、つかさはなぜここに来たの?」

「だから〜っ、ウチなりに考えて、雅がこの家になんか隠してるっぽいって思ったりとかぁ」

「つかさはなにを知ってるの?」

 つかさがどのように事件にかかわっているのか紅葉は知らなかった。紅葉にとってつかさはつかさでしかないのだ。

「なにって、紅葉が勝手に入ってくからウチも追っかけただけじゃん。そしたらこの異様な部屋。なんかありそうだから探してただけだよ」

「……違う。わたしが来る前につかさは先にいた。なぜ?」

「だから、ウチなりにいろいろと……」

「そのいろいろってなに?」

 疑問は不信に変わりつつあった。

「だから、昨日の雅の様子を見たら誰でも気になるじゃん。だから来たんだってば」

「だったらなんで学校を休んだの? 今朝ケータイも繋がらなかったでしょ?」

「ウチがよく寝坊するの知ってるじゃん、ついでにサボり癖があるのも。ケータイは充電し忘れてて、起きたら電池切れてたんだもん、しょーがないじゃん」

 つかさがよく学校をサボるのも知っていた。たまに連絡がつかなくなることも多々あった。それを知っていながらも紅葉は腑に落ちない。

「言えないの?」

 紅葉は不安そうな瞳でつかさを見つめた。

「今言ったままだってば」

「嘘、そのくらいの嘘わかる。だってずっと一緒にいるのに、つかさのこと信じてたのに……」

 ――だから、いつかつかさにだったら自分の秘密を言える日が来るかもしれない。そこまで紅葉は考えていた。

「やめてよーウチ重い雰囲気苦手だよぉ」

 つかさは重く窓を塞いでいたカーテンを力任せに開けた。

 外の光が差し込み、新鮮な風が部屋に吹き込んだ。

 そして、硬くなっていた紅葉の表情が一変して柔らかくなったのだ。

「ごめんねつかさ……さっきのわたし……ちょっと考えすぎていたかもしれない」

「気にしなくていいってば。きっとここの変な空気が悪いんだよ、なんかさっきから躰の調子悪いような、悪くないような感じだし」

 紅葉もそれは感じていた。ただの気分の問題ではなく、この場に長くいると躰がなにかに汚染されるような気がした。

 つかさはさっさとクローゼットの中を掻き出す作業をはじめていた。

「誰の趣味かな?」

 呟いてつかさはそれを紅葉の足元に放り投げた。

 ずっしりと紅葉の足元に落ちたのは鞭であった。続けてつかさが取り出したのは拘束具の数々。手錠や足枷、猿轡まである。

「蝋燭まで見つけちゃった」

 つかさは赤く太い蝋燭を握って紅葉に見せた。

 ここまでくれば察しはつく。この道具の数々はSMの道具だ。

 蝋燭は火を灯して蝋が溶けた痕跡があるが、埃を被っているので最近は使われていないらしい。

 つかさがクローゼットを漁っているとき、紅葉は隣の部屋に移動して、そのままダイニングキッチンを通り過ぎ、トイレと風呂のドアを立て続けに開けた。

 つかさのもとに戻って来た紅葉は不思議そうに呟いた。

「1DKなの?」

 それを聞いたつかさは驚いて手を止めた。

「うっそだー、ベッドひとつしかないよ?」

 この部屋にはベッドがひとつしかなかった。

 つかさが出した服はちゃんと三人分あった。

 ぽんとつかさは手を叩いた。

「母さんも兄貴もきっと独立したとかで出て行っちゃったんじゃない? きっと荷物を残して、たまーに帰ってきたり、来なかったりみたいな」

 あの草薙早苗が雅の母だとしたら、早苗が家に帰らずにいろいろな場所を点々としているのは確かだ。しかし――。

 紅葉は昨日この場所に訪れたときのことを思い出した。

「でも……昨日ここに来たとき、お兄さんが部屋にいるから、わたしたちを中に入れたくないようなことを言っていた気が……」

「そうだっけ。だからそれはたまたま兄貴が来てたとかで……SM道具?」

 つかさは床に落ちていた鞭を拾い上げ、次にひとつしかないベッドを見た。

「ベッドひとつで足りちゃうカンケイ?」

 と、つかさは遠まわしに言った。

 紅葉も察するが、すぐに否定する。

「だって兄妹なのに」

「この街なら外よりもそーゆーこと多いと思うケド。グロイ妖物とヤってるほうがウチは不健全だと思うなー」

「でも兄妹でそんな感情を抱くのは……」

 自分を見つめるつかさの瞳を見て紅葉はハッとした。魔力がこもっているように人を魅惑するつかさの黒瞳。自分の感情に気づいた紅葉は胸が締め付けられる気分だった。

 紅葉はつかさから眼を離して、想いを掻き消すように辺りを調べはじめた。

 小さな引き出しを開けた紅葉の手が中に伸ばされる。

 綺麗に折りたたまれた白いハンカチ。自分の物だと紅葉はすぐに気がついた。そういえば、雅に貸したまま返してもらっていなかった。

 ハンカチを見つめながら物思う紅葉にも気づかず、つかさはベッドの下を探そうと手を伸ばしていた。

「ベッドの下って定番だよね……あっ、箱見っけ」

 ベッドの下から引きずり出したダンボール箱は玉手箱のようであった。

 指輪やネックレスなどの装飾品や、複数の財布やケータイが乱雑に入れられていた。

 箱の中を覗き込んだ紅葉は顔をしかめた。

「全部……血が付いてる」

「まるで人を襲って強盗したみたいだね」

「たぶんそのようなものだと思う。つかさに言ってないことがあるのだけれど……」

「ひっどーいウチに隠し事ですかぁ?」

 冗談っぽくつかさは言うが、紅葉の顔は曇っている。

「隠し事ではなくて、あまり言いふらしてはいけないと思ったから言わなかったのだけれど、実はね……草薙さんのお母さんとお兄さんが、武田さんたち三人を殺したのか知れない」

「ウソ?」

 心の底から驚いたように、つかさは眼を丸くして口を開けた。

「だからわたしはそれが本当かどうか確かめたい」

「……紅葉、あんまり危ないことに首を突っ込んじゃダメだよ」

 もう遅い。紅葉はすでに雅の兄と思われる人物に襲われている。こちらがなにもしなくても、向こうから危険がやってくる可能性は大いにあった。

 けれど、紅葉は言う。

「心配しないで、危ないことなんてしないから」

 けれど、つかさは知っていた。だが、それを言うわけにはいかなかった。

 見詰め合う二人。その時間を邪魔するように、紅葉のケータイがスカートのポケットで震えた。

「もしもし?」

 通話に出た紅葉の顔が急に険しくなった。

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