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第10回 覆る推理

 アリスは夜の住宅街を歩き、雅の住むマンションに向かっていた。

 そろそろ満月だろうか?

 街灯がなくとも、月光が世界を見守ってくれている。

 道路に面したマンションの窓はそのほとんどが電気を点けていた。

 一階に明かりの点いていない部屋があった。雅の住む部屋だ。

 留守なのだろうか?

 それならば情報収集には好都合かもしれない。

 アリスは道路に人の気配がしないことを確かめ、スカートを揺らしながらベランダのフェンスを軽やかに飛び越えた。

 窓と重たそうなカーテンを隔てて向こう側に人がいるような気がする。

 アリスはベランダで身を潜めて中の気配を探った。

 二人の声が聴こえる。

「お兄ちゃんやっぱり駄目……雨宮さんは……」

「オレに協力しといて今さら駄目か?」

 三人目の声もした。

「そうよ、この子に協力してあの女を呼び出したのはどこの誰かしら?」

 二人の女性と一人の男性がいるようだ。

 この中で一番若そうな女の子は消え入りそうな声を発する。

「だって……それは……雨宮さんに電話をかけて呼び出したのはわたしだけど……だってそれは……」

「言いたいことがあるならはっきり言えよな」

 男の声は少し怒っているようだった。

 年配の女も声を荒げた。

「そうよ、言いたいことがあるならはっきり言いなさい。あんたはいつもそうなのよ!」

 金切り声が窓の外まで大きく届いた。

 アリスは事前情報からこの三人を雅と兄と母の三人だと推測した。

 他にも事前にいろいろと調べようとしたのだが、マンションの名義は架空の人物の物になっていた。兄と母の詳細は名前すら掴めなかった。

 部屋の中では会話が続いている様子で、アリス耳を立てて会話を聞き取った。

 聴こえてきたのは雅の声だ。

「もう止めてお兄ちゃんもお母さんも……人殺しなんてよくない。こんなこと続けてたらいつかは捕まっちゃう」

「オレと母さんがパクられたらお前は独りになるんだぞ、それでもいいのかよ?」

「イヤッ、独りはイヤ……けど、近藤さんと猪原さん……武田さんまで殺して……もう隠し切れないよ」

 どこかで聞き覚えのある名前だとアリスは思考を巡らせた。連続殺人犯に殺された三人の女子高生の名前だ。そこから導き出された答えは、雅の兄と母がなんらかの理由で事件にかかわっているということ。

 中で少し動きがあったようだ。クローゼットかなにかが強く締められた音がしたような気がした。

「そろそろ出かけるか。あの女を犯しに行ってくるぜ」

 前の会話から『あの女』とは紅葉のことだと察しがついた。

 無表情だったアリスの顔が思わずほくそ笑む。

 そして、恐ろしいことを呟いたのだ。

「姦られて殺されてしまえばいいのに……」

 邪な思いを遮るように、ちょうどアリスの電脳に通信が入った。

《アリス、そちらの様子はどうなってる?》

 愁斗からの通信にアリスは硬い表情をして、声を発さずに直接電脳から音声を送信する。

《外から部屋の様子を探っております。中には雅、兄、母と思われる人物が会話をしております》

 アリスは紅葉の件について触れないつもりでいた。

 このとき、愁斗は紫苑を通して早苗の姿を見ていた。マルバスが『金剛』の手術をする横で早苗が見守っている。

 少し間を置いて愁斗がアリスに命令をくだした。

《踏み込めアリス!》

 部屋の中に本当は誰がいるのか?

 愁斗は早苗が雅の母だとばかり思っていた。それが今、覆るかもしれない。

《承知いたしましてございます》

 足に力を込めたアリスが窓を蹴り壊す。

 弾け飛んだ硝子片はカーテンによって防がれたが、部屋の中からの瘴気はカーテンを越えてアリスを怯ませた。

 渦巻く鬼気が発せられ、部屋の中に強大な『何か』がいることを嫌でも知覚した。

 しかし、アリスにとって主人の命令は絶対。魂が打ち砕かれようと与えられた使命は果たす。

 カーテンを開けようとしたアリスの足首が何者かによって掴まれた。

 そのままアリスは背中から転倒し、足首を引っ張られて部屋の中に引きずり込まれてしまった。

 暗闇の中でアリスは自分の体の上に何者かが馬乗りになっているのを感じた。

 それでもアリスは冷静に感情を声に含ませず言う。

「お退きになってくださいませんでしょうか?」

「てめぇ、女だろ、声をあげて泣き叫べよ!」

 こんな相手は初めてだったに違いない。

 兄は怒鳴り声をあげてアリスの頬を打った。

 暗闇でなければ、このときアリスが口元を艶然させたのに気づいただろう。下賎な者を嘲笑うような口元を――。

「残念ながらわたくしには痛覚が備わっておりません」

 しかし、感情はある。浮かべている笑みがなによりの証拠だ。

 兄はアリスの首を両手で絞めようとした。だが、いつもと違う感覚が指に伝わる。肌はヒトのようで柔らかいのに、その下はヒトとは違う。

「てめぇ人間じゃないな!」

「その通りでございます。わたくしは世界最強の傀儡士に創られた存在でございます」

「そんなこと関係ねぇ、オレは犯せればいいんだ、犯せれば!」

「生殖器はございません」

「胸があるだろうがよ!」

 兄はアリスの胸に手を掛け服を引き千切ろうとした。だが、その手はアリスの胸を掴む寸前、小さいくとも強い力のこもるアリスに手に掴まれた。

「〈ジュエル〉に触れて良いのは愁斗様のみ……」

 アリスは兄の手首を掴んだまま、部屋の奥へと投げ飛ばした。

 兄の躰はカーテンにぶつかり、留め具が外れてカーテンが落ちてしまった。

 外から吹き込む新鮮な風が、中に溜まっていた淀んだ瘴気を渦巻かせる。

 月明かりに照らされた兄の後姿をアリスは見た。

 声だけを聴いていたときはもっと大柄な人物だと思ったが、想像よりも小柄な人物であった。

 ベランダから外へ逃走する兄。

 アリスはこの部屋ではない別の場所から、もっと強い鬼気を感じていた。

 別の部屋に残りの二人がいるのかもしれない。

 しかし、逃げる兄を放っておくわけにもいかなかった。

 起き上がったアリスは床を蹴り上げ、ベランダから華麗に道路に飛び降りた。

 道路を走る兄の後姿。

 深追いはしてもいいと命令されていた。

 アリスの胸の奥で、服を透き通って蒼い輝きが放たれる。それがアリスの魂である〈ジュエル〉だった。アリスの胸には蒼い宝石のような〈ジュエル〉が埋め込まれているのだ。

「わたくしを穢そうとした男――逃がさない」

 肉食獣のような全速力でアリスは兄の背中を追った。

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