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第11回 紫苑VS金剛

 怨霊を憑依させた金属アームが紫苑に襲い掛かる。

 それはまるで大百足のように、節をいくつも折り曲げながら蛇行した動きで飛んで来る。

 紫苑の手から放たれる輝線。

 煌きは金属アームに火花を散らせた。

 切断に失敗した金属アームは紫苑の眼前まで迫っている。手の形をしていた先端が大きく開き、五本の爪が長く鋭く変化した。

 咄嗟に紫苑は着ていたローブを脱ぎ捨て金属アームに投げつけた。

 金属アームはローブを破り、その先にいるはずの紫苑の躰を抉ろうとした。

 だが、金属アームは宙を抉った。そこに紫苑の姿はない。紫苑はバク転しながら金属アームを躱していたのだ。

 ローブが地面に落ちたその先に『金剛』は見た――薄手な純白のドレスを纏う長身の女を。

 膝まで伸びた漆黒の髪とは対照的な白く透き通った肌が眼に眩しく、ドレスに隠された肉体は芸術的な曲線美を描き、カットされたドレスの胸元は男を誘っていた。

 そこにいるのはヒトではないと『金剛』は確信した。

 魔性の妖艶さが色香として空気に溶け込んでいる。

「この姿、見たからには必ず冥府に送ってくれる」

 紫苑の声は澄んではいるが、清らかな純粋ではなかった。

「だがしかし、貴様には聴きたいことが山とある」

「また拷問でもするか?」

 挑発するように『金剛』は手で『掛かって来い』と煽った。

 その挑発に紫苑は乗った。

 紫苑は俊足で地面を駆け、『金剛』の横に回って妖糸を放った。

 一筋の煌きが『金剛』の首を刎ねるはずであった。

 だが、首は落ちることなく、『金剛』は蚊にでも刺されたように首を擦った。

「糸か風かなんだが知らないが、おまえの武器じゃ俺の躰は切れないぜ」

 ――やはり。

 前にホウジュ区のマンションで同じことをしようとしたときも、首を刎ねることができなかった。

 『金剛』は生身の腕ですでに通常の形に戻っていた金属アームを指した。

「このときは女とヤッてたあとだったもんでよ、油断しちまったが、今の俺の躰は鋼より硬いぜ」

「……なるほど、噂どおりだ」

 元D∴C∴の特攻隊として知られていた『金剛』の得意技は肉体強化。

 紫苑に打つ手はないのか?

 指先を軽く動かしながら紫苑は柔軟をしている。策はあるが、手加減のできない殺しの策だ。まだ『金剛』には訊きたいことがある。

「ひとつ訊きたい」

 紫苑が尋ねると、余裕をかまして『金剛』が口を開いた。

「なんだ言ってみろ?」

「本当に斬れないのか?」

「俺を切れる奴はいない」

「声音は隠せても、なぜ汗を掻いている?」

「これは術を使ってるからだ。疲れてるわけでも、おまえに脅えてるわけでもないぜ」

 紫苑の手から輝線が放たれ、手術中のまま上半身裸だった『金剛』の胸板をなぞった。

 やはり斬れない。

 しかし、『金剛』が肌から汗を噴出したのを紫苑は見た。

「墓穴を掘ったな『金剛』」

「墓穴だと?」

「脅えていないと言いながら、汗を噴出し、私の妖糸が放たれた刹那、恐怖に顔を引きつらせるのはなぜだ?」

 紫苑はゆっくりと円を描くように『金剛』の周りを歩いた。それに合わせて『金剛』は常に紫苑を正面に捉えようとその場で回る。

「背中を見せろ『金剛』」

「背後から襲う気か、汚い真似をするな」

「私の妖糸では斬れないのだろう、ならば背を向けても平気なはずだが?」

「平気でも敵に背後を見せる馬鹿がいるか!」

「背中を見せないのならば言ってやろう。その傷は誰につけられた?」

 紫苑はすでに『金剛』の背中を見ていたのだ。はじめに見たのはあのマンションだった。あのときも『金剛』は上半身裸で、紫苑を壁に叩きつけて背を向けて逃げたのだ。

 押し黙る『金剛』に紫苑は言葉を浴びせる。

「おまえはD∴C∴の元団員。加えて、秋葉蘭魔と源家を襲撃したと言っていたな?」

「そ、それがどうした!」

 言葉を詰まらせた『金剛』は恐怖していた。あの名を聞いて、世にも恐ろしい男の顔を思い浮かべてしまったのだ。

「――秋葉蘭魔」

 再び紫苑は口にした。

 もう『金剛』は口を開くことさえなかった。

「私と同じ技を使う者をおまえは知っている――秋葉蘭魔。おまえの背中に付けられた傷は彼が得意としていた〈悪魔十字〉。六本の妖糸によって十字を刻む技」

 確かに『金剛』の背中には、縦と横に三本ずつ交差した斬られ傷があった。

 紫苑が妖糸を繰り出そうと構える。

「六本同時に妖糸を繰り出せる彼は天才だ。私にはまだできぬ芸当だが、彼が斬れたのなら私にも斬れる」

「馬鹿なこと言うな、あいつは人間の面した悪魔だ。おまえとは次元の違う存在だ、おまえに俺が斬られてたまるか!」

 叫んだ『金剛』の金属アームが伸びた。

 その場から足を動かさず、紫苑は呟いた。

「……シンクロ率六〇」

 紫苑の手から放たれた煌きは金属アームに弾かれ火花を散らせた。

「……シンクロ率七〇」

 再び放たれる煌き。

 今度は金属アームに煌きが触れた瞬間、輝線が金属アームを切断して地面に轟きを立てて落ちた。

 金属アームは紫苑の足元に落ちていた。あと一刹那で紫苑は金属アームの餌食になっていただろう。

「……次はシンクロ率七五パーセント」

 そこにいるのは先ほどとは別人だった。纏っている鬼気が違う存在だと云っている。紫苑の周りには魔性の風が吹き荒れていた。

 紫苑の妖糸が宙を翔け、『金剛』の胸を斜めに切り裂いた。

 まだ傷は浅い。

 鮮血が滲み出した程度だ。

 だが『金剛』は脅えていた。

「なぜ斬れる……おまえ何者だ!」

「『私たち』は傀儡士紫苑。今、秋葉蘭魔の背に手が届いた。次は……確実に斬るぞ」

 澄んでいながらも狂気を孕む声に『金剛』は戦慄した。

 まさかこの世に二人目の秋葉蘭魔がいようとは!

 後退りをした『金剛』は両手を胸の前に突き出した。

「ま、待て……俺に訊きたいことがあるんだろう? 全部話す、だから殺さないでくれ!」

 巨躯の持ち主が泣いて懇願した。無様な姿を晒しても助かりたいと願った。

 目の前のいるのが秋葉蘭魔ならば、一思いに殺してはくれないからだ。地獄の業火で焼かれるよりも酷い苦痛が待ち受けている。そう『金剛』は紫苑と秋葉蘭魔を重ね合わせてしまったのだ。

 紫苑の腕が下げられた。

「まずは、源家襲撃の理由を話せ」

 紫苑の鬼気が緩められ、ダムが決壊したように『金剛』の口から言葉が流れ出した。

「面作り師の男を攫うためだ、あの男は神の手で面を掘る。わかるか、創造するんだ、ありとあらゆる顔を創造するんだ、神が人間を創造するのと同じだ」

「その男が彫る面にどんな力があるというのだ?」

「だから言ってるだろ創造だ、万物の創造だよ。面を被った者は、その面の力を手に入れることができる。もしも神の面を掘れたらどうなると――ぐえっ!」

 突如、『金剛』の躰に脳天から股間まで輝線が奔り、そこをなぞるように血が滲み出した。

 ――人が割れた。

 『金剛』の躰は血を撒き散らしながら左右に割れた。

 真っ二つに割れた『金剛』が地面に転がったその先に、魔気を纏った紅い美影身が佇んでいた。

 その影を見た紫苑は珍しく声を荒げて動揺する。

秋葉蘭魔あきばらんま!」

 己の名を呼ばれ、男は世にも美しい艶笑を浮かべた。

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