スカウトマン、握手会をする
「変な感じがするんだ。凄くソワソワしてくる」
俺の言葉に王子がピタッと動きを止めた。それから俺にだけ見えるようにそっとフードを持ち上げる。
訝しげに細められた目が見えた。
「念のため聞きますが、トイレに行きたいとかではないでしょうね? 冗談だったら怒りますよ」
俺も少しだけフードを持ち上げて答える。
「違うって! そういうんじゃないの! もっと何か頭の中に来る感じなんだよ」
「それじゃー、あの子達の誰かが当たりかもってこと? やったじゃーん!」
「ジーラ、静かに。神殿内では私語は慎みなさい」
ジーラもエサリア団長に叱られるとさすがに神妙に口を閉じた。
こうして彼女達を念入りに審査することになった。とはいっても昨日みたいに何かして見せてくれというじゃない。
彼女達一人一人を念入りに見てみても、特に何も感じなかったのだ。これはやり方が間違っているんだと、俺の直感が囁いている気がする。
「男子禁制というくらいだし、難しいかもしれないんだけど……ちょっと手を触らせてくれるように頼んでみてもらえないかな? 手がダメなら髪でもいいから!」
王子に耳打ちすると、冷たい顔をされた。
「髪はもっとダメな気がするんですが。余計変態っぽいでしょうが……分かりました、難しそうですが司祭に頼んでみましょう」
やはり手を触れるとなると、協力的なほうとはいえ司祭もなかなか首を縦に振らないようだ。
かなり交渉は難航し、もうダメだと諦めかけた時。
王子が俺が今朝、魔法装具に直接触れたことを持ち出してきた。
「司祭、お考え下さい。この異世界人の手は神聖な宝玉によって清められた、王国の、ひいては世界の救世主を選び出すためのものなのです。かつての女神の信徒の中にも魔法装具の使い手がいたことは皆が知る話。再び、彼の手が救世主を見つけ出すかもしれないのですよ!」
いや、俺はそんな話知らないけどね? そう言いたかったが、もちろん顔にも出さない。
「まあ、あの宝玉に触れられたのですか? このお方が……。それに彼女達の中に、そんな可能性が。ですが……」
「彼はこの世界の人間ではありません、彼が触れるのは邪念など何もなく、ただ皆を救うためなのです。ですから……」
王子はこうして次々とでっち上げのような理論を展開し、司祭を煙に巻くようにして勝利をもぎ取ったのだった。
「はあ、やりましたよ……。オーイシ、これで分かりませんでした、なんて言ったら、どうなるかは分かっていますね?」
鬼のような目で念を押される。あんな無理矢理な理屈を押し通すのは、堅物王子にとっては不本意極まりないんだろう。かなり精神がお疲れになったようだ。
「うん、やってくる!」
そう言って意気込みと共に握手を交わし始めた。
手相を見る占い師のように掌を見つめたり、軽く握ったり。
「わー男の人の手って皮膚が厚いのねぇ」
としげしげと眺めている子もいれば。
「手、温かいねー、意外とすべすべ! 何で? 洗濯しないから?」
などとコチョコチョと撫でてくる子もいた。
意外に握手会は嫌がられもせずに完遂出来たのだが。
「あの、王子、すいません。何だかイマイチ分かりませんでした……」
恐る恐る王子に報告に戻った。
「オーイシ、貴様ぁっ!」
わああっ、生まれて始めて貴様なんて呼ばれた!
結局見つけられなかった俺達は司祭に連れられ、出口のほうへと案内されていた。所々に篝火が焚かれている。
奥に小さな農園があり、井戸もあって数人がタライで何かを洗っている。もう暗いのにまだ水仕事なんてしているのか。小さい子も大勢いるみたいだから手が回らなくて大変なんだろうな。
その時、脳裏にまた何かが浮かんだ。
今度のは今までみたいな漠然としたイメージじゃなかった。
色も形もハッキリ分かった。
「あれ……?」
あの、黒い水晶のような宝玉が脳裏にチラついていたのだ。
奥の井戸のほうを見た途端それはもっと色濃くなってきた。
「あっち? きっとあっちだ!」
「オーイシ、どこに行くんですか!」
「どしたのーおトイレ?」
皆の声も聞かずに俺は全速力で走り出していた。どんどんイメージが強くなる。
「はあっ、はあっ、はあっ」
うーん、いきなり何て声をかければいいんだろう。
水仕事をしていた三人が、急に駆け寄ってきて荒い息を吐いている不審な黒いマントの男――つまり俺――を引きつった顔で見上げている。
つい勢いで来てしまったものの早速困ったぞ。どうしよう。
今、俺の前には一人の色褪せたマントを被った誰かがいる。しゃがみ込んでタライの中のたくさんのイモを洗っていたようだ。
顔は見えないが、マントから出ている手首の細さや白い指からして女の人のはずだ。
側にいる二人のおばちゃんが彼女を守るように立ち上がるが、何だか俺の目には彼女の姿だけが濃くハッキリと見えるような気がする。
きっとこの人だ。あの黒い石とイメージが重なる。
後ろから複数の足音がする。皆が追いついてきたのだ。
「司祭、あちらの女性も信徒の方ですか?」
「彼女達は信徒ではない、手伝いの方達です。雑用をしてもらっていますが、神殿内で暮らしてはいません」
王子の問いに司祭が答える。だからさっきの広間には来ていなかったのか。
「そちらの貴女、こちらにいらしてください。お話したいことがあります」
司祭の言葉に彼女がオズオズと立ち上がった。
マントを外した彼女は雪のように白い肌に、背まである長い髪はセピア色とでも言えばいいのか、黒とも茶ともつかない不思議な色合いをしていた。
深い赤褐色の瞳を不安げに揺らして俺達を順繰りに見ている。
継ぎはぎを当てた地味で質素な服装といい、大人しげな少女だった。年齢は十六くらいだろうか。
「オーイシ、彼女なんですね?」
「うん。きっとあの黒い宝玉の選んだ子だ」
「貴女、お名前は? この方々はお城からいらしたのです。安心して話してください」
小声で話し合う王子と俺の横で、司祭が彼女に問いかけている。司祭の声に戸惑いの表情を浮かべた彼女が口を開いた。
「お、お城から? ではあの、お役人様ということですか? 私はお咎めを受けるようなことはしていません」
「役人とは少し違いますが、貴女に城まで来てもらいます。魔法装具を使えるか試していただきたい」
王子がド直球で要求を伝える。単刀直入にも程があるよ!
「えっ? どういうこと、ですか」
当然女の子は目を白黒させている。どう言えばいいか考えてから、彼女に説明した。
「えーと、まず俺達は夜の獣に対抗するために魔法装具を使える女の子を探しに来たんだ。それでキミがそうなんじゃないかなって」
「私が、ですか」
彼女は目を瞠り、信じられないというような顔をしている。
「うん。だからまずはそれを確かめるために一緒に城に来て、試してみて欲しいんだよ。ところで、名前は? 俺はオオイシテツヒトっていうんだけど」
名前を聞くと彼女は何故か戸惑いながら答えた。
「名前、ですか。あの、クロエ、と呼ばれています」
司祭に彼女を連れて行ってもいいかと聞くと、正式な信徒ではないので口を出す権限はないが、決して手荒な真似はしないこと、もし違ったのであればここまできちんと送り帰してくれとを頼まれた。